第119話 動きだす脅威
僕はシャレム。
賢者と称される、天才だ。
世間でだ、決して自称じゃないのでソコんとこはヨロ。
さて、第二試合が始まったようだ。
理想郷の連中も含めて全員が、試合に注目している。
僕もポップコーンを片手に観戦をしたいところだけど、試合が終わる前に『ある兵器』を完成させなければならないのだ。
場所は闘技場地下。
ロベリアさんに内緒で作った、我の第二のニートピアである。
嘘、ちゃんとした研究所だ。
今回は割とガチで取り組まなければ理想郷が危ない。
ロベリアさんを連れて行こうとする魔王を阻止しなければならないのだ。
勝負服である白衣を着用して、脳みそフル活用で完成を急ぐ。
「シャレムちゃん。必要な物、これで最後だよね?」
秘密の入り口から助手のヤエが入ってきた。
大きな木箱を持ち運びながら聞いてきた。
「おう、空いてるスペースに置いといて。ソッとな。それが今回の主役だかんな」
「まだ試作段階なんでしょ? ロベリアの旦那に知られでもしたら、晩飯抜きにされるよ」
「だーかーらー、そうならねーためにも成果を出すっきゃないんだっつの。グダグタ言わずに手を動かせ! 働かず者食うべからずだぞ!」
「それ、いつものシャレムさんじゃない……?」
何言ってんだコイツは。
僕ぁ、ずっと真面目に生きているんだぞ。
やる気のない日は部屋に引きこもって、食っては寝ているだけだ。
そこの何処がニートだって!
言ってねぇか。
「シャレムさんって、可愛いのに」
「むっ、むむむ」
ほう、分かってるじゃねぇか小娘。
珍しく照れちゃったじゃあないの、ふひひ。
「残念だよね」
「うっせー!!」
助手の、余計な一言に傷付きながら。
人知れず兵器の完成を急いでます、大事なことなので二度言った。
—————
「メフィスぅうううう!」
試合に出場する選手の控え室に、ユニ様の怒号が響く。
傲慢の魔術師を眷属にする為の戦いが、このような体たらくでは彼女が怒るのも無理もありません。
ホド、ティファの魔官二人は明らかに手を抜いていた。
子供だからと舐めて闘いに挑んだせいで負けてしまったのです。
初めから覚醒をして真剣に闘っていれば勝てた試合。
魔官どもの上長として恥ずかしい。
私も一言何かを言っていれば……いや無理かもしれません。
ホドはユニ様に従うことを良しとしていない。
ティファには子供に手を出さない誓いがある(後半はあの娘を認めたのは意外でした)。
二人を説得するための適切な言葉が、上手く思い浮かべられません。
「魔王様! 私の監督不行き届きです! 申しわけっ……」
「バッカもぉおおん! あの阿呆二人のことはどうでも良い! それより腹が減った! だというのに、まだ昼食を用意していないのは何故じゃ!?」
懐から時計を取り出し、時間を確認する。
ああ、もうそんな時間に。
いや、待て。
もっと他に、重要なことで怒るべきじゃありませんかユニ様。
「おい君達、魔王様の食事の準備を……」
「メフィス様、申しわけありません。悪い報せです。道中、魔官ケテル様が我々の食料を全て……召し上がられてしまいました」
「……ケテルぅううう」
リスのように頬を膨らませながら我々の食料を平らげる魔官ケテルの姿が安易に想像できます。
理想郷との試合が終わり魔王国へと帰還したら、制裁として地獄の刑に処しましょう、あの女。
しかし、重要なのは今。
ユニ様のお腹を満たすための食料を確保するのにも時間がかかる。
調理をするのにも、さらに時間をかけてしまう。
どうすれば……。
「あ、メフィス様。理想郷の連中から差し入れのようです!」
あまりにも良いタイミングで、大皿を持った魔族が控室に入ってきた。
匂いに釣られてユニ様は魔族から皿を奪いとると、丁寧に盛り付けをされた料理を目の前にしてよだれを垂らし始めました。
「おい貴様! これは誰の料理だ!」
料理を持ってきた魔族にユニ様は指をつきつけました。
魔族はユニ様の迫力に圧巻されながらも、オドオドしく答えてくれました。
「傲慢の魔術師の手料理のようです。理想郷では好評のようで……ぼ、僕も我慢できず試食をして、ほっぺたを落としかけました」
「そんなにか! どれどれ……」
「まだ食さないでくださいよ!」
まずは毒味係に食べさせるべきじゃないですか魔王様!?
貴女の時期眷属となる傲慢の魔術師とて、今はまだ敵同士。
強力な猛毒を盛られたら、どうなさるつもりなのか。
(あ……問題ありませんね)
毒見役を担っていて一度も毒味をしたことがありませんでした。
何故ならユニ様は、魔官ティファの猛毒を上回る毒耐性を持っているからです。
グツグツの猛毒プールを、バタフライで一時間も泳いでいることもありました。
あれはまさしく鬼、何言っているんでしょうか私。
「もぐもぐ……パタリ」
たったの一口で我らが主君が倒れてしまいました。
だけど決して皿の中身はこぼさず、身体だけは床に突っ伏していました。
「魔王様ぁああああ!!」
おのれ傲慢の魔術師め。
そんなにユニ様の眷属になりたくないのですか?
