第3章 獣人の姫との逃亡劇
第16話 猫族の姫君
あれから二か月ぐらいか、雪が降り始めていた。
雪の積もる山脈の谷を移動しながら、次の国を目指す。
生憎、世界地図の行きたい場所をタップするだけで移動できるシステムはない。
なので常時、徒歩での移動である。
国から国の移動は、馬車を使っても数か月。
短くても一週間かかることもあるため、体力に自信のある若者でもハードな旅だ。
瀬戸有馬として、そのまま召喚されていたら無理ゲーだっただろう。
ところがロベリアの身体が長旅に慣れているおかげで、疲労感が極端に少ない。
食料も、そこらの魔物を狩って食うだけで何とかなる。
魔物を食すことを平然とやっているが、前までの俺なら野生の動物を食べる事に気持ち悪さを感じていただろう。
だけど、この肉体になってから不思議と抵抗感がない。
いくらでも、もりもりと食べられる。
次の国に到着すれば、初めにやることが人助けだ。
困っている人がいないのかを探すことから始まる。
ところが、話しかけた人間の大半が「あなたに話しかけられたことで困っています」といった顔を浮かべながら逃げて行ってしまうため、ちょっとだけ心が痛い。
加えて、口調が自動的に悪くなってしまうため、嫌でも相手を不快にさせてしまう。
いくらロベリアがトップ級の性能持ちでも、好感度がなきゃつらい。
自業自得な部分もあるのだが、少しは優しくしてほしいものだ。
「ふにゃあ」
下り坂を歩いていると、隅っこから猫がやってきた。
そいつは俺の世界にいる猫よりもでかく、二足徒歩ですり寄ってきた。
足にしがみつきながら「腹へったにゃ~、助けて~」と泣いていた。
人の言語を話す猫!?
と、冗談は一旦止めよう。
猫耳と尻尾を生やした『獣人族』の巨乳少女が乞食をしてきたのだ。
とりあえず持っていた干し肉を渡すと、すっごい喜ばれた。
そうだ、俺はこの笑顔が見たかったんだよ。
切り株の上で少女が食べ終わるのを待ちながら、達成感に浸っていた。
「ふぃ~。ごちそうさまでした!」
「貴様、名前は?」
「おうっ。
本編に登場しているキャラなのか、それともサブストーリーキャラなのか。
しかし、獣人族の好感度を上げるのもいいのかもしれない。
「聞いて驚くにゃ! 妾こそが獣人族長の娘リーデア・キャットシーにゃり!!」
よし、見捨てるか。
そう決めた俺は無言でその場から去ろうとする。
それを見たリーデアは「なんで!?」とショックを受けていた。
南方の大森林の姫君じゃないか。
それも自己中なお姫様である。
ゲーム内では立ち絵はなく、名前しか表記されていなかったが、全ユーザーから「わがままで戦争を勃発させた馬鹿猫」とまで呼ばれている。
なんとも不名誉なことだ。
親近感は湧いてこないけど。
「助けてくれたお礼ぐらいさせてほしいにゃ~!」
「……お礼?」
「ふふふ、喜ぶにゃ! このリーデアが特別に、トクベツに! お主と夫婦になってやるのにゃ!!」
「断る、帰れ馬鹿猫」
「がーん」
噂通りのバカだ。
これ以上関わってしまったら汚名返上どころか、悪党同士が徒党を組んだと思われかねない。
相手が姫君だろうが俺には関係のないことだ。
「わ、妾はお主に惚れたんだにゃ! 名誉じゃなかろうか!?」
「思わん帰れ」
「ええと、ホレ、胸もこんなに……」
「帰れ」
「解った! ペットで手を打つのはどうにゃ?」
「……」
「何か言ってにゃ~!」
また足にしがみつかれる。
本当にしつこいなこの雌は。
いくら可愛くて、猫耳が生えていて、胸が大きかろうと興味ない。
結婚もする気はないので出来るだけ冷たい態度で断ろうとするが、離れようとしてくれない。
帰れや。
先ほどから帰れと連呼しているには理由があった。
リーデアは誰かに従うのを良しとしない性格の持ち主なのだ。
なので厳格な父親のお堅い制限や、一族の掟から逃げてきたのだ。
なんとも愚かな家出猫なのか、助けてやる義理も利益もない。
「うわぁぁあ………んっ………ふにゃ」
そう思っていたらリーデアは急に黙り込み、ぱたりと倒れた。
息が荒く、大量の汗をかきだしている。
好都合だと思い、置いていこうとしたが、したのだが。
やはり心配になって引き返す。
彼女の頭に触れ、体温を確認する。
熱だ。
アテもなく逃亡生活をしていれば、当然と言ったら当然か。
仕方ない、治るまでは面倒を見てやるか……。
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