第7章 妖精王国
第68話 衝突
たとえ強大な敵を前にしたとしても、一度だって自分の命の危機に対して胸騒ぎを覚えたことがない。
それは俺がロベリア・クロウリーだからなのかは正確には分からないが、幾千の軍勢を前にしても勝てるという自信があったからかもしれない。
この旅で、今まで遭遇してきた強大な魔物を前にしても、死ぬかもしれないという危機感はなかった。
警戒はしていたものの、自分への安全マージンがどこか緩かったりするのだ。
それなのに、とうとうそれを感じていた。
上空を浮遊する、とある存在に胸騒ぎを覚えてしまったのだ。
それはこの世界にやってきてから一度も感じたことのない、死ぬかもしれないという本能。
この世界でも珍しい黒髪、金色の眼、顔は男なのか女なのかよく分からない。
中性的な顔立ちだ。
背中には、金色の羽を生やしている。
明らかに人ならざる者。
妖精だ。
「……げろ」
地竜を降りた俺は、仲間たちに「逃げる」よう指示をしようとしたが、上手く声が出なかった。
そいつは、嬉しそうに笑っていた。
エリーシャ、ゴエディア、シャレムではない。
俺を真っ直ぐに見つめていたのだ。
敵意のない表情に反して、明確な殺気を感じた。
ゆっくりと息を整え、声帯の機能が正常であるよう祈りながら、俺は叫んだ。
「……ここから逃げろ! 早く!」
思った以上に、荒々しい声が出た。
それぐらい俺は必死になっていたかもしれない。
それでも三人は動けずにいた。
理由は同じだろう。
空の上で立つように浮遊しているあの存在に怯えているのだ。
俺は三人の足元に【衝撃】を発生させ、出来るだけ遠くへと吹き飛ばした。
その瞬間、上空から魔力を感じた。
ヒシヒシと伝わるほど膨大なやつをだ。
ふたたび見上げると、そいつは力を解放していた。
竜巻が発生したかのように、周りのありとあらゆるものが飲み込まれていく。
今まで戦ってきた奴等とはレベルが違いすぎる。
常軌を逸していた。
「―――
轟音と共に、あまりの熱量に空が歪んだ。
文字通り歪んだのだ。
それに伴い、ここ一帯を消し去るほどの衝撃波と炎が襲い掛かってきた。
黒魔術の魔導書を手に持ち、迎え撃つように魔術を放つ。
手抜きなどあり得ない、全身全霊の一撃をだ。
「―――
異常なまでの破壊力。
圧倒的な質量。
形容し難い現象が、次々と発生する。
一騎打ちとは到底呼べない、核に匹敵した二つの魔法が。
衝突した。
オリンピア高原の時計塔。
時を刻む銀針が、ある二つの数字を指すように止まった。
――――傲慢の魔術師。
――妖精王。
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