第55話 それぞれの始まり



 誰一人欠けることなく、理想郷に帰還することができた。

 生き残った人々へと勝利宣言をするが、心から喜ぶ者はやはり誰一人もいなかった。


 ただ自分にできる仕事を分担して黙々と作業を進めるだけ。

 瓦礫を運び、怪我人を治療して、まだ使えそうな建物を直し、遺体を町の真ん中にある広場に集める。


 俺も手伝った。

 他のみんなには休むよう言われたが、周りが働いているというのにまだ動ける自分だけが休むというのは、流石にできない。

 部屋で一人じっとできなかったのだ。


 そして夜になり、生き残った者達は全員広場に集まった。

 俺は松明を手に、遺体の山を囲むようにして枠組みされた木材に投げ込む。

 火は瞬く間に広がり、遺体を燃やしていく。


 その光景を前に、人々は涙した。

 泣き崩れ、泣き叫ぶ者もいれば、それを堪えようとする者もいた。

 悲しい気持ちになりながら俺は、亡くなった者達を見渡す。


 知っている顔ばかりだ。

 つい先ほど同じご飯を食べ、喋り、夢を語った者もいた。

 弟子のルイも、近所の老人も、子供も、若い連中も、みんな。

 あの時、自分が町から出ていなければ誰も死なずに済んだはずだ。


 思い返せば、反省や後悔ばかりだ。

 だが後悔しても、もう遅い。

 生き残った俺たちにできるのは、亡くなった者達のためにも生きていくことだ。

 これからもずっと。






 ――――――





 三日後。

 火葬を終わらせ、一通り町を綺麗にした後に俺はある場所へと向かった。


 町から少し離れた、小高い丘。

 そこには待つようにしてボロスが立っていた。

 こちらがやってくるのが見えたのか、満面の笑みで手をふっている。


「犬か、貴様は」


「わざわざ主が来てくださったのに、喜ばない配下はいませんよ?」


「犬だな」


 こんなやり取りでも油断しないように警戒をしてきたが、今回の一件で大いに貢献してくれた。

 俺の不利になる状況を、あの時いつでも作れた。

 だけど逃がしたエリオットを変わりに討ってくれたのだ。


「まあ……そのなんだ。貴様にしては役に立ってくれた。不本意だが正式に配下として認めてやろう」


「ふふ、光栄の極みです。してロベリア様、この先どうなさるおつもりですか?」


 ボロスは背筋をピンと伸ばし、右手を胸に当てながら聞いてきた。

あまりにも洗礼された執事のような動きだったので、驚かされる。


「……理想郷に残る。エリオットのような脅威が町を襲わないとは限らないからな。そうならない為にも理想郷を復興し、戦力を拡大させる」


 アズベル大陸から人魔大陸の東端にある理想郷を、最短で航海できる船はブレイブギア号しかない。

 物資を届けに(建前)理想郷に向かった英傑の騎士団と精霊教団が戻らないとなると、行方不明として扱われるだろう。


英傑の騎士団と精霊教団どもが、行方不明になったメンバーを捜索しに理想郷にやってくるかもしれない。

痕跡のほとんどは”虚構獄門”で飲み込んだつもりだが、絶対に残っていないとは言い切れないため、できるなら来てほしくない。


「魔王軍と人族の戦争は現在進行形で続いている。両陣営の戦いが終わらない限り、戦災孤児や難民は増える一方だ……そのような境遇に陥ってしまった人々に救いの手を差し伸べなければ、これからも多くの罪のない命が失われるだろう。だからこそ俺は、理想郷を復興していきたいと思う」


「人魔大陸で国作りとは無謀な考えを……しかし私を倒し、英傑の騎士団の精鋭を退けたロベリア様なら成し遂げられる気がしてなりません。数々の困難を乗り越えた貴方様ならきっと……。お隣で手助けできないのは悔しいですが、裏でなら何でも協力してみせましょう! なので、なんなりとご命令を!」


