第165話 穿つ


「……」


 どうも瀬戸有馬です。

 今、崩れた建物の下敷きになっています。


 奇妙な姿形の怪物が、俺めがけて空から突撃をかましてきたので魔力障壁で防ごうとしたら普通に突破されて遠くに吹っ飛ばされてしまった。


 城下町のそこら中から鐘を鳴らす音、鬼族たちの騒々しい声が聞こえる。

 真夜中に地響きと轟音が飛び交っているのに、城下町がずっと静かだったら逆に怖いよね。


「おい! そこの兄ちゃん大丈夫かよ!?」


 偶然通りかかったおっさんが建物の下敷きになっている俺の方に駆け寄ってきた。


「今出してやるからジッとしていろ!」

「必要ない……どっか行け」

「こんな状態になってる奴を放っておけるかよ!」


 おっさんが瓦礫をどかそうとしてくれるがビクともしない。優しいのは有難いが、あの怪物の狙いが俺だとしたら側にいるおっさん含めて周りの鬼族たちが危ない。


 被害がさらに広がる前に、あの怪物をさっさと倒さないと。


「いいから、邪魔だ」

「うおっ!?」


 瓦礫ごと家屋を片手で持ち上げて人の通っていない道にどかす。


 おっさんは信じられない光景を目の当たりにしたような顔でこちらを見上げ。何かに気付いたのか顔色を変えた。


「お、お前さん、角は……?」

「折れた」


 ノータイムで即答する。

 鬼族の角が簡単に折れるものなのかは知らないけど、考えられる言い訳がこれしかなかった。


「来たか……」


 地響きと建物を破壊する音が近づいてきている。

 こっちから出向こうしたが、怪物の方が先にこっちに来てしまった。


 おっさんを風魔術”衝撃ショック”で吹き飛ばすと同時に、眼前の家屋を壊しながら怪物が突進してきた。


 真正面から受け止めようとしたが怪物に持ち上げられてしまい、足が地面から離れる。


「ガァァァァァァァァァァァ!!!」


 数えきれないほどの建物に叩きつけられながら、腕の中で勢いを止めない怪物を睨みつける。


 頑丈な身体なので死にはしないが、こいつをこのまま好き勝手に暴れさせていたら死傷者が増えてしまう。


 ”凶悪イーヴィルチェーン


 怪物の身体中に鎖を縛りつけて動きを止める。

 身動きが取れなくなった怪物の腹部に手を当て、黒魔力を込める。


漆黒槍ヘルファウスト

 最小限に抑えた槍を三発、ゼロ距離で打ち込む。


(貫通しない……?)


 ダメージは通っているようだが外傷が確認できない。これだけでは決め手にならないらしい。


 だけど、本気で魔術をぶつけることで、その反発で死傷者を出してしまうかもしれない危険性がある。

 それだけは何としても避けたい。


 拘束された怪物を間近で見て、妖精王国で何百体も相手にした帝国の生物兵器”スナッチャー”を連想させられる。


 だけど、こっちの方が人間味のある構造をしている。

 この姿を知っている何かに例えるなら”フランケンシュタイン”に若干似ている。


 推論になるが、こいつも生物兵器、或いは高度な技術によって無機物から作られた意思を持った機械仕掛けのロボットなのかもしれない。

 魔術を用いれば後者の実現も有り得なくはないのだが、側から見れば俺たちと同じ生きている生命体だ。


 威力を抑えた”漆黒槍ヘルファウスト”はベルソルにだって傷を付けることができる。

 だというのにそれを耐えるほどの頑丈さは、一体どういう仕組みなのか。

 どんなドーピングをすれば、こんなに強くなれるのか。


(あれ、生前の俺ってこんなんじゃなかったよな……?)


 生前の瀬戸有馬なら、こんな風に頭で理屈を捏ねたり黙々と分析したりするような人物ではなかったはずだ。

 いつの間にか、傲慢の魔術師ロベリアの習慣が無意識に身に付いてしまったのか。


「ガァァァァァァァァァァァ!!!」


 怪物が夜空にむかって雄叫びを上げると、その周囲を蒼い電雷が飛び交う。

 怪物の魔力量がさっきよりも増幅していくのを感じる。


 もしかしてコイツ、成長しているのか?

 怪物を縛り付けている鎖が、フィジカルで強引に砕かれてしまう。


「————!!?」


 怪物が口元に魔力を収束させると、こちらにめがけて放ってきた。

 すぐに広範囲の魔力障壁で防ぐが、衝撃を殺すことができず周りの建物が次々と崩れていく。


 まるで嵐が過ぎ去ったような残骸になっていく町を、困惑した顔で見渡す。

 苦しそうに怪我を抑える人、大声で泣く子供と赤ん坊、そしてすぐそばに転がる死体。

 まだ幼い少女だった。


「すまない……」


 声にならない謝罪だった。

 怪物のせいだけではない、俺のせいで何の罪もない人々が犠牲になっていく。


 生半可な攻撃では、この怪物を倒すのに膨大な時間を費やしてしまう。

 その時になるまで、この”童王”が持ち堪えられるとは思えない。


 だから、次に俺がやるべきことは、こいつを一撃で屠れるほどの魔術を放つこと。

 街を巻き込まないよう調整と制御をしなければならない。


「貴様が俺を狙うようプログラムされた怪物なら、それを完遂するまで貴様は破壊活動を止めないのだろう?」


 攻撃を素早く掻い潜りながら、怪物を人の少ない広場に誘導する。

 

