第93話 主人公とメインヒロイン
―――私の愛しい子よ、どうか幸せに。
遠い、遠い、遥か過去。
自力で瞼も開けられない、赤子だった頃。
この世界に産まれ落ちた瞬間から、少女は孤独だった。
時間が経過しているのか、夜なのか朝なのか、何一つ目視の出来ない空間の中で、少女はずっと死んだように眠っていたのだ。
何年、何十年、何百年、経過したのだろうか。
何も見えない彼女には、わかるはずの無いことだった。
ただ、覚えているのは、ある人物の声だけ。
女の人が、耳元でささやいてくれたのだ。
いつ目覚めるかも分からない、少女の幸せを願うような声だった。
忘れるはずがない。
忘れてはいけない、大切な記憶。
そして、少女は勇者と出会った。
自分を閉じ込めていた祠を開けてくれたのだ。
まるで初めから定められていた運命のような、必然的な出会い。
勇者は少女の手を引き、名前を訊いた。
初めて見た空と大地の境界線にある壮大な風景に感動を覚えながら、慣れない口調で少女は言った。
―――エリーシャと。
――――――
果たしたくもなかった最悪の再会に、エリーシャは自分の運命を呪った。
勇者ラインハルとの決別を、世界は許してくれなかったのだ。
まるで定めに従えと、強制されているかのように……。
「……やっと……やっと見つけた。なんで……こんなトコにいるんだ……探したんだぞ? お前を……エリーシャ、生きてて……よかっだ、よがっだよ」
やめて、やめてよ……。
そんな言葉、いらないのに。
両耳、両目を塞ぎたくなるぐらいの残酷な再会にエリーシャは戦慄した。
夢だと思いたいのに、何もかもが現実味がありすぎる。
今すぐに、この場から逃げ出したいはずなのに、震えのせいで彼女は動けなくなっていた。
「ずっと会いたかったッ! エリーシャっ……!」
近づいてきたラインハルに、強く抱きしめられてしまう。
彼にとって、念願の再会を果たすことができた、奇跡的な瞬間であろう。
しかし、エリーシャにとってそれは、何もかもが地獄のような時間だった。
「嫌だッ!」
ラインハルは――――突き飛ばされたのだ。
大粒の涙をポロポロと零す、会いたかった少女によって、強く。
どうして自分は突き飛ばされたのか、彼の思考には、その答えを導きだすための手段は何一つもなかった。
ただ、目の前の少女が、エリーシャが泣いている。
感動のあまり感極まったのか、あるいは自分を覚えていないのか。
できれば後者ではないことを祈りながら、ラインハルは慎重に聞いた。
「……エリーシャ、俺だよ、俺……ラインハル。覚えているだろ?」
あれから、もうすぐ二年経つので忘れることも、きっとあるはずだ。
世界で、もっとも過酷と言われた大陸に迷い込めば、大切な人間の顔をずっと思い浮かべる余裕なんてなかったはずだ。
第一に、自分の生存を優先するのが人間というものだ。
少し寂しいが、希望を捨てきれないラインハルには、そうやって自己解釈する以外の術はなかった。
「うん…………覚えてる、覚えてるよ……」
「ああ、だよな。エリーシャが、俺のことを忘れるはずがないもんな。ずっと苦しい思いをしたんだろ? この大陸で生き残るために、あのロベリアの側についていかなければならなかったんだろ?」
ラインハルの口調はまるで、子供を宥めるよう時のような穏やかなものだった。
対するエリーシャは恐れるように後ずさりしていた。
「エリーシャ、怖がらなくても良いんだ。帰ろう、俺と一緒に。もう、こんな場所に居なくてもいいんだ」
「……」
「エリー……シャ?」
「ダメ……なの。私は、帰らない……ここに残る」
「っ!」
その言葉が、ラインハルに衝撃を与えた。
彼の願っていた、結末にはなりそうにもなかったからだ―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます