第142話 妖精王と勇者




 妖精王国編フィンブル・ヘイム。


 精霊樹内部に造られた宮殿、王の間。

 複数の妖精族に武器を突きつけられたまま玉座の前に連れてこられた人族を、妖精王アレンは意外そうな表情で迎えたのち、すぐに元の胡散臭い表情を演じる。


「第一次人魔大戦以来、妖精王国は外部との関わりを断って約五百年が経過する。しかし、珍しいこともあるんだね。君が二回目だよ、私の御前に現れた人族は」

「……ああ、知っている」


 連れてこられた人族は、平凡な青年だった。

 黒色の髪、瞳、どれも特徴を感じられないほど普通である。

 背負っている”聖剣”から放たれる強大な波動がなければ、青年はただの一般人として完結していただろう。


 だが、この青年は”勇ましき炎の加護”で覚醒した人類の希望。

 唯一、魔王ユニを倒す可能性を宿した者、勇者ラインハルである。


「だから、アズベル大陸から遥々この地にやってきた。妖精王、お前に訊きたいことがある」

「んん、答えられるかどうか、質問によるけど。それよりも先に、話しておかなきゃならない事があるんじゃないかな?」


 アレンは玉座から立ち上がり身を翻した。

 そして、国の全体を展望できる窓に近づき、変わらない調子で言う。


「落とし前」

「……」

「妖精族の殲滅。君も関係していたでしょ、あの戦い……」

「ああ、そうだな」

「君の聖剣なら、たとえ”妖精の羽”を持つ僕達でも殺せるほどの高い権能を宿している。あの戦いで、何人殺した?」

「……憶えていない。無我夢中だった」


 ラインハルは申し訳なさそうに頭を下げた。


「心から後悔している。妖精族の生き方も理解せずにお前たちを傷つけてしまった。どう詫びればいいのか判らない。けど、この命が欲しいというのなら、それ相応の抵抗はさせてもらう」

「へぇ、死にたくないんだ?」

「俺には、まだ生きなければならない理由がある。だから頼む、それ以外なら何でもしてやる」


(別に死ねとまで言わないけど、この子、やはり―――)何かに気づいたアレンは興味深そうに顎に手を当て、返す。


「これが終わったら二度と我々と関わらないこと。誰にも、我々の居所を口外しないこと。これらを守ってくれればいいよ」

「!? しかし、妖精王ッ! この者は帝国に加担した我々の敵! 万死に値する、打首にするべきですッ!!」

「オルクス、そんな事をしなくても、大丈夫だから」


 反対の意を示したのは側近のオルクスだったが、アレンの意味深な言葉にすぐに黙り込む。


「で、勇者。君の答えは?」

「ああ、約束する。誰にも言わない」

「ふふ……そうこなくちゃね」


 アレンは窓から離れ、玉座に座り直した。


「で、私に訊きたいことは何かね?」


 瞬間、勇者ラインハルの瞳に、微かな憎しみが宿る。


「傲慢の魔術師ロベリア・クロウリーの居場所だ」


 傲慢の魔術師ロベリアといえば、英傑の騎士団、精霊教団、帝国、のけしかけてきた軍を追い払ってくれた英雄の名前だ。

 妖精王国では、彼を嫌う者は誰一人としていない。

 妖精王アレンもそうだった。


 勇者ラインハルの生きる理由は、ロベリアを殺すことかもしれない。

 予想の範疇でしかないが、彼にロベリアの居場所を教えることで、英雄から受けた恩を仇で返す結果になりかねない。


「あの日、俺と帝国の鬼人カルミラはアイツに負けたんだ。何故、アンタら側に付いたかは野暮なことは訊かない。ただ、アイツが戦場にいたのは確かだ。教えてくれ、ロベリアの居場所を」

「……勇者なら彼ではなく魔王を倒すのに専念していた方が、世の中のためになると思うんだけど。傲慢の魔術師を優先しちゃっていいのかな?」

「アンタの言う通り、勇者として魔王を討たなければならない責務が俺にはある。だが、”勇者”としてではなく”ラインハル”としてアイツと決着をつけたい。だから頼む、一刻も早くロベリアを見つけ出さなければならないんだ」


(うーん、ずっと気になっていたんだけど、この子なんでタメ口なのかな……? さっきから口調も妙に上からで癪に障るし。これでも一応、王様の身分だけどなぁ。人族、妖精族の別種族だから指摘するのも違うしなぁ)


「なぁ、話し聞いているか?」

「あ、うん、聞いてる聞いてる」

「はぁ、やれやれ……で、教えてくれるのか?」


(うわぁ……)


「しかし、君の覚悟しかと受け取った。うん、いいだろう。気に入った。剣を交えるのではなく真正面から言葉を交わすことを選んでくれた」

「妖精王!」

「はいはい、オルクスくんは黙ってて。それじゃ一度しか言わないから聞いてね。此処から西南を真っ直ぐ行けば”死の谷”にあたるから――――」








 勇者ラインハルは「ありがとう!」と告げると王の間から飛び出し、妖精王アレンの情報を頼りに西南方に全速力で向かって行くのだった。

 その希望に満ち溢れた背中を、手を振りながら見届けたアレンは静かな溜息を吐いた。

 オルクスが困惑した表情で玉座に近づいて、訪ねる。


「―――何故、理想郷のある方角とは真逆の情報をあの者に教えたのですか?」

「えっ、そうだっけ? ああ、そういえばそうだったね、テヘ」


 アレンは今気づきましたよ感を出しているが、あまりにも白々しい反応である。

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