第24話 潔い投降



「婿と、お揃いの指輪! はっ、これは実質結婚じゃにゃいか!?」


 右手の薬指に指輪をはめているリーデアが騒がしい。

 結婚はしないし、はめるのなら逆だろ。


 俺も右手の薬指にはめているが、何かこれといった効果は現れていない。

 魔術道具であることが嘘だったかもと初めは思ったのだが、魔力が指輪にも流れているので確かに本物である。


 どういう効果なのかは、後から分かることか。

 魔術道具のメカニズムを深めるよりも、優先すべきは大森林テトに戻ることである。


 魔術を使わず、徒歩となると時間がかかる。

 二日は経ったのだろうか、もうヘトヘトだ。


 考えてみれば、一度も休んでいないような気がする。

 食事や睡眠は挟んでいるが、やはりその程度では回復しないようだ。


「……リーデア」

「お、にゃんだ?」

「貴様には言っていなかったのでな、ちょうど良い機会だ」

「妾が好きだということがにゃ?」

「違う」

「がーん!」


 阿保猫は相変わらずのようだ。

 けど、本音でいうと俺は、結構リーデアのことは好きだ。


 サインを無視した、予想もできない変化球を投げてきそうな彼女でも、嫌いではない。

 二か月間、ずっと一人で旅をしてきたからなのか案外楽しかった。


 そんな彼女とは、もうお別れが近づいてきている。


「俺の名前はロベリア・クロウリーだ」


 どんな反応をされてもいいよう、覚悟して告げる。

 この名前は呪いだ、人を畏怖させてしまう呪い。


 リーデアがこの名前を聞いて怖がって、どこかへ逃げて行ってしまっても責めはしない。

 恐る恐る、俺は彼女の顔を確認する。


「おお、あの有名な魔術師だったかにゃ!」


 まんざらでもない様子だった。


「どんな悪ーい奴にゃなのか気ににゃっていたけど、まさかこんにゃに優しかったにゃんてにゃ」


 にゃにゃ語で何を言っているのか殆ど聞き取れなかったけど。

 そうか、優しいか、そう思ってくれていたのか。


 この世界に迷い込んできてから、ずっと不安だった。

 いつか死ななければならない存在になってしまって、どんなに立ち回っても多くの人間から軽蔑の眼差しを向けられて、孤独だった。

 先の見えない茨の道を傷つきながら進むには、どれだけ勇気が必要なのか……。


「っ……」

「え、にゃにっ」


 顔を隠し、目をこする。

 一瞬だけ泣いてしまったけど、リーデアには見せたくなかった。

 まだ安心するには早いからだ。


 俺の戦場はまだ終わっていない。

 彼女を獣人族に引き渡した後が――――








「ロベリア・クロウリー」


 呼ばれて、俺たち二人は足を止めた。

 やはり囲まれていたか。


 木々や茂みに隠れている人間と獣人族が数十人。

 気づいてはいたが抵抗はしない。


「姫! 安心してください!」


 槍を持った獣人族の一人が叫ぶ。

 リーデアはびくりと震え、不安そうにこちらを見ていた。

 俺は一言「行け」とだけ告げ、名残惜しそうにしながらも彼女は仲間達の元へと戻っていくのだった。


「……ロベリア・クロウリー。獣人族の姫を誘拐した罪は大きいぞ、なにより俺たちの仲間を―――」


 英傑の騎士団であろう銃持ちの男が近づいてきた。

 すごく憎ましい表情で、警戒をしながらだ。


 そして次に彼が放った言葉が、俺を動揺させた。


「瀕死にまで至らせた……二人は二度と、目を覚まさないかもしれないのだぞっ!」

「な、なにを言って……待て」


 ジェイクの奴、まさか相打ちになって倒れたのか。

 いや、暴走状態を相手にして寧ろ相打ちにまで持っていったのは凄いことだ。


 それを駆け付けたもう一人の仲間が発見して、ゾルデアの拘束に使った黒魔術の気配を感じとられ俺が犯人だという結論に至った。

 意識を取り戻していないジェイクとゾルデアを瀕死にまで至らせた犯人を、第三者どもが勝手に決めたのだ。


「がっ……ぐっ」


 納得ができず、反論しようとした瞬間に腹を撃たれた。

 雷属性の魔術が銃弾に付与されており、感電した俺はその場に倒れた。


 体が痙攣して動かない。

 なんて威力だ、普通に人間なら二度は死んでいる。


 段々と視界が狭くなっていく。

 遠のく意識のなか、唯一リーデアが叫んでいた。


 ロベリアと、何度も。






 ――――






 目を覚ました俺は、檻のような箱の中に閉じ込められていた。

 体はグルグル巻きにされており鎖まで繋がれていた。


 魔力を吸う鎖だ。

 これでは脱出はできないし、たとえ拘束具を解いたところで檻には結界のようなものが施されている。

 魔術師対策の檻だな完全に。


 しかも、ここは馬車の中だ。

 周りを数十の英傑の騎士団が囲んでおり、外に逃げ出しても魔力のない状態では簡単にやられてしまう。


 仕方がない。

 主導権は彼らにある今、俺にはどうしようもできない。

 英傑の騎士団の拠点に連れていかれるのなら、死なないように立ち回るだけだ。

 今までだってそうしてきた。


 だけど、やはり、


(……不安だ)


 揺れる馬車の中で一人、そう思うのだった。




                 第三章 終



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