最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載中》

第23話 感謝とお別れ

「あれ、開かないや……ぐぬぬ」

　お茶の時間、ノアは魔導書を開こうしていた。

　しかし開かない、それもそうだろう。

「魔導書には仕組みがある。そいつは選んだ人間にしか中身を見せない」

「ええ、せっかく読めると思ったのに……とほほ」

　読めないことが分かり肩を落とすノア。

　中身にはロクなものなんて書いていないのだから、寧ろ読まない方が身のためだ。

　そんな彼をラケルという弟子は背中をさすりながら励ましていた。

「師匠もいつか選ばれるはずだ、落ち込むことはない」

「ほ、本当かな。だったら今回は諦めるよ」

　そう言い魔導書を返される。

　そう簡単に手に入れられる代物ではない。

　それにこの黒魔術書はロベリアが本物を真似てそっくりに作った贋作だ。どこかで眠っているであろう他の魔導書と比べたら及ばなさすぎる。

「して、君がリーデアちゃんか。獣人族の姫と会うのは初めてだよ」

「にゃはは！　妾の盟友ラケルの師匠よ、いつも友が世話になってるにゃ！　感謝するぞ！」

「身に余る光栄でございます。しかし、どちらかというとお世話されているのは僕のほうなんだよね……」

　ほとんど家事や炊事はラケルに任せているんだろうな。

　魔術を教える対価にしては、まだ安い方か。

　もしも『傲慢の魔術師ロベリア』が家庭教師として魔術を御指南します！

　という募集をばら撒いたら誰か来るかな？

　来るわけないか……０人確定だよ。

　それに身の回りなら自分でできるし、弟子などいらんわい。

　取り合えず、彼にここまでの経緯を話す。

　大森林からリーデアがラケルに逢うために逃げ出したことや、英傑の騎士団と敵対をしたこと。

　包み隠さず全部だ。

「君、そんなことの為だけに、この子に協力したのかい？」

「……いや。近い将来リーデアが獣人族の長になったら、こっちの有益になるよう動いてもらう。なにも無償で働いたつもりはない」

「はは……でもハイリスクだねそれって。だってまだ先の話なんでしょ？　そうなる前に英傑の騎士団に捕らえられる可能性だってあるはずだよ」

「いや、確実にラインハルが動くはずだ。奴は仲間思いだから、すべて俺のせいにするんだろうな」

　現状、割に合わないのは確かだ。

　だけど俺は信じている。

　過去の積み重ねが、未来へと繋ぐ架け橋になることを。

　たとえリスクを背負ってもたどり着けるはずだ。

　ロベリアが幸せになる未来に。

「あっ、そうだにゃ！」

　そこで手をポンと叩くリーデア。

　何かを思い出したのか、懐から正〇丸のような丸い何かを取り出した。

「師匠、最近魔力枯渇ににゃることが多いって言ってたにゃ。ついでに大森林秘伝のお薬をもってきたにゃ！」

　そう言いリーデアはノアにその薬を渡した。

『魔力枯渇』は魔術を過剰に使いすぎると体内の『魔力器』から貯めていた魔力が外に漏れだすことを指す。　

　獣人族はそれを抑える術を持っていると噂で聞いたことがあったが、まさかコレのことだったとは。

　薬剤師でもあるロベリアの血が騒いでいるぜ。

「リーデアちゃん、いいの貰っちゃって？」

「ラケルちゃんをコキ使わないのにゃらな」

「約束しますっ！」

　ノアは嬉しそうに受け取った。

　まさかこんな物まで持ってきていたなんて、馬鹿猫から阿保猫に昇格だな。

「よかったね師匠。これで私の労働時間も減るということで万々歳だ」

「いつもラケルちゃんに面倒をかけているけど、少しだけでもいいので手伝っていただけると嬉しいなぁ……」

「しょうがない師匠だな」

「しょうがない師匠だにゃ」

「だらしない師匠で、すまない……」

　なに面白いことを言っているのやら。

　テーブルから立ち上がった俺は隣に座っているリーデアに目配せをする。

「戻るぞ」

「えっ、もう帰るかにゃ！？」

「ここまで来るのに疲れただろう、もう少しゆっくりしていってもいいんじゃないか？」

「いや、俺たちがここに留まっていることで貴様らにも共犯の疑いがかけられる可能性があるんでな。弟子が大切なら、俺たちにはもう構わないことだ」

　ノアの厚意は嬉しいけど狙われな身になっているであろう今、彼等も巻き込んでしまうかもしれない。

　この後、俺はリーデアを獣人族の元に返したあと英傑の騎士団に投降をする。

　無駄な抵抗をして多勢に殺されるよりかは、ずっとマシだ。

「待って、その前に君たちに渡したい物がある」

　家から出ようとした俺たちを呼び止めたのはノアだった。手に何かを持っており、それを差し出してきた。

　二つの指輪だ。

　なに、求婚？

　俺に男色の趣味はないんだが。

「にゃっ、妾達が結婚をすることを何故分かった！？」

　お前もちゃうわい。

「えっ、リーデア結婚をするのか！」

　弟子も勘違いしてるじゃねぇか。

　だから違うっての、そろそろ突っ込むのも疲れてきたぞ。

「違う、これは魔術道具だよ」

　魔術道具。

　ファンタジー世界によく登場する魔術の施された便利道具だ。高価なものだと聞くけど、持ってもいいのか。

「……貴重な物だろう」

「いいんだ。逆にこっちがお礼を言いたいぐらいだよ。うちの弟子、友人と会えなくてストレスが溜まっていたんだ。けど君がリーデアを連れてきたことで久々に彼女の笑顔を見ることができた。なにより——」

　腰にある革袋に視線を向けられる。

「実物の魔導書を触るのが初めてだったからね、感謝してもしきれないよ」

　ノアは頬をかきながら照れ臭そうにしていた。

　そうか、それなら貰っておくことにしよう。

　俺は無言で差し出された指輪をとった。　

　リーデアも遠慮のない様子でぱっと指輪を奪い取った、阿保猫めが。

「それじゃあな」

「ラケルちゃん、元気でにゃ！」

　家を出て、石造りの道を進む。

　振り返るとノアとラケルが手を振っていた。

　花に囲まれた家、魔術師とその弟子の家、花の丘である。

　会えて良かった。

　そう思える、出会いだった。

　だけど、ここからが本番なのだ。

　勇者ラインハルに生かされるか、殺されるか、まだ定かではない。