第22話 魔術師ラケル



 小高い丘には一軒の建物があり、その周囲を満遍なく花が咲き乱れていた。

 花を踏まないよう石造りの道の上を歩き、家へと向かう。何かの音が聞こえる、それに魔力濃度が普通よりも濃く感じた。


「……ん?」


 早朝だというのに家の裏、柵に囲まれている庭で紫髪の少女が杖を構えている。

 手作りなのか不器用な形をしたカカシにめがけて、圧縮した風属性魔術を放っていた。


 そして命中。

 カカシの身体は拡散した風によって吹き飛ばされバラバラになる。

 人だったら惨い光景になっていただろう。

 いや、人間の肉体はそこまで脆くはないか。


「……え、人……君たちは」


 少女はこちらに気が付き、驚いた表情をする。

 しかし、すぐに俺が背負っているリーデアに気がつき近づいてきた。


 リーデアの方も「ラケルちゃん!」と震える声で親友を呼んでいたので、俺はそっと彼女を地面に下ろす。すぐにリーデアも駆けだした。


 ラケルと呼ばれた少女は柵を飛び越え、久方ぶりに再会したであろう親友のリーデアに抱きつく。


「リーデア! 逢いたかったよ!」

「わぁぁん! 妾もにゃ!!」


 感動の再開に相応しい日和だった。

 明けた空は快晴で、涼しい風がそこらの草と花を揺らしていた。

 それらに囲まれた二人は、声にならない声を発しながら喜んでいた。


 勇者の敵に回ったというのに何故だろうか、後悔はなかった。

 この光景を見届けることができたからだろうか。


「あ、ラケルちゃん紹介するにゃ。妾をここまで連れてきてくれた……」


 俺を紹介しようとしてくれていたのだが、そういえばリーデアに名乗っていなかった。

 名乗ってもいいことはないので別に覚えてもらわなくてもいいのだが、交渉上リーデアに名前を覚えてもらう必要があるな。

 後でもいいか。


「私はラケル、わが友をここまで無事に連れてきてくれたことに感謝する」

「あ、ああ」


 子供にしては大人びた口調だ。

 ゲーム知識があってもラケルというキャラはあまり登場しない。

 その師匠であるノアという人物もだ。



「ラケルー、なにかあったのかい? 泣いているような声が聞こえたんだけど……」


 噂をすれば、家から寝ぐせを直していない寝起きのノアが出てきた。

 茶髪の、眼鏡をかけた男である。


 俺を見た瞬間、言葉を詰まらせ目を見開いた。

 正体が知られていれば万国共通の反応をされる。


 そろそろ飽きてきたぞ、この扱い。

 溜息をこぼすと、ノアはずかずかと近づいてきた。


「そこの君、それ……」


 ノアが凝視していたのは、俺の持っている本の方だった。

 黒魔術の魔導書である。


 いつでも本を開けるよう革製の腰袋にしまっていたのだが見られてしまった。

 これでは名乗らなくてもロベリアだと気づかれてしまい、追い返されるパターンなのだと予想する。


「魔導書じゃないか!? すごいっ!」


「……は?」


「ねぇ。申し訳ないんだけど、よかったら読ませてくれないか? 実物は初めてで、一度でもいいから手に取ってみたかったんだよっ!」


 ノアは目を輝かせた。

 まるで珍しい発見をした子供のように。

 俺は腰袋から魔導書を取り出し、彼に差し出す。


 彼はそれを嬉しそうに受け取り、家の中へと招き入れてくれた。

 ラケルはお茶と菓子を用意してくれた。


 まさかの大歓迎である―――

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