「ああ、そのつもりだ」


 ボロスがいずれ、表舞台でも立てるように何か策を考えなければ。


「計画がある。二年後、ある場所でここで起きた惨状を公開する」


「ある場所ですか?」


『浮遊要塞聖都市アーカシャ』

 山脈ループスの頂に到達した場所にある、空を浮遊する要塞都市。

 五年に一度、全世界の主要国によって行われる会議がある。

 王族、貴族、教団、機関、企業、影響力のある人間が百人以上も集まるそこで――――



「それについては、また今度話すよ」


「………そうですか。ではいずれ」


 ボロスが一瞬だけ言葉を詰まらせていたが、すぐに何事もなかったかのように了承してくれた。


「そういえば、あの小娘……エリーシャ嬢と親しいようで」


 何ニヤついてんだよ、否定はできないけど。

 時間が空くたびにエリーシャはなにかとベッタリしてくるから、周りからはそう見えているかもしれない。

 離れようとすると寂しそうな顔をするし、寝るときもベッドに潜り込んで添い寝をしてくるし、あちら側からのスキンシップも増えてきたような気がする。


 めちゃくちゃ可愛い子に好意を寄せられるとは、我が生涯に一片の悔いなし。

 いや、このまま死んでしまったらエリーシャとの甘い時間が無くなってしまう。

 それだけはヤダ。


「なんだ冷やかしのつもりか?」


 死滅槍したろか?

 と脅すとボロスは慌てながら言う。


「ま、まさか。ただエリーシャ嬢と交際をなさっているのなら式はいつになるのだろうと……気になりましてね」


「式? 流石に早すぎはしないか?」


「ご冗談を。交際をするということは結婚をするということでしょう?」


 へ? そうなの?

 この世界では結婚を前提にした交際が普通なのか?

 それかボロスの一族特有の文化なのか。

 つまりエリーシャの、あの大胆な行動の数々は……そのつもりで……。


「結婚……ってどうすればいい?」


「……マジですか?」


「マジだ」


 なんかボロスにすっごい目で見られたような気がするが、この世界に来たばかりで常識が身についてないんだよ。

 現実の方での結婚知識も皆無だけどな。

 エリーシャには待たせてしまうかもしれない。

 だけど近いうちに余裕が出来たら、その、彼女と結婚をしよう。






 ―――――






 さらに一週間後。

 心に余裕ができた町のみんなで祭りを開くことにした。

 理想郷の再起を祝う祭りである。


「ロベリア! 早く行こっ!」


 エリーシャに手を引かれ家から出る。

 同じ家で住むようになったアルスとジェシカにも引っ張られる。

 最近ぐっすり眠れるようになったせいか、寝坊をすることが多くなってきたため必ず最後に起こされる。


 まだ、まともな準備もせずに太陽の下へと引きずり出されせいで憂鬱な表情を浮かべるが、会場に集まる町の人たちの賑やかさを目にして、への字だった口もシワを寄せていた眉間もいつの間に綻んでいた。


 この平穏を、いつまでも守っていこう。

 そう、心から誓うのだった。







 ――――――






 英傑の騎士団本部、団長室にて。


 エリーシャが行方不明になってから半年が経過するが音沙汰もない。

 ラインハルは部屋の隅に縮こまり、虚ろな目をしていた。


 そんな彼を見かねて部屋に入ってきたのは、一人のメイドだった。

 銀髪の、少し痩せたメイドである。


「ラインハル様、お加減はいかがでしょうか?」


「……最悪だよ」


「みんな貴方様を必要としております。このまま部屋を出なければ英傑の騎士団の機能は、永遠に止まったままです」


「分かってるよ……そんぐらい」


「だったら―――」


「黙れよ!!」


 感情を抑えきれずラインハルは壁を叩いた。

 彼の力なら壁は無事では済まされなかっただろう。

 精神的にも肉体的にも弱り切っているのだ。


 そんなラインハルを、哀れに見ながらもメイドは彼に近づいた。


「もう嫌なんだよ……現実を見るのが……もしもエリーシャが酷い目に遭っていたら……もう生きていけない……だからもう、ほっといてくれよ……!」


「ラインハル様らしくないですね。あの日、私はお買い物で出かけておりましたので何が起きたのかは目にしておりません。情報も不確かな今、エリーシャ様を見つけ出すのは極めて困難でしょう」


「だったら………」


「しかし、勇者ラインハルがここで諦めるようなら、それはエリーシャ様を殺すに等しい行為です」


 彼女の言葉にラインハルは顔を上げた。


「勇者に不可能はない。諦めずに探し出そうとすれば、いずれきっと見つけることができるはず。なのにラインハル様はそれをしようとしない……そんなの私は間違っていると思います」


「……」


「立ってください、私はいつでもラインハル様の味方ですから。貴方様が、私を救ってくださったあの日から……ずっと」


「うぅ……エル!!」


 メイド、エルの言葉にラインハルは感銘を受け、抑えきれず涙を流した。

 薄暗い部屋の中で孤独に震えていた彼を、エルは優しく抱きしめるのだった。



 ―――密かに、うっすらと笑みを浮かべながら。





                 第五章 終




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