第144話 始まりの地へ
理想郷、東港。
造船所。
「断りもなく他人の所有物を持ち出すとは、いい度胸だなボロス。理想郷内での窃盗は殺人と同等の罰則が科せられることを、まさか忘れたと言わないよな……? なぁ?」
「ふ……深く反省して……おります」
「なぜ取った?」
「……人魔大陸のことが事細かに記されていましたので、いつかロベリア様のお役に立つかと」
「それを盗みと言うんだ、馬鹿者」
死滅槍の直撃でボロボロになったボロスを正座させ、水が沸騰するほどの怒りを向ける。
ボロスから取り戻した調査報告書をルチナが大切に抱きしめていた。
奴隷身分に落とされ、調査報告書が商人からボロスの手に渡ったというのにルチナの手に戻ったのは奇跡と言っていい。
「あの、反省しているようですし……もう、その辺にしても」
「こいつは野良犬よりも覚えが悪い。ここで甘やかすと繰り返すのが、もはや恒例になっている」
「それほどでも〜」
「黙れ」
「すみません」
いつもなら晩飯抜き、一週間の禁酒、外出禁止を言い渡すのだが、魔道傭兵団の目があるところではマズイ。
悪印象を抱かせたらリグレル王国に”ロベリアはやっぱ悪いヤツ”と報告されかねない。
「だが、今回はこの辺にしてやる。その代わりに夜になるまで船作りを手伝え。いいな?」
「えぇ……」
「いいな?」
「はい」
このまま返すわけないだろ。
嘘をついて、他人の所有物を無断で持っていったのだ。
船作りの手伝いで勘弁してやるという意図を理解できないのかコイツは。
「俺の部下がすまない……」
立ち尽くしているルチナに謝罪する。
竜王と傲慢の魔術師が目の前にいるのだ、脳内処理が追いついていないのだろう。
「あ、いえ! 全然、気にして……ないと言ったら嘘になりますけど報告書が戻ってきましたし、これっぽっちも怒っていない……と言ったら嘘になります」
うん?
許してくれてるのかな?
ルチナの情緒がおかしいのはゲーム設定通りだけど、リアルで目の当たりにすると頭がこんがらがるな。
「でも、先にボロスさんに言いたいことがあるんです」
涙目で正座しているボロスに、ルチナは頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございます」
ボロスには報告書を持ち出した罪はあるが、ルチナを奴隷商人から解放した恩があるのだ。
怒っているとは言え、感謝もしているのだ。
「……」
「何をボッーっとしている?」
「あ、いえ、こういうことを言われたのが初めてだったので、何て返していいのやら」
そこは「どういたしまして」だろ。
五百年も生きているのに知らないほうが不思議だ。
あ、でもボロスのことだし有り得なくもないか。
「自分で考えろ、馬鹿」
「南極並みに冷たいッ……!」
俺が教えて、その通りに実行しても意味がない。
いつの日か、自分で導き出して自分で言うのが筋だ。
「ルチナ、報告書が手元に戻ったのならばリグレル王国に帰還しろ。お前らのその調査報告書とやらの中身を確認したわけではないが、その分厚さなら十分な成果と言っていい。王国側も人魔大陸の開拓調査を一回行っただけで、そこまで進むとは思っていないだろうし、どのみち一人での続行は不可能だ」
命をかけて人魔大陸を数年間も調査したんだ。
きっとルチナは王国から報酬をたんまり貰えるだろう。それも一生遊んで暮らせるほどの額を。
だが、もしも彼女が相応の報酬を貰えなかった場合は、本気でリグレル王国に殴り込みに行ってやる。
「帰りたいです……」
ルチナは、力のない声で答えた。
暗い顔を浮かべて、地面を見つめている。
「でも、人魔大陸の東端から港町まで移動するとなると数ヶ月はかかって、辿り着けるかどうかも……」
「なにを勝手にボヤいている。なにも一人で歩いて帰れなんて言っていないぞ?」
ルチナが驚いた顔で見上げてきた。
何でこっちが気遣うような素振りを見せると、初対面の人間は意外そうな反応をするのだろうか。
傲慢の魔術師だからって、もう。
「一週間後、俺たちもアズベル大陸に向けて出発する。お前も一緒に来い」
「えっ……クロウリーさんも!?」
え、なんか嫌そう。
それもそうか、だって傲慢の魔術師だもんね。
冗談はこの辺にして、ルチナと会ったのは今日が初めてなのだ。
戦争で暴れ回って、大量虐殺、精霊教団から魔導者を盗み出し、英傑の騎士団と敵対するような超危険物を簡単に信用するはずがない。
エリーシャ、クラウディア、ジーク、ジェイクが相当なお人好しなおかげですぐに打ち解けることができたのだが、普通なら無理な話だ。