あと何試合も残っているというのに、なんと卑怯な!
戦争、全面戦争です!
理想郷め、一匹残らず鏖殺してやる。
「うっ……うっ……」
「う?」
「うっ……っ……美味ぇえええええ!」
楽園、極楽浄土、天にでも昇ってしまうのではないかと錯覚を起こすほどの喜色満面のユニ様は、高らかに皿を持ち上げ、魂から叫んだ。
食べ物には、あまり文句を言わない人なのですが。
魔王国で穫れる食材に、どこか飽きを見せていたユニ様。
我が国の、凄腕の料理人たちが縒りを掛けた料理でも、ここまでの反応をなさったことは一度もありませんでした。
「カラッとしてて、ジューシ! ええと、とにかく美味! 今までに味わったことのない鶏肉料理じゃ!」
たかが鶏肉にここまでユニ様の舌を踊らせたというのか?
どれ、私も味見を……。
「こらっ! メフィス! これは余のものだ! 触れるでない無礼者! もぐもぐ!」
伸ばした手をひっぱたかれ、指の骨が折れてしまいました。
他の者たちもユニ様の食べている鶏肉料理とやらを物欲しそうに見つめていましたが、魔王様の食事を邪魔するマネは万死に値する。
折られた指に治癒魔術をかけ、殺されなかっただけマシだと自分を納得させました。
「お取り込み中に申しわけありません。次の試合まで、あと少しです。席に戻りましょう」
食事に熱心のユニ様に、タイミング悪く声をかけたのはラプラだった。
私と同じ魔王軍『三大元帥』の階級を持った同志の死を目の当たりにしたくはない。
止めに入ろうとしたまさにその時、ユニ様は食事を終わらせていました。
ラプラの存在を気づいたのはその後でした。
「おおう、ラプラスよ! 奴らの準備も終わったのか?」
「ええ、別室にて作戦を練っていたところです。まさか、かつて根絶やしにした竜族の生き残りが敵陣に紛れていたとは……それも竜王のせがれ。ホドが序盤で本領を発揮しないこと、ティファが幼子を傷つけないことを看破されるのも当然でしょう」
ユニ様のおっしゃる『奴等』とは、一週間前に第二回ディアボリクリークの開催が決定したタイミングで、ラプラが連れてきた謎の三人衆のことです。
戦力になるのであれば魔王軍の加入を歓迎しますが、普段の私であればテストを行っていましたがユニ様に止められてしまいました。
「ラプラの連れてきた奴等じゃ、信用は出来よう」と断言したのです。
かつて初代魔王シオン様が、息子のように可愛がったラプラの頼みを断れるはずもありませんでした。
彼は、誰よりもユニ様に使えた左腕(右腕は私です)。
ただ、連れてきた三人を試合に出場させてほしいと願い出たその時、流石の私も頭を悩ませました。
魔王軍に加入させたばかりの三人を、魔王軍の今後を左右する試合に出場させて問題がないのかと半数の魔族たちが反対意見を掲げましたが、ユニ様は顔色一つ変えることなく「良いぞ」と言ったのです。
ユニ様の決定ならば、嫌でも納得しなければなりません。
私が言いたいのは、それほど魔王ユニ様はラプラを信頼しているということです。
この私もそうです。
考えもなしに謎の三人衆を連れてきたわけではない。
竜王がこちらの精鋭陣の戦闘に関する情報を熟知しているのであれば、情報のない手練れを三人出場させれば勝てると踏んだかもしれません。
実力を図るために魔官の一人と三人衆のリーダであろう大男とで模擬戦を行い、闘いを目の当たりにした私は目を疑いました。
魔官が手も足も出せずに、負けてしまったのです。
大男は魔官を殺そうとしていましたが、三人衆の一人が止めに入ったことで事なきを得ました。
ラプラの言うことは正しかったのです。
実に誇らしい、ユニ様が絶大な信頼を寄せるだけある。
「0勝2敗、こちらが圧倒的に不利であることで傲慢の魔術師の油断を誘えるかもしれません。次の試合は、確実に勝ちにいきましょう」
「至極当然じゃ。余の顔に泥を塗るマネだけはしないでくれよ、ラプラ」
いつもはふざけているユニ様なのに、なんと魔王らしい発言を。
そうです、この威圧感こそが正当な王の器なのです。
—————
三人衆は、次の試合が開始するまで別室で待機していた。
床の上で、筋肉隆々の大男は退屈そうに寝っ転がっている。
目に生気の宿っていない男と、怒りのこもった瞳で扉を見つめる少女とは、特に何かを会話することなく、自分の出番を待っていた。
(以前、雑魚どもを送ったから奪取計画は失敗に終わったが。俺たちの欲しかった、世界を滅ぼしうる厄災の魂に宿らせた少女、エリーシャはもう手の届く距離にいる……ぐはは、楽しみだぁ)
「戻ったぞ」
「おうおう大将、半日も待たせやがった言葉がそれかよ。標的はもうすぐそこに居るというのに生殺しにしやがって」
別室に戻ってきたラプラと目を合わせながら、大男は不気味な笑顔を浮かべた。
「安心しろ、我々の計画は……」
目に生気の宿っていない男に『ある剣』を投げ渡されたラプラは結晶のような輝きを放つ剣身を撫でながら、不敵な笑みを浮かべた。
「———この凶刃によって決行される」
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