第143話 略奪




 エレメン王国。

 南の領土に小村があった。


 遠くまで広がった麦畑は、黄金の波のように風に揺れていた。

 ここは、魔物も生息しない豊かで争いを知らない平和な土地である。


 肌寒さを感じたカルミラは脱いでいた羽織りを着直し、冷たい空気に混ざった鉄の臭いのする方に視線を向けた。


「麦は、寒冷に耐えることができる強い作物だ。この期間になると麦は成長を一時的に停止し、休眠状態に入るらしい。雪が降っても枯れることはなく、まるで冬眠中の熊のように雪に埋もれて凍結を免れる。そして春になると土壌は温まって、日照にさらされた麦はふたたび成長を始める。あとは農民たちお待ちかねの収穫時期だ」


 いつか本で読んだ内容を、カルミラはぶつぶつと呟く。

 常日頃から戦争に赴くカルミラにとって豊かな土地は新鮮だった。


 敵軍の侵攻を抑えるための城壁も、雨のように降り注ぐ矢もここにはない。

 ここは戦いとは無縁の土地。


「春を待つことのできない、獣もいるがな」


 カルミラの視線の先には、拘束具で身動きを封じられた五十人ほどの村人が広場に集められていた。


 不安、悲しみ、絶望、様々な表情を浮かべる村人たちを前にカルミラは酒を一杯嗜む。


「奪うものを奪ったのなら! もうこれ以上は誰も傷つけないでくれ! 我々には抵抗する気力も戦力もない! だから頼む!」


 村を占領した帝国軍カルミラの”オウガ部隊”は、略奪した食糧を荷台に運んでいく。


 村長であろう老人の悲痛な声が広場に響いた。

 顔には殴られた痕が残っており、切れた唇から血が垂れている。


 それを尻目に村を占領した帝国軍カルミラの”オウガ部隊”は、略奪した食糧を荷台に運んでいく。


「アステール帝国はエレメン王国とは友好国のはず、なのにどうしてこのような事を……」


 悲痛な声を漏らしながら無気力に地面に頭をこすりつけた村長をカルミラは同情するように見た。


「お前たちには申し訳ないと思っている。しかし、こちらにも事情というものがある。先ほど、我々は戦場で敵に追い込まれてしまったのだ。なんとか奴等の手の届かないエレメン王国に退避することができたのだが、仲間たちと合流して物資を補給する手段を失ってしまった」


 泣きそうな声でカルミラは言った。

 立ち上がり村長の肩に手を置いた。


「補給所まで戻るにしても一週間以上はかかる。いつ雪が降るかも分からない時期に、冬を越す分の食糧を確保するのは困難だ。このままでは私も、部下たちも餓死してしまう。だから、どうか……」


 カチッとという音がカルミラの手の方から聞こえ、村長は彼女の手元に視線を移動させた。

 村長の目に映ったのは、一度も見たことがない形の何かだった。


 その何かを握りしめていたカルミラの表情は慈悲深いものから程遠い、村人たちの絶望に愉悦する悪魔のような表情に変わっていた。


「死んでくれないかなァ?」


 鼓膜を震わせるほどの発砲音とともに、村長の顔面が破裂する。


 血肉が花火のように周囲に飛び散り、すぐ側で返り血を浴びた村人たちは突然起きたことを理解できないまま、悲鳴を上げた。


「王国内で、我々の略奪行為が知られでもしたら首を刎ねられるの私だ。これからもアステール帝国とエレメン王国が宜しくするためにも、申し訳ないが皆殺しで勘弁してくれ」


 集められた村人たちを横一列に並べ、カルミラは帝都の技術者たちによって製作された特殊な自動式拳銃で、次々と屠っていく。

 女、子供、赤ん坊でさえカルミラは躊躇いなく引き金を引いた。


 途中、弾切れを起こしたが、素早い装填を行なってからカルミラは殺戮を再開する。


「少佐は、本日も鬼ヤバだなぁ。僕だったら絶対に無理だわ」


 その様子を眺めていたオウガ部隊の一人、メガネをかけた青年が顔を引き攣らせていた。

 冷酷残忍を極めるオウガ部隊でも、子供を殺めるまではしない者が大半なのだ。


「オスカルは少佐の事を難しく捉えすぎ。左腕なら、右腕の私のように全肯定しなさい。拝みなさい、それができないなら死ね」

「オリヴィエ、お前はもっと考えろ。というか少佐の右腕は君ではなく僕だ!」


 青年オスカルは、ツンテールの少女オリヴィエを睨みつけた。


 オリヴィエも目を鋭くさせると、二人の間に火花が散る。


「どっちが右腕だろうがどうでもいい。食糧を全部運んだのなら、さっさとズラかるぞ」


 二人の間に割り込んだカルミラは、オリヴィエの外套で顔にこびり付いた返り血を拭った。


 戦場を離脱してから久々の上機嫌である。

 この惨劇を心から愉しむとは、やはり鬼と呼ばれるに相応しい人だ、とオスカルは思った。


「帝都に帰還する! 広場の死体は埋めて建物を焼き払え! 一つたりとも痕跡を残すなよ!」

「「「はっ!」」」


 オウガ部隊に命令を下したカルミラは荷台に乗り込み、灰色の空を見上げるように仰向けに寝転んだ。

 先ほど使用した拳銃を持ち上げ、まじまじと見つめる。


「進みすぎた文明は、呪いよりも恐ろしく強大……か。こんなに小さいのに、どうして剣よりも重いんだろうか」


 カルミラはゆっくりと瞼を閉じる。


(……ローラ。お前の幸せの為なら、私はどんなことだってやってやる)


 かつての故郷を想って、カルミラは眠りに落ちた。

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