第164話 イケイケ!魔王ユニちゃん☆


「メフィス、避難勧告を出すのじゃ……今すぐ」


 いつもの意気揚々とした声でも、態度でもなかった。

 魔王ユニは王の間の天井、正確には空の方をじっと見上げていた。


 メフィスは主君の異様な行動に困惑しながらも、良からぬ予感を察知して命令どおり黙礼をしてから城下町へと下りた。

 各々が為すべきことをするために他の家臣たちも王の間を後にする。


 王の間に一人残された魔王ユニは、魔剣『涅塗くろぬり』を構えた。

 魔王国に接近する尋常じゃない存在を彼女だけが感じ取っていた。


 距離にして約二キロメートル先、十秒以内に魔王城にその存在が到達する確信が魔王ユニにはあった。

 十二強将に匹敵するほどの脅威が来る。



「いたずらに余の国に侵攻するとは、とんだ不届き者じゃな。余、自らが迎え撃ってやろうぞ……」


 構えた魔剣に自身の魔力を流しこみ、いよいよ敵を迎え打つ準備を整えた魔王ユニは待ちわびたぞと言わんばかりにカッと目を見開く。

 次の瞬間――――魔王城が崩壊した。






 魔王国の首都の外部には、魔王ユニの体内を流れる”竜の血”を媒介にした三重の結界が張られている。


 どんな強力な魔物でも寄り付かせない虫除け効果。

 魔物のなかでも抜きん出て強い竜種の魔力を帯びた牙と爪でも、掠り傷すら付けることができない頑丈さ。


 その存在は、それらを意にも介さず結界を安易に突破した。


 城下町まで響き渡った破壊音に怯える魔王国の民草の頭上を、その存在は身体から発する蒼い電雷を撒き散らしながら飛び越え、絶えぬ勢いで一直線に魔王城に襲いかかった。


 魔王城に、二つの強大エネルギーがぶつかり合い、空間に歪みが生まれる。




「……ほう、勇猛果敢な戦士にしては不細工じゃのう貴様」


 自分よりも五倍は大きい巨体をもつ二足徒歩の怪物の、放った渾身の一撃を受け止めた魔王ユニは、可愛らしい八重歯を見せつけるように嘲笑った。

 不細工、と蔑んでいるようだが化物の見た目を形容するには最も適切な言い方だ。


 理性を失った真紅の双眸、青白いツギハギの皮膚、獣と人の牙が混ざった夥しい歯並び。人はこんな形をしていない、かといって魔王にサシで挑もうなどど危機感の欠如した魔物もこの世にはいない。


(帝国の生物兵器に酷似しておるが……奴らがこの化物を制御できるとは到底思えん……ま、どうであれ)


「貴様、ここら一帯を消し飛ばす気だったじゃろう……?」


 門を警護する使い魔も、国民も素通りして、明確に魔王ユニに狙いを絞って突っ込んできた。


 彼女に対して生半可な攻撃など通らないと理解しているのか、蒼い電雷と見間違うほどまで溜め込んだ膨大な魔力をすべて、怪物は魔王ユニにぶつけたのだ。

 衝突すれば間違いなく、魔王国全土が消し飛ぶほどのショックが広がっていた。



 だが、魔王ユニの魔剣”涅塗くろぬり”の能力は時空を屈折させて、結果を塗り替えること。所有者にそれを為せるほどの技量がなければ繰り出すことのできない能力だが、成功すればあらゆる攻撃を二分の一の確率で無効化することができる。

