第10話 救世主という名の悪役
「……やめろ! 手を出さないでくれ!」
今まさに配下を殺そうとしていたところをクラウディアに止められる。
彼女の声に、殺気を収める。
「何故止める? この程度の雑魚共、俺ならすぐに片付けられる」
満身創痍だが、目はまだ死んでいない。
まさか、本気で一人で戦い抜こうとしているのか?
「はあ……はあ……これは私の故郷の事情だ。私の戦いだ……だから頼む、ここは私に任せて……くれ」
今にでも倒れそうな体で立ち上がり、クラウディアは配下を睨みつけた。
「五年……五年だ……友人、家族を殺した貴様らへの憎しみを……忘れた日はなかった……配下がなんだ、竜王がなんだ……! まとめて相手にしてやっ……」
最後まで聞く気がなかったのか、強烈な蹴りがクラウディアのみぞおちに叩き込まれた。
建物の瓦礫まで吹き飛ばされたクラウディアは、ピクリとも動かなくなってしまった。
あれでも生身の人間だ。
死んではいないが、重傷なのは間違いないだろう。
「害虫如きが、竜王様を侮辱しないでくれますか?」
クラウディアの息の根を止めようとする配下の前に立ちはだかる。
手をだすな、関わるなと散々言われたが。
救える命を見捨てることが、俺にはできない。
近づいてくる配下が、ピタリと止まった。
握っていた剣を震えさせ、威嚇するように睨みつけてきた。
「……この、私が恐怖しているだと?」
本人も、自分が震えている理由を解っていないようだった。
竜の血が原因なのか、本能が訴えているのか、すでに戦意喪失していることを本人でさえ自覚していなかった。
「有り得ない、私はっ……私は竜王様の配下っ……たかが人族一匹に……何故ここまで、恐怖を……」
それを認められないのか、全身から怒りの気配を発していた。
かつて精神力のある剣士だったのか、騎士だったのか、傭兵だったのか。
竜の血を分け与えられ、さらなる力を手にしただけある。
この配下は強い。
英傑の騎士団の精鋭枠に入るクラウディアが勝てないのも納得だ。
「認めない、貴方を倒すことで……証明してみましょう」
配下は、剣を握りなおした。
戦う気でいるらしい。
勇敢なのか、生粋の馬鹿なのか。
まあいい、逃亡したところで元から逃がすつもりはない。
「見せてあげましょう、竜王様に与えられた力を……!」
力を解放したことで、地響きが起きる。
凄まじい魔力量だ。
普通なら、勝てないだろう。
普通ならの、話だがな。
「今度は、貴方が恐怖で怯える番ですよ! 愚かな人……っ!?」
被害を拡大させてはならないので、魔力によって硬質化した拳で殴る。
嫌な音がした。
肉、骨の砕ける感覚もした。
殴った配下は地面に倒れ、それっきり動かなくなってしまう。
息をしていない。
これは、死んでいるな。
魔物を何度か殺しているが、何も感じない。
それと同じ感覚で、コイツを殺したことへの罪悪感も悲しさもない。
分かりやすく例えるなら、石ころを蹴った気分だ。
亡くなった者には、もう用はないので指を鳴らす。
炎属性魔術を発生させ、配下の亡骸を燃やす。
一仕事を終え、建物の瓦礫の上で倒れているクラウディアの様子を確認する。
(これは、ひどいな……)
すぐには完治しない重傷だ。
治癒魔術を試みるが、竜王の『血の力』を得た配下の剣で切り付けられた箇所だけは治らなかった。
呪いの類なのか、或いは、それ以外か。
懐から薬の入った容器を取り出すが、運の悪いことにどれも空っぽだった。
そんなに使ったのかと、忌々しく思いながらクラウディアを肩に担ぐ。
専門家に見せるのが一番だ。
ここから最も近い町でも片道で五時間以上はかかる。風属性魔術での移動なら時間が短縮されるが、クラウディアへの負担が大きい。
それに、その町に医療施設があるのかもわからない。
「待ちな、小僧」
決断ができずに悩んでいると、彼女が目の前に現れた――――
暖炉の薪が燃える音。
ベッドに眠る、怪我人の寝息。
この家の家主である老婆、と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな容貌を持った女性オズワルは静かに本を読んでいた。
