第89話 傲慢の魔術師vs帝国の鬼人
「―――【神炎、業火連斬】」
「―――【
腐食効果を持った鎖を、鬼人カルミラに次々と断ち切られていく。
鍛え上げられた剣術と、刀を纏う魔力量。
勇者とは比較にならない実力を持つ、天敵。
彼女の持つ刀は、聖剣よりも総合的に性能は劣るが、相当な業物だ。
あの刀に斬られでもしたら、たとえ今装備している防御特価型のヤエの防具であろうと、豆腐のように切り裂かれてしまうだろう。
それだけじゃない。
切断された鎖の破片が溶岩に浸かった純鉄のように、紅色になって溶けていっている。
切られるだけではなく、触れることさえ許されない熱量だ。
「ほらほら、どうしたどうした! 十二強将の七刻を冠したロベリア・クロウリーならもっと―――」
カルミラの姿が陽炎のように歪んだかと思いきや、驚異的な身体能力で一気に間合いを詰められていた。
”回避行動”それだけの動作に脳みそをフル回転させる。
自身の側面に風属性魔術【
胴体を切断されずに済んだが、横腹に焼けるような痛みがした。
掠られた程度で、これ程までとは。
「なるほど、随分と器用なことをしてくれるな。剣士との戦いを熟知している……!」
カルミラから更なる追撃が繰り出される。
無駄のない連続斬りが襲いかかってくるが、魔力によって硬質化させた両腕で斬撃を弾いてみせる。
だが、想像を絶する熱さに受け止めた部分に火傷痕を負ってしまう。
ヤケになってカルミラに【
どうだ、雷の速さなら避けることも斬ることも出来ないだろ。
流石に、これで倒れてくれよ………。
「―――耳障りな魔術だな、鼓膜が破れるところだったぞ」
まじかよ、あれをモロに喰らったのに生きているのかよ。
いや、上空をよく見てみろ。
【魔の手】の孔が、カルミラを守るようにして頭上に穿けられていた。
孔から伸びている無数の手が焦げている。
「【神炎、却火天衝】」
カルミラが右手で握っていた刀が、灼熱の炎に包まれる。
斬りかかってくる時の合図だ。
いつでも回避できるよう身構えると、彼女はまるでゴミを捨てるように刀を手放した。
それを呆然と見ていると、捨てられた刀が消えた。
いや、消えたのではなく足元に穿けられた孔に入ったのだ。
(―――はっ!?)
意図を理解したのも束の間、右側面に出現した孔からカルミラの刀を握った【魔の手】が斬りかかってきた。
魔力障壁、硬質化、その二つが頭をよぎったが間に合わなかった。
右腕が、吹き飛んだ。
想像を絶する鋭い痛み、焼けるような熱さに堪え切れず膝を折ってしまう。
腕を斬り飛ばされた。
刀を包んでいた炎の熱量のおかげで、斬られた断面が焼けて大して出血はしなかったが、致命傷であることに変わりない。
「なんだ、なんだ? かの傲慢の魔術師が跪くとは、実に情けない。勇者を圧倒したというから期待したというのに、やはり噂は所詮、噂だったということだろう。これっぽちも滾ってこないなぁ」
【魔の手】に刀を返されたカルミラの表情が曇っていた。
珍妙な魔術、剣術だけで銀針に成り上がったわけではないようだ。
普通に強い、あのまま立ち尽くしていたら首を持っていかれていたかもしれない。
「あまり舐めるなよ、小娘が」
【身体強化】で肉体の強化。
【
そして【
「くははっ! 魔術師が自ら近づいてくるかっ!」
カルミラは歓喜の表情で、刀を構えた。
侵食されるほど、限界まで黒魔力を左手に流し込む。
「【神炎、陽核】」
カルミラの放った炎の渦が、生き物のようにうねりながら襲い掛かってくる。
怯むな、止まるな、ありったけを込めろ。
視界を埋め尽くすほどの炎に全身を焼かれながらも、標的をしっかりと補足する。
「ガァァァアッ!!!」
「……ッ!?」
凝縮した黒魔力は定めた標的に衝突することで、エネルギーが一気に解放され、大爆発を起こす黒魔術【
衝突した相手の魂を喰らい尽くすまで、体内を滞りなく蝕んでいく。
魔術を受けたカルミラは解き放たれた衝撃で、数百メートル先まで吹き飛ばされた。
焼き斬られた右腕、【喰魂】の反動で黒魔力に侵食された左腕を交互に見ながら、溜息をつく。
体のそこらが火傷している。
まさか銀針の十二強将との戦いがここまでハードだとは。
お願いだから、終わってくれよ。
あれ、そういえば、近くに倒れていたラインハルは何処に行ったんだ?
アイツだけはエリーシャの元に行かせてはならない。
自分を奮い立たせながら、ゆっくりと歩きだす。
しかし。
「危うく……死にかけるところだったぞ……」
右半身を、黒魔力で侵食されたカルミラが戻っていた。
苦しそうに呼吸をしながら、彼女は恨ましい瞳で睨みつけてきた。
「がはっ……!」
大量に吐血した。
何故なら、背中を槍が貫通したからだ。
振り返り、それが【魔の手】の仕業であることを知る。
「死ね、死ねよ、死ね、死ね、死ね!!」
一突きだけでは終わらなかった。
あらゆる方向から鋭利な武器を持った【魔の手】に串刺しにされていく。
痛みを通り越して、もはや何も感じない。
意識が、遠のいていく。
「死ね、死ね、死ね、死んじまえ――――」
狂気に染まったカルミラの声を最後に、意識が途切れた。
―――代われ軟弱者、貴様では力不足だ。
聞き覚えのある声に戸惑っていると、肩をひっぱられた。
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