第29話 バッドエンド



 黒魔術には他者を畏怖させる効果がある。

 目の前のラインハルはその効果を受け、カタカタとみっともなく震えていた。


 俺は奴にゆっくりと近づき、魔導書をめくる。


ブラック輪転サークル

 黒魔力で生成された黒い輪っかで、対象を囲い能力値を低下させる魔術だ。


 俺はそれで怯えるラインハルを更に弱体化させる。

 そして【身体強化】で自身の肉体を強化させる。

 徹底的にやるつもりだ、それぐらいしなければ。


「貴様のような馬鹿には伝わらんからな」

「こ、こ、これしきのことで、俺が———っ!?」


 生成した【漆黒ヘルファウスト】を二発ラインハルに目掛けて射出する。

 反射的に弾かれるが、その間に生まれた僅かな隙を見逃さない。


衝撃ショック】で距離を瞬時に詰め、右手に溜め込んでいた『黒魔力の塊』を躊躇いもなくぶつける。

 溜まっていた力が破裂し、ラインハルを吹き飛ばした。


 闘技場の壁を貫通するほどの威力だった。

 常人なら死ぬか、鍛えていたら気絶で済んでいるだろう。

 だが勇者とてダメージは大きいだろう。


 俺はゆっくりと壁の方へと歩む。


「てめぇ! よくもラインハルを!」

「仲間だけじゃなく私たちのリーダーまで殺す気?」


 確認しに行こうとしただけだというのにラインハルの仲間達に邪魔される。

 進行方向を阻むように五人が立ちふさがっていた。


「決闘を申し込んできたのは、そちらの大将だろう?」

「しかし、これはやりすぎだ!」


 こちらは肩を実剣で切られているんだ。

 それも聖剣ニイリングにだ。

 コレに切られてしまったら、治すのが極めて困難になる。


 万能薬ならば一日で回復はするだろうが、自分のために使うのはなるべく避けたい薬だ。

 なので毎度、普通の回復薬で傷を治しているのだが、聖剣に切られたとなると完治するには数週間かかる。


 ラインハルが吹き飛ばされた程度で割に合うと思っているのか?


「退け……、貴様らのような雑種に用はない」


 睨みつけながら、どこぞの黄金王様が吐きそうな台詞で五人を威圧する。

 蛇に睨まれた蛙のごとく半数が凍り付いていたが、もう半数は戦意を保っていた。


 戦う気満々だ、面倒だが致し方ない。

 返り討ちにしてやる。


「待て! みんな手を出すなっ!」


 瓦礫をどかし、壁奥から傷だらけのラインハルが仲間達を制止する。


「これは真剣勝負だ……反撃を受けた、それだけだ……」

「それなら、みんなでコイツを倒そう! 一人では無茶だ!」

「駄目だ。一人で倒せなきゃ意味がないんだよ……仲間が傷つくところはもう見たくない……だから頼む」

「貴方はそうやって、いつも一人で背負い込もうとする……分かった。貴方を信じましょう」


 再び立ち上がったラインハルに仲間達は感動していた。

 映画やアニメ、漫画や小説で飽きるほど見てきた光景だ。

 信頼やら絆とやらに勝てず、悪役は必ず負ける。


 許せない。

 さらに憎悪が増していく一方だ。


「かかってこいよロベリア……お前をねじ伏せてやる」

「…………っ」


 感情を抑えきれず、奴の脳天に漆黒の槍を放つ。

 しかし、目では到底負えない速さで槍が叩き落とされた。


 火花が散った刹那、ラインハルはもう鼻の先まで接近してきていた。

 魔力障壁で防御するも一撃で破壊される。


 硬質化した身体も、意味をなさず簡単に切られてしまう。

 血が地面に散らばる。


 それでも俺は倒れないよう踏ん張り、ゼロ距離から【炎精霊の息吹】を連射する。

 だが聖剣からあふれる魔力がラインハルを守っていた。


 そしてまた切られてしまう。

 炎属性魔術【フレイムサークル】で奴を囲み、そのうちに距離をとる。


 時間が経つにつれてラインハルが段々と強くなってきている。

 主人公補正という厄介な現象がここで発現してしまったのか。


 仲間の声援、勝てない敵に勝とうとする覚悟。

 それらがラインハルを強くしている。




「リーデア姫を攫うために俺の仲間を傷つけたというのに! 何故ノコノコと戻ってきたんだ!?」


 繰り広げられる攻防戦。

 聖剣から放たれる強力な斬撃。


 それに対抗すべく黒魔術で応戦する。

 互角だ。


「先ほどから答えているだろう! リーデアは旧友と逢うため大森林から抜け出した! 俺はそれを叶えるため護衛していたにすぎない!!」

「また嘘を重ねるのかっ……!」


 それなら、どうして質問をしてきたのか疑問でしかない。

 何を答えても、結局は信じてくれないじゃないか。


「そうやって貴様は、言い分も聞かずに何人切り捨ててきた……!」

「……なにを?」


 聖剣を握る手が一瞬だけブレ、俺はその隙に奴の顔面をぶん殴った。

 顎が割れる音。


 普通の人間なら意識を手放しているところだろう。

 だがラインハルは勇者だ。

 やはり中々倒れてくれない。


 俺は、そいつの上で馬乗りになる。


「正義の味方だから偉いのか!? 俺が悪だから、誰からも嫌われなければならないのか!? ふざけるなっ………ふざけんなよっ!!」


 殴る。

 ラインハルの顔面を、何度も殴った。


「俺にだって誰かを幸せにする権利はあるだろ! なあっ!?」


 魔力が込められない。

 手が、だんだんと震えてきていた。


 ああ、なんで、なんでこんな事になっちまったんだよ。


「貴様にだって人を守る理由があるんだろっ………俺はな、生きたいんだよ、誰からも認められて、幸福な人生を送って……」


 殴る手が止まっていた。

 よく見れば、ラインハルの顔面はもうグチャグチャだ。


 痣だらけで、鼻があらぬ方向に曲がって、口から血を流してした。

 ひゅーひゅーとなんとか息をしているが、相当効いたらしい。


「なに、泣いてんだよ……」


 いつの間にか、涙を流していた。

 力ない声でラインハルがそれを口にする。

 それでも、まだ余裕そうな顔をしていた。


 話を理解してくれなかったのは明らかだ。

 イラつき、拳を振り上げる。


(…………なっ)


 体が動かない。

 拘束されていた。


 明らかに魔術の類である。

 ラインハルか?

 いや誰かの手によるものだ。


「まだだああ!!」


 ラインハルは動けなくなったその一瞬を逃さなかった。

 気づけば俺の腹部を、聖剣が貫いていた。

 大量の血が腹からも、口からも溢れ零れる。

 聖剣が抜かれ、俺は地に膝を付けた。


 立ち上がり剣を振り上げるラインハル。

 それを見上げる。

 それしか出来ないからだ。

 殺される、そう確信した。


 やはり失敗した。

 バッドエンドになるのか、ロベリアの人生は。



「終わりだ」


 ラインハルが剣を振り下ろした。




「やめて、ラインハルっ!」


 誰かが目の前に飛び出し、両腕を広げた。

 面識のない三つ編みの少女である。

 しかし、彼女が俺を庇ったことによりラインハルは攻撃を止めた。

「エリーシャ。なんで―――」


 そう。

 俺を庇ったのは紛れもなく、謎の少女。

 この物語のメインヒロイン。


 エリーシャ・ラルティーユである。


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