 今さきほど、魔王ユニは怪物の攻撃の相殺に成功したのだ。


「ガァァァァァァァァァァ!!!!!」


 獣のような雄叫びを上げ、怪物は魔王ユニの頭を鷲掴みにして、崩落した魔王城の外へと投げ飛ばした。

 魔王ユニの身体はあまりにも小さく平たいため、空気抵抗はなく魔王国の外まで飛ばされる。


 態勢を立て直し、自分が投げ飛ばされた方向に視線を向けると、ほぼ同時に怪物はすぐ傍まで追いついていた。


「やりおるのぅ……!」


 ニヤリと笑いながら魔王ユニは拳を振り絞ると、怪物も同じような動作を取る。

 次の瞬間、二つの拳が交わり、空間が歪むという埒外の現象がふたたび発生した。


「お?」


 ブシュッ! と悍ましい音と共に、魔王ユニの腕がどこかに飛んでいった。

 千切れた腕の断面を緊張感のない様子で見て、彼女は嬉しそうに嗤った。


「おお!」


 怪物は好機だと思ったのか、開けた口に超密度の魔力を収束させる。

 蒼い電雷が周辺を破壊しながら迸り、収束させた魔力は一つの球体となって膨張していく。短時間で完成した口元の魔力の球体を、今まさに魔王ユニに放とうとしたその時。


 魔王ユニの飛び膝蹴りが怪物の顎を砕いた。

 強制的に上を向かせられた怪物は上空へと球体を発射、空を覆うほどの爆発が起きた。


 追撃で回転蹴りが命中し、目を凝らしてやっと見ることのできる遠くの山岳地に、怪物は吹き飛んでいった。


(あそこはかつて亡き母の故郷だった場所。魔王国が無事なら、どうでもいか)


 やれやれと溜息を吐きながら魔王ユニはクレーターが出来るほどの勢いで地面を蹴り、立ち上がろうとする怪物に攻撃を放つ。


 ”双爪断ユニ・スネデン

 両手をクロスさせるように振ることで生じた強力な十の斬撃が、怪物を切り裂いた。


 魔王ユニは”竜の血”の影響で千切れた腕の再生を、既に終わらせていた。

 その驚異的な治癒力はベルソルに並ぶほどとされているが、彼女の治癒によって損なわれる魔力はなく、さらに当人の意思関係なく肉体は勝手に自己修復されるのだ。


「ガァァァァァァァァァ!!」


 それでも怪物は常人離れしたタフな肉体で、倒れる気配はまだない。

 寧ろ、怪物はまだ本領発揮をしていないのか、先程よりも魔力量が増幅していた。


(これは、ベルソルとライシャロームの聖剣から感じた残穢と似ておる。もしや……)