初対面で信用されるとしたら、俺がロベリアではない別人かなにかと勘違いされた時だけだ。
「それと、進むのは陸ではなく海だ」
現在地は、人魔大陸の東端にある理想郷だ。
ここからアズベル大陸まで行くにはまず、大陸のほぼ中央に位置する
そこから一気に北上すればアズベル大陸行きの船のある港に到着する。
アズベル大陸に向かうのなら、これが移動する際の一般的な経路になるのだが、最短距離とは言えない。
とにかく時間が掛かる。
片道で半年以上は時間を費やしてしまうだろう。
大人数での旅となると尚更だ。
「海っ……てっ!? 無理無理! 無理ですよ!?」
ルチナは至極真っ当な反応で叫んだ。
「だって人魔大陸の海なんですよ? 陸に異常なことが発生しまくっているのなら海も同じ! 北の海峡だって高度な航海術があっても渡るのが難しいと言われている程ですし。ましてや、ここは”東”なんですよ?」
「”
「いやいや! その意気込みだけで、どうにか出来るような海域ではありませんからッ!」
いや、だって頑張るしかないのは事実じゃん。
数ヶ月もかかる陸の遠回りルートより、海ルートの方が断然早い。
労力とリスクは後者が遥かに高いけど、俺たちには悠長にしていられないワケがあるのだ。
「おーい! ロベリア殿ぉ〜!」
建造中の船舶から声が聞こえ、見上げると甲板から手を振るジークの姿があった。
三角帽子が中々に似合ってるな。
あの様子だと、順調のようだな。
「喧しいぐらい、調子良さそうだな」
「ハハッ! それもそうさ! なんせ船大工の道を十年続けてた我にとって、かつて造ったブレイブギア号を超える最高傑作! 至高の船舶だからなッ!!」
そうか、鼓膜がとにかく痛いけど良かった。
「え、あの人って……」
「元英傑の騎士団”竜騎士ジーク”。今は理想郷の造船所で働いてくれている」
「ええええええええええええ!!!!?」
ナニこの娘、全人類のリアクションを代わりにやってくれている人?
多分一週間後には一緒の船に乗るし、どうせ隠したところで乗組のほとんどが元英傑の騎士団だということは、いずれバレることだ。
「な、な、なんで?」
「話すと長くなる、また別の機会に話そう。それよりも重要なのは、”
“竜騎士”というのは、竜を狩ることを専門とした現在のジークの通り名だが。
それよりも以前の、彼の職業は船大工だったのだ。
ある国の小さな造船所で色々と学んでいたらしいが、ジークの細かい過去はゲーム本編で明かされていないので詳しいことは分からない。
「他にも漁師や腕の立つ船乗りが数名、ジークが最高傑作と自負する船に乗り込むんだ。不安だからと、いつまで経っても踏み出さなければ何も始まらない。それに、俺たちには救わなければならない人達がアズベル大陸にいる。時間がない」
「救わなければならない人達……?」
俺たちが時間のかかる陸ではなく海のルートを選んだ理由、急いでいる理由をルチナにはまだ言ってなかったな。
向かう先は、始まりの地。
この世界に迷い込んで、最初に足を踏み入れた王国。
そこで俺は、王家の王女リアン・アズベールを魔物の群れから守ったのだ。
王家から追放されたリアンの兄、長男ユグドールは国に不満を持った国民を集めて結成した反乱軍を率いて暴君と呼ばれた国王を討った。
そしてユグドールは王国の新たな国王として即位したが、王国の情勢は前国王の行った専制的で独裁的な支配と以前変わらなかった。
いや、それよりも更に劣悪な政治と厳しい法律が、新国王ユグドールによって施行されているのだ。
リアン姫は国を取り戻すために近衛騎士たちと、ユーゲルに同行していた魔術師ラケルと共に、話し合いで解決しようとしたが、兄ユグドールはそれを聞き入れなかった。
リアン姫と騎士たち、さらにラケルもが投獄されてしまい、唯一逃げ切ることができたユーゲルはラケルに渡されていた転移魔術のスクロールを使って理想郷に戻ってこれたらしい。
しかし、ラケルは転移魔術のスクロールを没収されたことで、今もリアン姫とともに牢屋に幽閉されているとのことだ。
ユーゲルはショックのあまり一時的に記憶を失っていたが、一カ月前に記憶を取り戻して俺たちにアズベル大陸で起きた出来事を、全て話してくれた。
ユグドールは、自分以外の王家を根絶やしにするためにリアン姫を処刑してしまうかもしれない。
幽閉されているラケルや他の騎士たちも同様のことだ。
俺たちの新たな目的は”リアン姫の救出”。
ロベリアに転生した始まりの地———
———“ノーヴァリア王国”へ。
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