第145話 ヤンデレな弟?
私は魔導傭兵団ルチナ。
訳あって、あの傲慢の魔術師ロベリアさんの家でお世話になることになった。
噂に聞いていたような悪い人ではない、のは少し一緒にいて感じたことだ。
でも完全に信用したわけではない。
だって、アズベル大陸では一級犯罪者扱いされている魔術師だよ。
ああ、きっとこの人は裏表のない正真正銘の善人なんだ、と出会ったその日に受け入れることはできない。
「おう、帰ったか。慌てて家から飛び出したから、何かあったかと思ったゾ?」
だって、家の前の犬小屋に、猫耳の目に光の宿っていない誰かを飼っていたからだ。
「腹が減った。土産はあるか?」
「今朝、エリーシャが作ったポトフだ。その日の料理は、その日に残らず食べるのが家のルールだ。献立を変更しない」
「ちえー」
この異様な光景を、さも日常の一部かのように、誰も言及しない。
そういえば、目を覚ました部屋で”鑑識眼”使ったときに、犬小屋に寝っ転がる人型の何かが写り込んでいたような。
だとしたら、この人は昼間からずっと、この犬小屋にいたというのか?
「あ、あの……この人は、どんな罪を犯したんですか?」
誰もツッコまないなら、私がツッコんでやる。
このまま周りと同じようにスルーしたら、後から気になって夜も眠れなくなってしまう。
「おう、こらッ。この僕を誰と心得ておるのだ小娘ぇ。僕こそが、この理想郷随一の天才! 賢者シャレ……」
「家を爆破して住処を失ったので、ウチに居候している駄猫のシャレムだ。こっちは魔導傭兵団のルチナ」
「おう、クチナか。よろしくナ」
ロベリアさんに、ものすごい失礼な紹介をされたような気がするけど、それはいいんだね、このシャレムさんという人は。
「でも、だからって犬小屋に寝かせるのは可哀想じゃないですか……?」
「初めは家の中に招き入れたんだが、人の物を無断で借りては破壊したり、食料をつまみ食いしたり、ジェシカのぬいぐるみを魔改造したり、地下研究室内を占拠したり等々、好き勝手にやってくれたのでな。コイツの扱い方を試行錯誤した末に、これで落ち着いたんだ」
「狭ぇけど快適でっせ」
話しを聞く限りは自業自得だ。
それでも犬小屋はやりすぎだと思うけど、当の本人はこの状況を、これっぽちも嫌がっているようには見えなかった。
「ふん、アホにはちょうどいい」
ボロスさんが、煽り始めた。
腕を組んで勝ち誇った表情でシャレムさんを見下していた。
「あーん? やんのか蜥蜴野郎ッ!」
「偉大なる竜族に向かって、下等魔族ごときが舐めた口を。いいでしょう、相手になりますよ?」
「蜥蜴、猫。そこまでだ」
喧嘩をする二人に、ロベリアさんは小さく低い声で言った。
二人は顔を青ざめ喧嘩を止めた、私も背筋が凍えていた。
「だ、だって喧嘩を売ってきたのはボロスだぜ? 僕ぁ、それを買っただけだッ」
「朝から晩まで仕事をせず、犬小屋で呑気に過ごしているのが気に入らないんですよ。この家に居候するのであれば、亭主たるロベリア様の手足となって役に立ってください。さもないと配下である私が直々に……」
大人しくなったかと思いきや、ふたたび二人は喧嘩を始めてしまった。
嫌な気配を隣から感じとり、恐る恐ると視線を向けると、予想通り鬼の形相のロベリアさんが右手に魔力を込めていた。
「兄さん〜〜〜!!!!!!!」
何処からともなく現れた謎の人物が、勢いよくロベリアさんに飛びついた。
声を置き去りするほどの速度だった。
謎の人物に抱きつかれたロベリアは、喧嘩を仲裁していたときよりも不快そうな表情を浮かべていた。
「離れろ、不愉快だ」
「別にいいじゃないですか〜? 僕は貴方様の弟なんですよ? 家族ならスキンシップぐらい当たり前ッ!」
抱きついた人物は一見すると、すぐに性別を判断できないほど中性的な見た目をしていた。
だけど話からすると、この人はロベリアさんの弟、男なのだ。
いや、だとしても兄弟でこの距離感はおかしい。
「リアム、俺は貴様の兄ではない。人違いだと何度言えば理解してくれるんだ……?」
「兄さんがクロウリー家から追い出されて、その後に僕も同じようにあの家に引き取られたんですよ。つ、ま、り、血は繋がらなくても僕たちはれっきとした兄弟なんです。ね? ね?」
「十年前、クロウリー家は財産に目が眩んだ使用人によって一人残らず殺され、屋敷を放火された。生き残りはいないはずだ」
その事件、私も知っていた。
魔導傭兵団で事件の資料を読んだことがある。
屋敷の住人たちが全員、惨たらしい殺され方で、特にクロウリー家の当主は頭部以外が原型をとどめていないほどの有様だったらしい。
屋敷の近辺で、大量の金やら宝石やらが入った布袋を膝の上に置いてへたり込む、血まみれの使用人が発見された。
犯人として使用人は斬首刑されて、事件は幕を閉じたのだけど。
どうも納得いかない部分が沢山あるのだ。
屋敷には何人も見回りがいたのに、たった一人のメイドが全員を皆殺しに出来るとは思えない。
逃げることも抵抗することもせず使用人は、駆けつけた衛兵たちによって呆気なく捕まったらしい。
尋問中の時も、精神的なショックを受けた人間のように虚な瞳でロクに発言もできなかったと資料に記されている。
彼女が本当に犯人だったのか、神経質なので三日も考え込んだことがあった。
事件の真犯人は、他にいる可能性が……もしかすると。
(この人……じゃないよね?)
