第90話 蘇りし悪役



 戦闘が開始してから一時間後。

 妖精王国南部、穴の空いた魔力障壁の前でエリーシャとゴエディアが立ち塞がっていた。


「協力をしてくれる同胞を連れてきたのだけれど足りるかしら?」 


 他にもマナが連れてきた妖精が五十人いた。

 決して多くはないが人族が相手なら死なないため心強い。


「みなさん、ありがとうございます!」


 エリーシャは彼等に頭を下げた。

 まさか、こんなにも多くの妖精が集まってくれるとは思わなかったからだ。


「頭をあげなってお嬢ちゃん。確かに人族されたことは忘れられねぇ。けど、それはもう過去のことだ」


「君達に助けられた、その恩返しがしたいだけだ」


「あなた達が居なかったら、みんな死んでいたかもしれない」


 返ってきたのは、感謝の言葉だ。

 エリーシャはハッとなって顔を上げる。


 そこには、この国にやってきたときのような疎外感はない。


 誰もが、信頼してくれている。


 自分達のやってきたことが無駄ではなかったのだ。


 鼻をすすり、涙を拭き取りながらエリーシャは大きな声で言った。


「みなさん、守り抜きましょう!」


「「おおおお!!!」」


 エリーシャ陣営の役目は、ロベリアが取り逃がした敵から妖精王国を守ることだ。


 どれほどの数が攻めてくるかはまだ不明だが、たとえ数百、数千人がやってこようと必ず止めなければならない。


「っ! みんな、シッ!」


 場に緊張が走った。

 穴の外は、夜の暗闇に染まった森だ。


 目を凝らしても誰がいるなんて確認することは出来ないのに、ゴエディアは何かを感じ取っていた。


 皆の視線が、森の奥に向けられる。


「……来た」


 ヤエに作ってもらった剣を鞘から抜きとり、エリーシャは低い声で言った。

 敵が来たのだ。


 しかも予想よりも多い数で。

 ロベリアが立ち塞がっていたというのに、何かがあったのかもしれない。 


 不安に思ったエリーシャは駆けつけたいという衝動を抑えながら、持ち場を守ることを優先した。


 きっと大丈夫だと、自分に言い聞かせた。






 ―――――






「くっ……ふっ……ふふふ……勝ってやった」


 黒魔力によって侵食された半身に苦痛を覚えながらも、カルミラは勝利したことに笑いを抑えきれずにいた。


【魔の手】に仕込んでいた魔剣クラスの武器で幾度に渡ってロベリアを滅多刺しにして、ようやく殺せた。


 手足が千切れ、内蔵も骨も丸見えになって倒れているロベリアの亡骸を蹴りつけ、カルミラは愉悦に浸った。


「これで銀針の十二強将の7刻は私のものだ。あとは精霊樹に保管されている彼女の遺体を手に入れれば……世界を掌握することも夢じゃない……」


 かつて人族に魔力を与えた精霊樹の管理人ミア・ブランシュ・アヴニールが妖精王国フィンブル・ヘイムの精霊樹にて眠っているのだ。


 彼女の遺体にはあらゆる情報が詰まっている。

 計り知れない膨大な情報がだ。


 それを入手すればカルミラは世界の頂点に君臨することができると信じた。


 帝国の狙いは妖精を狩ることではなく、力を手にすることなのだ。


「……手始めに、先に向かわせたオウガ部隊と合流し、精霊教団も王国騎士も兵士も皆殺しだ。くふふ、胸が高鳴るぞ」


 衛兵に治癒魔術をかけてもらってから前線に加わろうとロベリアの死骸に背を向けた。

 敗者に、もう興味はない。


 カルミラは貼り付けた笑みで、その場を後にしようとした、



 その時だった。



「――さきの戦いは、まだ余興に過ぎないと言うのに、何処へ行こうとしているのだ?」


 カルミラは全身の毛が逆立つのを感じた。


 それは武者震いなのか、否。

 殺したはずの男が、似ても似つかぬ声で呼び止めてきたことへの恐怖だ。


 串刺しにされたばかりの者が発する声ではない。

 明らかに、変わっていた。


「―――っ!」


【神炎、火雷神】

 神速で繰り出された炎の斬撃が地面をえぐった。


 だが、そこに倒れていたはずの男の姿はなかった。

 あの無惨な状態でどうやって姿を消したのか。

 今まで幻を見せられていたのかと疑いながら、カルミラは周辺を警戒した。


 そして見つけた。

 すぐそばの岩にふんぞり返る、穴だらけの男を。


 しかし、穴が空いているのは装備だけで傷は何事もなかったように塞がっていた。


「幽霊でも見たような滑稽な顔をして、どうかしたか?」


 驚きを隠せないカルミラを、男は顎に手をあてながら嘲笑った。

 ロベリア・クロウリーは生きていたのだ。


 しかも先ほど戦った人物とはまるで別人のような仕草と喋り方にカルミラは困惑する。

 同時に、恐怖を覚えるのであった。


「なんで……なんでっ、生きているんだ!? さっき、確かに息の根は止めたはず!」


 動揺のこもった声でカルミラが問うと、ロベリアはゆっくりと立ち上がった。

 そして、さも当然のように告げた。


「ははっ、まさか……俺が、貴様のような取るに足らない存在に殺されるはずがないだろう? 夢の見過ぎだ、愚か者」


 ニヤリと、ロベリアは薄気味悪く笑いながら、黒魔術の魔導書を開いた。


 空白になっているページだ。

 あれでは魔術は発現しないはずだが。


「―――見せてやろうセトアリマ。黒魔術の本当の使い方とやらを」


 空白のページに、次々と文字が浮かび上がる。

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