 相手の攻撃も効かなければ、こちらの攻撃も効かないという泥試合を、これ以上続けるわけにはいかない。


 街中じゃなければ簡単に倒すことができる相手だというのに、とことん俺は不幸体質らしい。


「来い———完膚なきまで消し炭にしてやる」


 あえて煽るような発言をすると怪物は食いついてくれた。


 デカイ図体に反して身軽に近づいてくる怪物の気魄に飲み込まれながらも、必中の一撃と衝撃を抑えた条件付きの魔術の発動に必要な黒魔力を調整する。


 だが、やはりこのままだと間に合わない。

 先ほどと同じように突き飛ばされて、その勢いで町を壊してしまう。


 焦ることで集中が途切れるかもしれないのを危惧しつつも、全神経を黒魔力の調整に注ぐ。

 だけど怪物はもう、すぐ手の届く距離に————


 町からかなり離れた場所にある山の方から突如と、翠色の閃光が曲線を描くように飛んできたと思うと、鈍い音を立てながら怪物に命中する。

 怪物は態勢を崩して、目の前で倒れ込む。


 よく見ると怪物の眉間に、魔力によって生成された矢が三本ぶっ刺さっていた。


(ジェイクか……!)


 山から町まで、俺たちの姿を視認できるかも怪しい距離だというのに、遮蔽物を掻い潜りながら怪物の眉間に矢を見事クリティカルヒットさせる精度の高さ。


 ゲーム内でのジェイクの弓の実力は作中一と明言されているが、それを実際に目の当たりにしたことでより一層感服させられる。


 普段は面倒臭そうな中年だと思ってごめん。


(ありがとう……!)


 怪物がすぐに立ち上がってきたが、もう十分だ。

 準備はもう整っていた。


 ベルソル戦で、経験した黒魔術の本質。

 憎悪がトリガーとなり黒魔術の本領が発揮される。


 見ているか、ロベリア。

 黒魔術の本質とやらの常識を塗り替えてやる。

 俺のやり方で、黒魔術を最大限まで使いこなしてみせる。



 膨張していく狂気の根源を、赤ん坊をあやすように慈悲深く穏やかな気持ちで受け入れる。

 今まで黒魔術を真の力を抑えていたのは俺の方だったんだ。


 計り知れない狂気の渦に意識が飲み込まれるんじゃないかって恐れて、抑え込んでいた。

 だけど、ベルソルとの戦いで一時的に黒魔術の本質を体験したことで、その核心に触れることができた。


 あの時の、感覚のように———




 脳、腕、手、脚、心を、完全無欠だと思わせてくれるほどの全能感。

 スポーツ選手が稀に入るというゾーンというやつだろう。


 全部が見える、全部を感じる。

 手元に収束させ、抑えていた膨大な黒魔力が応えようとしてくれていた。


 漆黒の槍へと形状を構築していき、今まで使用していた”漆黒槍”の威力を上回るエネルギーが解放される。


 穿て————”冥漆黒槍プルトーネ・ヘルファウスト



 怪物を貫いた槍は勢いを衰えることなく上空へと飛んでいき、後から発生する衝撃波も緻密な魔力制御のおかげで、すべて怪物に完結した。


 漆黒の槍に放流する黒魔力に体内を蝕まれながら雲の上まで打ち上げられた怪物はそれでも執拗に抵抗しようとするが。


 槍に込められた膨大なエネルギーが一気に流出し、空を覆う規模の大爆発が生じた。







 ”童王”から離れた郊外、小高い山の麓には長い間封鎖されたままの寺院がある。


 約十年前、呪術の類の利用を疑われ、頭領の命で取り壊し作業が行われようとしたが、たった一人の角無し少女の手によって阻止された。

 その後、腕の立つ武士が数十人送られるが、一人残らず道に切り捨てられたという。


 どの死体も水にさらされた形跡があり、どういうわけか中には溺死した者もいたとされている。


「おーお、派手に打ち上げたな。あれならば甚大な被害も避けることができよう。ふむ、強大な力を持ち合わせて尚も弱者を慈しむ清き心。拙僧もいち仏法僧、もとい武芸者として彼奴を見習わなくてはな」


 僧侶のような白装束を纏った少女が、寺院の階段で腰を下ろしていた。


 ”童王”の都に出現して暴れ回っていた魑魅魍魎ちみもうりょうを、謎の銀髪の男が屠るまでの一部始終を見守っていたのだ。


「決めた、彼奴と手合わせするとしよう。さすれば連中の目的、魑魅魍魎ちみもうりょうを屠ったあの妖術使いのことを知ることができるやもしれん」


 熱を帯びてしまった顔を恥ずかしそうに押さえながら、その日がくるのを心待ちにしてひとまず寺院の中へと戻ろうとしたが。

 ぐぅーと空腹を知らせる合図で、我に返った少女は手をぽんっと叩く。


「まずは腹ごしらえが先だな。そうであろう天沼矛あめのぬほこよ。うむ、そうしよう!」


 少女は独り言のように背負っている槍に話しかけると、まるで返事を受け取ったかのように頷いてから腰を上げる。

 明かりの灯っていない寺院は、周辺の森と等しく夜闇に溶け込んでいた。


 一人であることに怖がる様子はなく、まるで我が家に帰るような足取りで奥へと奥へと進み————少女の姿は闇の中へと消えた。

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