第17話 交渉成立
南の大森林テトは資源が豊かな場所である。
多くの獣人族が我が物にするために争い、結果的に覇権を握ったのが猫族だった。
猫族は森の中であろうと俊敏に動くため、獣人の中でも優位にあったと聞いたことがある。
現在、ラーデア・キャットシという猫族が獣人族の族長である。
そして、その娘は逃亡中リーデア姫。
次期族長が消えては本末転倒なので、血眼になって捜索をしている
このまま彼女を捕まえて獣人族に引き渡すという選択肢もあるが、彼女が族長になった後が問題なのだ。
リーデアが族長になってすぐ、人族と大規模な戦争を起こしてしまうからだ。
理由は非常にくだらないものである。
『妾が無能だとぉ……戦争じゃ! 全員殺すにゃ~!!』
うん、引き渡すのも良い選択とは言えないだろう。
しかし放逐して死なれたら夢見が悪くなりそうだ。
俺は、どうすればいいのだろうか……。
「んん……はっ」
悩んでいると、焚火の前で寝かせていたリーデアが目を覚ました。
覚醒したロボットのように目を輝かせながら。
「飯だにゃ!!」
鍋の匂いに釣られたのかよ。
まあ、ちょうど出来たとこだからいいけど。
しかし彼女が食べるのは卵御粥だ。
まだ治っているのかも判らない病み上がりに脂っこいものは食べさせられない。
そしてなにより、こういう温かく食べやすい食事が病人には一番である。
「冷める前に食え。火傷はするなよ」
「にゃー、神様ありがとうにゃ!」
出来立ての
猫舌なのだろうか、入念にふーふーをしてから彼女はゆっくりと食べ始める。
「にゃっ、なんじゃこりゃ! 美味いにゃあ!!!」
初めてにしては良い反応である。
俺のいた世界の現代料理は異世界人には好評のようだ。
試しに俺も一口食べてみるが、味があまりにも薄く微妙だ。
無味の水米を食わされている気分だ。
「やっぱりお主は妾と夫婦になるのにゃ。お主の食事を毎日食べれるだけでも幸せだにゃ」
「俺は旅人だ。一定の場所に留まるつもりはない」
「ええ、結婚しないかにゃ!」
「先ほどから、そう言っているだろ?」
「むぅ、乙女の想いを踏みにじるにゃんて、薄情な男にゃ」
「何とでも言え。お前がいくら求婚してこようが、そのたび踏みにじってやる」
男として最悪の台詞だ。
それでも、これで彼女が俺から身を引いてくれるのなら万々歳だ。
なのにリーデアは得意そうに笑っていた。
「にゃら何度も挑戦するにゃ」
「馬鹿言え、ちんちくりんの面倒を見れるほどの余裕はない。熱が収まったのなら、さっさと里帰りするんだな、姫様」
「嫌だにゃ!」
「聞き分けのない餓鬼か」
「妾は逢いに行かなきゃならない人がいるんだにゃ!」
逢いに行く、だって?
故郷が嫌で逃げただけじゃないのか?
いや、あるべき事象が度々別のものへと変化する事態にはもう遭遇している。
竜騎士ジークが竜王を倒す結果を横取りした。
そのせいで、どこかで大きな変化が起きているはずだ。
きっとリーデアには本来なかったはずの目的が追加されたのかもしれない。
ならば、彼女に協力することで何かを得られる可能性が……。
「逢いたい人。それは人間か?」
「女の子だにゃ……名前はラケルちゃん。ノアって人の所で魔術の勉強をしている魔術見習いの女の子だにゃ」
ラケル・キャロル。
確か、そんなサブキャラもいたな。
『花の丘』と呼ばれる場所に、一軒の家が建てられており、そこで師匠ノアと一緒に住んでいるという解説を読んだことがあるような気がする。
花の丘は此処からは、そう遠くない距離にある場所だ。
「貴様は、その友人と逢いたいというわけか」
「そうだにゃ! じゃないと長になった後じゃ、もう二度と……」
涙を流しながらリーデアを答えた。
確かに族長になってしまったら安易に大森林テトから出られなくなるかもしれない。
獣人族は長がいなければ生きてはいけない種族なのだ。
大森林テトからふたたび脱出して、万が一死んでしまったら獣人族を率いる者がいなくなってしまう。彼らはそれを阻止するために族長になったリーデアを大森林テトから抜け出さないよう試行錯誤するだろう。
そうなってしまったら彼女が言うように友人のラケルとは必然的に、もう二度と逢えなくなってしまうだろう。
「なら、俺が連れてってやる」
「……にゃ?」
「そんなに、その友人とやらと逢いたければ連れて行ってやる。その代わり、何年後になるかは分からんが。貴様が族長になった暁にやってもらいたいことがある。条件を飲んでくれるのなら交渉は成立だ」
その瞬間リーデアの瞳から、とめどない嬉し涙が滝のように流れる。
実行する前から希望を抱かせてはならないことを、廃課金者だからこそ知っているはずなのに。
やってしまったと後悔をする。
単純思考の自分を憎ましく思っていると、突然リーデアに抱き着かれてしまう。
「ひぐっ……ありがとうにゃ……」
「あっ、ああ。ちなみに、最後に聞きたいことがあるんだが。追っ手は、やはりいるのか?」
「……」
リーデアは一瞬だけ沈黙をした。
それが何を意味していたのか、彼女が答えるよりも早く、俺は嫌な結論に至る。
こういう時こそ、不運は付き物である。
数秒後の静寂、彼女は決心したように告げた。
―――追っ手は『英傑の騎士団』が二人、と。
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