七十後半とは到底思えない若々しい横顔、色白な肌。だというのに自らを「老いぼれ」だと卑下している。
自称医者だと名乗り、初めは半信半疑だったがクラウディアに施した応急処置は見事なものだった。
あらゆる呪いの解除法を熟知しており、竜の力によって受けた傷もみるみると回復していった。
「このまま三日間は安静にしていれば、歩けるようになるさ」
ページを捲りながらオズワルは告げる。
決して慰めではない、長きに渡る経験からくる自信のある口ぶりだった。
彼女の過信とも思える言葉に対して、奇しくも信頼を抱かずにはいられなかった。
これが、年長者のスゴ味というやつか。
「しっかし運命とやらは残酷だね。唯一竜王の魔の手から逃れた少女が、復讐のために舞い戻ってきた……あの戦力を相手に、単独で勝てるはずもないのにね」
オズワルは懐かしむような瞳で、クラウディアの寝顔を見つめた。
「コイツを知っているのか?」
「知っているもなにも、うちの近所に住んでいたのさ。何事にも律儀で真面目、真っ直ぐな娘だったよ。その両親もとびっきりの人格者でね、世界のどこを探そうと、あんなに優しい夫婦は見つかりっこないだろう」
「……」
「おっと、部外者にベラベラと。やはり歳は取りたくないものだね」
部外者なのは、間違いではない。
話したくないのなら、別にいい。
重傷を負ったクラウディアの面倒を、代わりに診てくれる人間を探す手間も省けたので都合がよかった。
これ以上、この場にいても意味がない。
さっさと竜王を倒して、終わらせよう。
椅子から立ち上がり、コートを羽織る。
「待ちな、まだ話は終わってないよ」
家から出ようとした俺を、オズワルは呼び止めた。
まだ話は終わっていないって、どういうことだ?
「配下格を一発で仕留める実力を持っている男がなんの意味もなく、この村に来たわけじゃないだろう?」
「ああ、そうだ」
「ふふ、お前さんの目的なんざ大方予想がつくよ。クラウディアを庇ったときに確信した。
救世主。
そう呼ばれるのも悪くはないかもしれない。
悪役よりは、よっぽどマシな呼ばれ方だ。
「平和だった村を、竜王軍が占領してから六年。かつて英雄グラハが拠点にしていた古城まで、我が物のように使っちまっている始末。やりたい放題だよ。気に入っちまった村の娘を、年に一度捧げないと娘ごと一家が皆殺しにされる。逆らう奴らも見境なしさ」
「領主は何もしなかったのか?」
「したさ。王国に救援要請を送って、王国騎士団の軍勢がカンサス領を取り戻すために戦ったよ。けど、人族と竜族では差がありすぎる。王国騎士団は一人残らず全滅しちまった」
オズワルは目を細めて、悔しそうに言った。
唯一の希望だった騎士団も返り討ちにあえば領主もなすすべなく諦めるしかなかったのだろう。
助けを求めれば求めるほど犠牲者が増える。
竜王の支配に従うことだけしかできなくなったのだ。
「竜王を倒さなければ、この悪夢は永遠に終わらんだろうね。竜族の寿命は長い、孫の代までこの苦しみを味わわせることになっちまう。私たちはただ、奴の気に入った娘を捧げるしか、生きていく道はないんだよ」
そう言い、オズワルは寝ているクラウディアの頭を撫でた。
「コイツもね……かつて竜王に気に入られた、生贄の一人だったんだよ。そして唯一、この村から逃げ出すことができた、たった一人の娘……なんで戻ってきちまったんだ。私らのことなんか忘れて、遠いどこかで幸せに暮らしていれば良かったのに……」
見ると、オズワルは涙を流していた。
目を拭っても止まらないほど、泣いていた。
ハンカチを渡して、落ち着くまで待つことにした。まだ時間はある。
配下の死は、同じ血を流している竜王に感知されているはずだ。
だが、オズワルの話を聞く余裕ならまだある。
「竜王と戦いに行く前に、この村に何が起きたのか、クラウディアがどうやって生き延びて、村から逃げ出すことができたのを。少しの間でもいい、聞いておくれ……」
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