第92話 望まぬ、再会



 魔力障壁に空いた穴へと次々と侵入してくる人族の陣営と、防衛に徹するエリーシャ率いる少数の妖精陣営。


 戦いが始まってから三十分、攻防戦はさらに激化していた。


 妖精は人族の攻撃を受けても死なない。

 傷が羽の力で、瞬時に癒えるだけだ。


 だが、そこに天敵が紛れていたら状況は変わるだろう。


 攻め込んできた人族の陣営にスナッチャーの群れも紛れ込んでいたのだ。

 十から百、それ以上は数えきれない程の数。



「スナッチャーは私達に任せてください! みなさんは兵士を頼みました!」


「「了解!!」」



 力ない声だった。

 それも仕方のないことだ。


 今まで死とはほど遠い種族が、自分等をいとも容易く死に至らしめる怪物と戦わなければならない状況に、直面しているからだ。


 彼らを守らなければならない。

 剣を力強く握りしめながら、エリーシャは地を蹴った。


 スナッチャーの群れへと飛び込んだのだ。


 鋭い触手で襲いかかられるが、ゴエディアが前もってかけていた守護魔術がエリーシャを守るのだった。



「はあッ!」



 勢いをつけた回転斬りがスナッチャーを一撃で仕留めた。

 更にもう一回転、そのすぐ側にいたもう一匹を真っ二つに両断する。


 スナッチャーを瞬殺した娘に周りの妖精らは歓声を上げた。



「あのスナッチャーをたった一撃で倒しただとッ!?」


「羽が無いってことは、まさか人族なのか?」



 無駄のない華麗な動き、剣術でバタバタと押し寄せてくるスナッチャーを斬り倒していくエリーシャに、誰もが見惚れるほどだった。


 しかし厄介なのは彼女だけではない。

 無茶苦茶に暴れ回る巨漢もいたのだ。



「攻撃力も防御力も、化物かよ!」


「ぐはあッ!?」



 武器を持った兵士らを、ゴエディア素手で殴り飛ばしていたのだ。


 まるで嵐が発生したかのような災害に、人族陣営は徐々になす術を失くしていく。



(―――いける、ロベリアが戻ってくるまで、ここを守り切れる!)



 スナッチャーは出来るだけ一撃で倒し。

 人族を峰打ちで気絶させる。


 エリーシャにはまだ、人を殺せるほどの覚悟はなかった。


 死にたくないと、命乞いする相手を斬り殺すなど、彼女には到底できないことだった。



「っ! えりーしゃ! あぶない!」



 スナッチャーをあと一歩で全滅させられるところで、ゴエディアに突き飛ばされた。


 守護魔術を発動させるより先に、ゴエディアの胸の真ん中を黄金の矢が貫いた。



「ゴエディア!!」



 人族の軍勢が攻めてくる、魔力障壁の穴の方からだ。


 もう一発、矢が飛んでくるのが見えたエリーシャは、それを弾いた。

 おかげでゴエディアに刺さることはなかった。



「ゴエディア! しっかりして!」


「よかった……えりーしゃ、まもれた……ろべりあとのやくそくも、まもれた」



 守護魔術を使わなくてもゴエディアの硬さはA級魔物の攻撃など掠り傷程度で済むほどなのに、投擲された矢がたった一撃で彼に致命傷を与えるとは。


 一体誰なのか、エリーシャは確認した。


 半狂乱に嗤う、教団服の女。

 エリーシャには見覚えがあった。

 精霊教団大司祭オレンべリア。


 ロベリアと戦った後なのか、かなりの負傷をしていた。



「くくく、おやおや、どうして妖精王国に他にも人族が紛れているのですかぁ!?」



 ただでさえ優勢を保つのに苦労したというのに、あんなにも厄介な人間が来てしまうとは。


 倒れたゴエディアを安全な場所まで運びたかったエリーシャだったが、スナッチャーや人族の兵士が未だに押し寄せるこの状況から戦線離脱してしまったら、この場にいる妖精のみんなが全滅してしまうかもしれない不安があった。