 さらに強くなっていく怪物から何かを感じ取った魔王ユニは『革命組織の理想郷襲撃事件』の首謀者について思いだす。

 それが正解なら、この怪物を差し向けたのも同一人物。


「むっ……」


 反応するよりも先に、魔王ユニの身体が細切れになっていた。

 そこら中に肉片と血しぶきが雨のように降り注ぎ、霧散した。


 あっけなく終わった。

 魔王ユニといえども肉片にされれば復活はできない。

 蒼い電雷を纏った怪物は、散らばる肉片に背を向けて歩きだした。


 一般的な感性を持つ者なら、ここで終わりだと疑うことはしない。

 相手にしていたのが普通の存在なら、確かに終わっていただろう。



 ―――だが、魔王ユニちゃんは終わらない。



 怪物が振り返った、その短い時間で魔王ユニはすでに再生を終わらせていた。


「どうやら、余は貴様を甘く見ていたようじゃ。こんなにも愛々しい余の姿をキズモノにしようなどとな……万死に値する」


 怪物は反応するという人間味のあることはせず、魔王ユニにすぐさま襲いかかる。

 魔王ユニは自分よりも大きいサイズの手のひらを小さな体のおかげで避け、怪物を上空へと蹴り上げた。


 雲の上にまで蹴り飛ばされた怪物は、口の向きを地上にいる魔王ユニに狙いを定め、魔力弾を連続で放つ。


 降り注ぐ魔力弾の雨を弾きながら魔王ユニは地面を蹴り、滞空する怪物に魔力を込めたパンチをお見舞いする。

 可愛らしい「ポコン!」という擬音に相反して殺傷能力が高く、怪物は海の方まで殴り飛ばされた。


 海底まで沈んだ怪物は、魔王ユニに次こそ致命傷となりうるダメージを与えるため、まだ残していた潜在的な力を、出し惜しみせず覚醒させた。


 悪魔っぽい翼を広げ、空を飛んで海の様子を眺めていた魔王ユニはうっすら驚いて、まだ倒れない獲物を待つように腕を組んだ。


「ほう、まだコレほどの力を残していたとはな……」


 怪物が沈んだ場所に、広範囲の渦巻きが発生する。

 海中から海面まで迸る蒼い電雷がゆっくりと、だが着実に勢いを増していき、大波が起きたかと思えば、海に巨大な大穴が空いた。


 その中心部に、両手両足をがっしりと地面に固定させて、まるで砲台のようにこちらに狙いを定めて、膨大なエネルギーを蓄積させていく怪物の姿があった。


 もう、あれをどう形容すればいいのか彼女にも解らなかった。

 だが、確かなことがあればアレを喰らえば魔王であれどタダでは済まされないということ。


 島の一つや二つが地図から無くなるほどの威力といったところだろう。

 回避することもできるが、その後を考えると魔王ユニは避けることができなかった。


 遠く離れてしまったが、ちょうど後ろの方に魔王国が位置している。

 避けたら間違いなく、なによりも大切にしている家臣や民草が全員死んでしまう。


「余をどれほど痛めつけようと、たかが戯れと許容してやるが。余の大切な者たちに危害を加えようものなら、殺す」


 一言。

 たった一言が、空気を一変させた。


 怪物はそれを察知したのか、蓄積してたエネルギーに更に力を加える。

 余力を残す気がないのか、比例するように怪物の巨躯がみるみる痩せ細っていく。


「ガァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」


「喚くな痴れ者。余が殺すと断言した瞬間、すでに貴様の死は決定事項なのじゃ。これは冗談でも戯れでもなく偽りのない事実。刮目せよ―――」



 昔のことなんて殆ど憶えていない。

 赤子だった頃に憶えていることといえば、初代魔王である父がかつて同胞の竜族を殲滅するときに流した涙だけだった。

 世界を無慈悲に蹂躙せしめる、冷徹なあの男が哀しんで涙していたのだ。


 だから赦せなかった。

 同胞の死を哀しむぐらいなら、殺めないという選択があの男にはなかったのか。

 五百年経った今、考えても無駄かもしれない。


 だが、だからこそ―――余は彼奴あやつのようには絶対にならん。

 その決意があったからこそ、魔王としての今の自分がいる。

 胸を張って、争いのない世界を目指すことができる。





「”竜雫ドラゴン・ティア”」


 怪物の蓄積していく質量を、遥かに凌ぐ質量。

 遍く概念と理などでは及ばない、破壊のみに特化した埒外のエネルギーが湧き上がり、陽光のように神々しい輝きが地上を照らし、その熱力が海岸沿いの海を蒸発させていく。

 怪物は、圧倒的な力の差を前にして尚、役目を放棄することはなく神の境地に立った魔王を、迎え撃つ。


 そして―――――









 魔王国の地下幽閉所で封印されているベルソルは、止まらない震動と膨大な魔力の衝突を感じ取り、羨ましそうに天井を見上げた。


「なんだよ………魔王のやつ、全然余裕じゃねぇか」


 消え去った存在と、未だ解放されていない力の存在。

 ベルソルは初めから結果の決まった闘いに、地下すべてに鳴り響くほどの高笑いをした。




「ふぃ……あっ! やり過ぎてしまったのじゃ!」


 眼前で蒸発によって割れた海と、燃え盛る大地に魔王ユニは慌てて消火活動をする。

 勝ったというのに格好がつかないのは毎度のことだ。


 メフィスにいつも威厳が威厳がと叱られる状況だが、魔王ユニは今の自分が大好きなので変わるつもりはない。


「たった一匹に、二割の力を出してしまったのぉ」


 一匹。

 そう発言した魔王ユニは、もう感知していたのだ。


 あれが一体だけではなく、あと四体が同じように各国で暴れていることを。

 狙いはやはり、十二強将の面々だ。

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