第111話 本名



 決闘まで、あと六日。

 出場者を決めたボロスだったのだが、そのあまりにも無茶な人選に理想郷の国民たちから多くの不満の声が飛び交ってしまう。


 賛同する者は『千師団』の戦士たちと『黒灼魔導団』理想郷の軍事集団の二翼だけだった。


 ―――『千師団』ではお馴染みの戦士長のユーマ。

 ―――『黒灼魔導団』の魔術長ディミトラ。

 二名、幹部が出場するからだ。


 ―――『弓・神装使い』ジェイク。

 元英傑の騎士団員で選ばれたのは彼のみである。

 ボロスに何故かと尋ねても答えてくれないので、未だ理由はハッキリしていない。


 ―――『竜王』ボロス。

 どうやら自分のことも出場リストに入れたらしい。

 実力は確かなので異論はない、適任だ。


 問題はココからである。




 ―――――




 試合を行う会場を用意するようにと魔王から無茶な要求をされ、本職から建築の知識がある者、体力や力に自信のある者まで、総出で闘技場の建設に取り掛かっていた。


 構造はよくある円型の闘技場である。

 外観はローマにあるコロッセオに近い感じが望ましい。


 大体数千人が座れるほどの座席を並べ、中央部から一番手前には魔王や代表者が座れる席を配置。

 試合の開催まで残り僅かにしかないので朝から晩まで追い込み作業である。


 少しでも完成を早めるために徹夜をする猛者もおり、仕方なく手伝うことにした。

 魔術で材料になる岩を砕いたり、地下から石灰石を運んだり、削ったり、組み立てたり。


 何もかもを後回しにして行われた大規模な建設に燃えているのは職人たちだけである。

 あの魔王、ぶん殴りたい。




「私は納得していませんから!」


 家に帰ると、玄関まで響くエリーシャの声が聞こえた。

 廊下で揉めているようだ。

 そーっと覗いてみる。


「あの二人はまだ小さい! 身体が大きくなっても中身はまだ子供なんですよ!?」


「ええ、ですが私は自身の選択に違いはないと、胸を張って言えます。たとえエリーシャ嬢のご意見でろうと聞き入れることは出来ません。出場者の選出を私に任せたのはロベリア様です」


 俺の存在に気づいていたのかチラリと見てきた。

 視線を追ったエリーシャと目が合う。


「ロベリアからも何か言って! あの二人を、魔王軍と戦わせたくないって!」


 やはり、こうなるか。

 試合にアルスとジェシカのエリーシャの三人も出場することになったのだ。


 初めは俺も反対したのだが、竜の血を引いた二人なら勝てるとボロスは誓って言った。

 頭まで下げてまで二人を出場するよう懇願してきたのだ。


 いくら忠誠心のあるコイツでも竜の王様。

 地べたに額をこすり付けていい人物ではない。


「師匠第一号の俺と、師匠第二号の竜王が見込んだ優秀な二人だ」


「でも……」


「俺とボロスではない、あの二人を信じてくれ」


 互いの視線が交わる。

 それでも、俺は目を逸らさなかった。

 エリーシャの瞳があまりにも綺麗だから、というのも一つの理由だが、自身の気持ちを伝えるにはコレしかないと思ったからだ。


「もう、ずるいんだから……ばかっ」


 すると突然、唇にキスされた。

 されたかと思ったら、エリーシャは逃げるようにして上の階へと行ってしまった。


「ふふ、眼福ですねー」


「……」


 口元に手を当ててニヤけるボロスを睨みつけるが、そろそろコイツも慣れてきたのか怖気づかない。


 視界を窓の外へと向ける。

 日が暮れる時間だ、そろそろアルス達も帰ってくる頃だ。


 その前に、ボロスに聞かなければならないのとがある。


「魔王軍との戦いに備えるため色々と参考になる本を読んだのだが、その中から魔王が同じようにして竜王を眷属にしようとした記録を見つけたのだが、ボロス……いや、ファエトン・リア・ドラフィ」


 かつての名を耳にしたボロスは、青ざめた顔でこちらを見つめてきた。


「初代竜王だったお前の父親は、戦いに敗れてもなお降伏をしなかった。しかし人族、魔族の双方からも危険視されていたためか『竜狩り』によって必然的に竜族は根絶やしにされた。その唯一の生き残りが初代竜王の子孫が、まさかお前だったなんて」


「……ファエトン……懐かしい響きですね」


 下手に嘘をつくわけではなく、ボロスは諦めたように返した。


「あれは、まだ魔王ユニが誕生して間もない時代でした。初代魔王シオン・マグレディンが引き起こした人族との戦争『人魔大戦』により多くの生物が生き絶えていきました。私もまだ産まれて十年の幼子、目に見える光景がすべて地獄のようでしたよ」


「竜族は妖精族と同様に、戦争に介入しようとしなかったと聞いたが、本当なのか?」


「ええ、その通りです。しかし初代魔王は初代竜王の力を欲しがっていました。自分で言うのもなんですが、どの種族をとっても竜族に敵う種族など存在しませんでしたからね」


 ボロスは自慢げに言うが、いつものような余裕のある顔ではなかった。


「だというのに父は平和主義者の大バカ者だったんです。同胞を失いたくない戦いたくない、その甘ったれた考えが我々一族を滅ぼしたのです」


 まるで、前までの俺みたいだな。

 嫌われたくなくて戦おうとしなかった偽善的な考えが、どれだけ自分と周りを傷付けたのか。

 過ちは、もう二度と御免だ。


「……一族の復讐がしたいのか?」


 竜族を皆殺しにされたことへの憎悪があるのか、それを確かめたかった。


「亡くなった同胞の無念を晴らすことや仇討ちに興味はありませんよ。私にも守りたい居場所ができたので」


 居場所か。

 初めて会ったときに殺し合いをして、仲間になって裏切るのではないかって思っていたのに、いつからだろうか。

 コイツを信頼に足る仲間だと思うようになったのは。


「あっ、師匠ぉ! ただいまー!」

「こらジェシカ! まずは手洗いうがいをしろって何度も……」


 玄関からジェシカとアルスの騒々しい声が聞こえ、ボロスと二人で出迎えることにした。

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