ロベリアさんに頬ずりしている変態、弟と名乗る青年が、あの残虐事件の犯人だったりして?
クロウリー家の次男なら、時系列的にあの事件に巻き込まれたかもしれないのだ。
「ああ……屋敷のみんなが惨殺された事件ですよね? あの頃の私は、兄さんと同じように父と喧嘩別れしたので、もうとっくに屋敷にはいませんでしたよ」
青年はそう説明して、ロベリアさんの服をくんかくんかし始めた。
その光景に、私の奥底に眠る新たな性癖が開かれようとした瞬間、山を見た。
私のなんかよりも、立派な二つの山を。
ロベリアに抱きついた自称弟の青年の胸部に、男性ではあり得ない、谷が存在していたのだ。
「……はぁッ!?」
震えながら指をさすと、それに気がついた青年? が目を細めて、鬱陶しそうに見てきた。
「先ほどから気になっていたのですが。誰ですか、アナタ?」
初対面なのに、殺気ダダ漏れの視線に足がすくむ。
ガタガタと体が震えて、姿勢を崩しかける。
「兄さんの、何ですか……?」
こ、怖い、怖い!
懐に手をかけて、何をしようとしてらっしゃるのですか、この人!?
「エリーシャの友人だ。手出しは許さん」
と庇うようにロベリアさんが割り込んできた。
おかげで弟くんから放たれていた殺気が四散する。
弟くんは叱られた子供のようにしょんぼりとして「ごめんなさい」と謝った。
そうそう、私はエリーシャの友人ぞ。
「……兄さんの望みであれば、引き下がりましょう。だけど僕は、あの小娘を認めたわけではありませんからね?」
弟くんは無邪気な笑顔を浮かべて答えた。
しかし、その瞳からは兄への敬愛だけでは留まらない、さらに深い愛情を、触れてはならない狂気を一瞬だけ垣間見えたような気がした。
先ほどからの行動や言動からして、愛おしい兄さんに女なんて認めない、そこに立っている女(私)も敵だ。
そんなことを考えているかもしれない。
兄が兄なら、弟も弟だ。
どっちも別の意味で恐ろしや。
「貴様が認めようが認めなかろうが、俺には関係のないことだ。貴様と俺は、本当の兄弟ではないからな」
なんて冷徹なお言葉なのでしょうか?
私が弟くんの立場なら、その場で号泣するような台詞だ。
だが弟くんは満更でもなく、頬を紅潮させてニヤけていた。
「もう遅い時間だ。貴様もさっさと家に帰れ」
手慣れた様子でロベリアさんは、弟くんを門の外まで追い出して戻ってきた。
閉じられた門の外で弟くんは「おやすみなさ〜い」とご機嫌に言い残して、本当に帰って行った。
最初から最後までよく分からない人物だった、と茫然としながら背中を見届けることしかできなかった。
「ろ、ろ、ロベ、さん、あの人って……」
ロベリアさんに質問しようとするが、さっきの恐怖の余韻がまだ残っているせいか、言葉の続きを捻り出せない。
「二ヶ月前、理想郷に移民してきた新顔だ。普段は大人しいのだが、町で遭遇すると人目を憚らずに弟を自称してベタベタしてくる迷惑な奴だ」
疲れた顔でロベリアさんは玄関の扉を開ける。
「加えて、ロベリアさんに近づく女には問答無用で噛み付く始末さ。あんなヤツ、追い出せばいいのにナ〜」
犬小屋で寝っ転がっているシャレムさんが会話に参加してきた。
さきほどの話を半分冗談だと思っていたけど、本当にずっとそこで過ごすつもりなの?
「ありゃ古典的なヤンデレってやつさ」
や、ヤンデレ?
なにその単語?
聞いたことのない言葉に頭を傾げる。
ロベリアさんは知っているのか顎に手を当てて「確かに」と呟くと、それ以上は会話を広げずに家に入っていった。
「クチナ、お前もあのリアムって奴には気をつけとけよ? 人間の人生は一度しかねぇからな、ああいうヤベェのと関わらないのが一番だ。長生きする為にもナ」
良いことを言っているつもりだろうけど、私から見たらアナタも変な人の部類に入るんですけど。
適当に返事をしてから、私も家に入るのだった。
大事なことなので、もう一度言うけど傲慢の魔術師と恐れられたロベリアさんを、信用したわけではない。
友人のエリーシャと結婚したみたいだけど、どうやって彼女を垂らしこんだのかを出航までの間に暴いてやる。
表では善人ぶっているけど、何か宜しくない計画を進めているかもしれないからだ。
理想郷を軍事国家に発展させようとしてる……とか!
(兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん)
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