 どうする、どうすればいい。


 やはり、初めから少数での防衛は無謀だったのだ。

 自分を庇ったゴエディアが倒れてしまった。

 助けたい、けど彼を優先したらみんなが殺される。



「まあいい。我らに仇なす存在ならばミア様の敵なり。駆除しておきましょう」



神罰レディアント投擲アロウ



 魔力障壁の穴を埋めつくすほど、黄金の矢が生成された。


 あれでは防げない。

 ゴエディアを助けるどころか、自分も殺されてしまう。


 考えろ。

 決断しろ。

 選択しろ。

 片方を捨てろ。

 この状況を、どう覆すべきなのか。


 黄金の輝きによって彩られる美しい幻想を前に死ぬのなら、それも一つの手なのかもしれない。

 震える唇を強く噛みしめたせいで、血がこぼれ落ちた。


 この状況ならロベリアは、どう考えるのか。

 いや、彼なら考えずとも簡単に覆してくれるだろう。


 そんな彼に追いつきたくて、自分はここに居るはずだ。

 ずっと一緒に居られるように、強くなろうと決めたじゃないか。


 だからこそ、逃げるな。



「肝の据わった小娘ですね。まあ、とりあえず死んでください」



 宙を浮いていた矢が、一斉に放たれた。

 いつものように、強がりながらエリーシャは剣を力強く握りしめた―――






「―――そこで伏せろっ、人族っ!!」



 誰かの声が、戦場にこだまする。

 それは自分のことではないかと、とっさに思ったエリーシャは馬鹿正直にその場に伏せた。

 そして一閃、頭上を飛び抜ける一つの影があった。



双霞ソウカ



 剣の長さを無視する広範囲の斬撃が二回、矢をすべて弾き消した。


 オレンべリアは、目を大きく見開いた。

 同じくエリーシャもすぐ目の前に着地した人物を驚いたように見上げる。


 妖精王国、親衛隊隊長オルクスがそこに立っていたからだ。



「ちっ、あの魔族め……」



 シャレムに娘の形見である石を奪われ、取り戻すために追いかけていたら此処に辿り着いたのである。


 そして、同胞を率いて人族の侵攻を必死に抑えようとするエリーシャとゴエディアを見て、居てもたってもいられくなったのだ。


 余所者が、命を賭けて戦っているというのに傍観をするなどオルクスにはできなかったのだ。



「どこまでも忌々しい連中だ。何故ここまでして戦おうとするんだ……くそっ」



 マナの言う通りだったと、認めるしかないことにオルクスはさらに苛立ちを覚える。

 いや、初めから分かっていたのかもしれない。


 それでも認めようとはしなかった。

 五百年前、愛娘のモルガが殺されたあの時から、オルクスの時間は止まったままだった。


 人族を憎むことだけしか、してこなかった。

 本当に、それが正解だったのか。


 真に憎むべきなのは、何もできなかった自分自身ではないのか。




 ―――ねぇ、お父さん! あれなぁに?


 ―――ああ。あれは荒れてしまった大地や森に命を与えるため、同胞が何千人も空を飛んで妖精粉を降らすんだ。夜空から降ってくる粉が、まるで橋のような形をして広がっているから昔の人は『架け橋』って名前を付けたんだ。


 ―――へぇ、いいなぁ。私もやりたいっ!


 ―――はは、それは大人になって飛べるようになったらな。


 ―――それじゃ約束! いつか大人になったらお父さんに見せるから! 一番おっきくて綺麗な架け橋を!


 ―――ああ。約束する。モルガが大人になったら………。



 憎しみに囚われ続けていたオルクスの消えかかっていた大切な思い出。


 それは、かつての約束。

 果たすことのできなかった約束。


 あの日をどれだけ後悔したのかは分からない。

 だけど、忘れてはいけなかったのだ。


 止まった時の中にいても、何かが変わるはずなんてない。


 憎しみを置き去りにして、進もう。

 この人族たちを信じて―――




「人族……いや、理想郷の戦士たちよ。共に戦おうッ!」



 ようやく戦場に、妖精王国の兵士や親衛隊が到着する。

 人族も負けず劣らず、次々と増援がやってくる。

 その中には帝国軍の精鋭部隊『オウガ部隊』もいた。


 戦力的に人族陣営の方が有利だが、オルクスなど大勢の妖精の兵士が来てくれたことをエリーシャは心強く思った。



 ふと、振り返るとゴエディアが立っていた。

 無理をしてはいけない、と思ったが妖精が粉をかけたことで胸の傷が治ったらしい。


 それを安堵しながらエリーシャは妖精たちと共に、押し寄せてくる敵を迎え撃つのだった。



 長い時間、争いとは無縁だったとは思えない妖精族の連携が人族陣営をふたたび圧倒する。


 遠距離からオレンべリアが魔術を放っていたが、親衛隊が牽制してくれているおかげでエリーシャは戦いに集中できていた。


 ゴエディアとオルクスに背中を預けながら、エリーシャはオレンべリアにめがけて大きく跳躍した。



「はあああああああッ!!!」



 両手に力を込めて、落下の勢いをのせてエリーシャは剣を振り下ろした。


 人を殺してしまうことなど、頭にはもうなかった。

 オレンべリアを倒すことができれば、戦いは勝ったも同然なのだ。


 しかし、惜しくも割り込んできた第三者によって剣を弾かれてしまう。


 凄まじい衝撃に吹き飛ばされるが、器用にエリーシャは地面に着地した。


 一体、誰なのか。

 顔を上げ、相手を確認する。



「……………えっ」



 そこに居たのは、同じように驚愕する男。

 懐かしい顔に、エリーシャは思わず涙を流しそうになるが。


 どうして、こんな形で再会をしてしまったのか。



「エリーシャ――――なのか?」



 エリーシャは、自分の残酷すぎる運命を呪った。


 ずっと逢いたかったはずなのに。

 その存在を無意識に拒んでいる、自分がいた。


 どうして、此処にいるのか。

 どうして、このタイミングなのか。


 それでも、何もかもが現実だった。



 男との――――勇者ラインハルとの望まぬ再会を、果たしてしまったのだ。

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