第95話 失われた命
いつの間にか、穴をあけた魔力障壁の前にいた。
切り落とされた腕も、くっついている。
体の穴ぼこも治っている。
着ている装備の袖の先が破け、上着のそこらに穴があいているけど、やはり肉体の方は無事。
万能薬を飲んだ覚えはない。
カルミラはどうなった、勝ったのか?
混乱した頭のまま、仲間たちが守っている魔力障壁に近づく。
血の臭いがした。
戦っている音もする。
「………?」
冷や汗をかいた。
嫌な予感がするのだ。
命の危機を感じているわけではないのに、なぜか体がサイレンを鳴らしていた。
思い通りにした方がいいと思った。
倒れている人族の兵士、スナッチャー、妖精の死体をよけながら魔力障壁の中を目指した。
そして…………………
……………
……………
……………
……………見てしまった。
血まみれになって、倒れている彼女を。
地面を、血の海にするほどの血を流して。
虚ろな瞳のまま、仰向けに。
「…………ぁぁ………………………ああああっ…………」
その側には、聖剣が転がっていた。
血が大量に付着した聖剣が。
そして、膝をついて嘆いている男が。
その瞬間、すべてを理解した。
かつて魘された悪夢のことを思い出す。
―――これは、いつか起きる未来の話だ。
だから、そうならない為に、
―――運命の少女を、必ず旅に連れて行け。
悪夢にでてきた、あの子のいう通りにしたというのに。
なんで、こんなことに………。
理解できない。
理解したくない。
息が、うまくできない。
倒れている彼女のもとに近づく。
側にいた男、勇者に邪魔をされそうになったが、目も向けずに殴ってやった。
魔力障壁の壁にぶち当たるほど、本気で。
俺の頭のなかには、誰がやったかなんて、どうでもよかった。
先にいる少女の傍らに行かなければならない。
「え……り………」
声にならない声がでた。
ショックのせいか、口が思い通りに動いてくれない。
「………」
半開きになった瞼を手で閉じてから、そっと彼女を抱き上げる。
重い。
まるで抜け殻のように、重かった。
もう、何も宿っていないかのように。
「……………エリーシャ」
彼女の名前を読んでみる。
それでも、やはり返事はなかった。
答えられるはずがないのだ。
だって、もう―――――
守るって、約束したのに。
目元から温かい、何かがエリーシャの頬にこぼれ落ちた。
ポロポロと、おさまりそうにもない何かが流れている。
憤り、怒り、憎しみ、悲しみ、あらゆる感情が入り交じり、
「ああああああああああああああああああ!!!!!」
爆発した。
抑えられるはずのない、悲痛な叫び声が、戦場に響き渡った。
大粒の涙が流れ、まるで子供のように泣き叫んだ。
死んだ。
死んでしまったのだ。
変えようのない真実。
人は死ぬ。
何度も、目に焼きつけてきた光景だ。
だからこそ、信じたくなかった。
俺は無力だ。
この世界に来てから、ずっと……。
挫折をして、成長していたつもりでいた。
何度も何度も、反省したつもりでいた。
だけど結局、行きつく先はいつも同じだ。
手のひらですくい上げた物が最後には、いつも零れ落ちてしまう。
愛する者も守ることのできない、生きる価値のないクソ野郎だ。
「―――後ろがガラ空きですよ?」
背中から腹にかけて何かが貫通した。
振り返ると、そこにはオレンべリアがいた。
杖から、黄金の矢みたいな何かを放ったらしい。
口から、ごぽぉと大量の血を吐血する。
もはや、やり返す気力が残っていなかった。
もう死んでもいいや。
最愛の人が居ないこの世界で、生きていても意味なんてない。
前世と同じく、この人生も、失敗だ。
冷たくなったエリーシャの亡骸を、力強く抱きしめる。
大丈夫だ、あの世では独りぼっちにしない。
死ぬときも一緒だ。
「待ってろエリーシャ……俺も……もうすぐそこに……」
俺は、ゆっくりと瞼を閉じた。
「――――諦めるなど、許さないぞロベリア!」
すぐ目の前で、誰かが言い放った。
懐かしい声に、思わず顔を上げた。
鎧を着た女騎士が、そこにいたのだ。
一人だけではない、見覚えのある顔ぶれがそこにいた。
「よぉ、久しいな。どれぐらい経ったのかは覚えてねぇけど、また会えて嬉しいぜ」
矢をつがえ、気さくに話しかける男。
神装使いのジェイク。
「我とは一度も交流はなかったが、竜王を討たんと志した者同士! 助太刀に来た!」
この世界に来てから交流はない。
しかし、彼の背中は知っている。
知らないはずがなかった。
竜騎士ジーク。
「あの、僕、その……ちょっと場違いなような気がするんですけど、頑張ります……!」
弱々しく言う、あのときの若い騎士。
リアン姫の近衛騎士ユーゲル。
「話ならラケルから聞いた。理想郷のことも、妖精族のことも全部だ。お前には故郷と友人を救ってもらった恩がある。例え、相手が私達と同じ人族であろうと、私達はお前の味方だ」
そして最後に、女騎士クラウディアが言った。
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