第118話 第二試合 ジェシカvs魔官ティファ 下



 まさか、それらに意思を宿らせてしまうとは恐れ入った。

 ジェシカ達が魔術による分身の類いではないのなら、まさしく奇跡だ。


 まるで人間のように生々しく喜努愛楽という感情を宿らせ、自由自在にドール達を動かすことができるのは、この世でジェシカだけかもしれない。


「魔力は、術者の感情に作用されます。ジェシカの好きという感情が、彼女たちを生んだかもしれません」


 弟子の成長した姿に、心做しかボロスが嬉しそうだった。

 初めて会ったときの、あの弱々しい少女は、もうそこには居ないのかもしれない。


「んじゃ、オレっちも行っくぜぇ!!」


 活発なドールが地を蹴り、高く舞い上がった。

 それを大蛇が目で追ったが、それよりも素早く活発なドールの拳が眼球へと突き刺さる。


「シャアアアアア!?」


「タサン!」


「お、オバさん……凶暴なペットの心配より」

「自分の心配をした方が宜しいかと」


 気の弱そうなのと、頭の良さそうなドールの二人が魔官ティファを挟むように押さえつけた。


「ふひひひ! ナイスだ臆病シャイ! 知識クレバー! そのまま押さえていて! アタシのこの拷問器具でバラしちゃうんだから!!」


 サイコっぽいドールが、両手に鋭利な刃物を持っていた。

 なんであんなヤバそうな奴まで、と思ったがジェシカなら作りかねない。


 だが結果的に魔官ティファを追い詰めている。

 勝負は決まった、かと思った矢先に――――



「ふふふ、アナタの言う通り……もう子供だとは思いません。真剣に戦うとしましょうか……!」


 魔官ティファが、唇の両端が裂けるほど大きく口を広げた。

 それは飛びついてくるサイコドールに向けられていた。


毒液地獄ポイズン・シャワー


 魔官ティファの口から紫色の液体が、噴射された。

 勢いをつけたサイコドールは回避することができず全身に浴びてしまう。


狂気サドちゃん!」


 それだけでは留まらず会場のそこらに液状の海ができるほどの量が、噴水のように撒き散らされてしまう。


「これは猛毒。あの縫いぐるみさんのように溶かされたくないのであれば、触れないことをお勧めしますよ」


 魔官ティファの指をさす先には、全身に猛毒を浴びたことで溶けている狂気サドの姿があった。


 押さえつけていた知識クレバードールと臆病シャイドールも危険を察知して離れようとしていたが時すでに遅く、二人も猛毒の餌食になってしまう。


「うわあああ! 次から次へと、私の大切な【偶人ドールシリーズ】を壊さないでよ!」


「ご主人、あまり動かないでよ。落ちちゃう」


 不機嫌そうなドールが、本体のジェシカをお姫様抱っこしていた。

 会場のほとんどが猛毒の海になってしまったので地面に足をつけることができないのだ。


「ああ! 強情ツンデレちゃん! 足溶けてるよ!」


 ジェシカをお姫様抱っこしている強情ツンデレの両足が、猛毒の海に沈んでいた。

 体勢が崩れて、ジェシカが落っこちるのも時間の問題だ。


「べ、別に、ご主人のために足を溶かしているわけじゃないからね! ふ……ふんだ!」


「あのオバさん、私の大切なものを次から次へと……絶対に許さない!」


 怒りで燃え滾っているが、足場がない今じゃ接近するのは極めて困難だ。

 猛毒の海をスイスイ泳いでいる大蛇の背中で、魔官ティファは目を蛇のよう細めていた。


「初めに、アナタを子供扱いしたことをお詫びしましょう。まさか、私をあのように追い詰めるとは思いもしませんでした。だから……ジェシカ。アナタを一人前の戦士として、ここで討ちます!」


 巨体など無視した速さで、大蛇がジェシカへと接近する。

 完全に、殺る気だ。


「シャアアアアア!」


「(もっと側にいたかったけど)仕方ないわね。熱血ファーヴァ! ご主人を頼んだわよ!」


「おう! 任せときな!」


 強情ツンデレはジェシカを熱血ファーヴァへとパスして、そのまま大蛇に食い千切られてしまう。

 最後に残ったのは熱血ファーヴァとジェシカだけだ。


「うっ……強情ツンデレちゃん。私のお気に入りをよくもぉ! このでっかいトカゲめぇ!」


「ふふふ、狩られる側であることをお忘れなきよう……この試合は、私の勝ちです」


 先程と、同じ速度で大蛇がジェシカに突進する。

 あの巨体ではトマトのように潰されてしまう。

 絶対絶命だ。


「いい加減にしな、爬虫類が」


「なっ!?」


 だが、大蛇の熱血ファーヴァの差し出した片腕が、巨躯を軽々と受け止めた。

 塗装が剥がれたように腕から色が溶け落ち、曝されたのは鋼鉄の腕だった。


「他の【ドール・シリーズ】はご主人のお手製だが、オレっちだけは違うぜ。鉱山で採れる一番硬い鉱石によって作られた特別スペシャル人形ドールだ。可愛い姿をしているからって舐めんじゃねぇぞ。たかがテメェの猛毒ごときに溶かされたりはしねぇ……よッ!」


 大蛇にカウンターの殴りが炸裂した。

 たった一撃で観客席にまで伝わる衝撃に、思わず目を細めてしまう。

 なんて威力だ。


 吹き飛んだ大蛇は壁にめり込み、動かなくなった。

 一方の魔官ティファは、壁に激突したことで多少のダメージを受けていた。


 高価そうなドレスが破けたことなど気に止めないほど嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「猛毒を撒き散らしたことで戦意喪失するのではと期待していたけど。タサンが倒されるなんて、流石ですねジェシカさん」


 ちゃん、からさん付けに変わった。

 心の底から一人前として認めたからだろうか。


 魔王軍の幹部に認められることを誇りとして受け取るタイプじゃないジェシカは、相変わらずピンっときていない様子だった。


「さあ、これで最後にしましょうか! 魔王軍の蛇の試練!!」


 魔官ティファの周りに、紫色の胞子が漂っていた。

 決着を付けるつもりだ。


 高い硬度の身体をもつドールでも、魔官の奥義を受けたら破壊されてしまう。

 ジェシカを守り切ることができない。


 だというのに熱血ファーヴァも含めてジェシカの表情には、特に危機感はなかった。待ってましたと言わんばかりのずる賢い顔だ。


「それじゃ、行ってきな! ご主人!」


 本体のジェシカを、すでに奥義を構えている魔官ティファへと投げつけたのだ。

 何をとち狂ったのかと闘技場が騒然としていたが、感じる。


 投げ飛ばされたジェシカの体内から、凄まじい魔力を。


「終わりですね! 【蛇蠍毒牙ヴェナム・ファング】!」


 会場に撒き散らされていた毒が魔官ティファを包み込むように集結し、毒の液体で形成された巨大な毒の蛇へと変貌を遂げる。


 投げ飛ばされたジェシカは餌も同然、魔官ティファは喰らいついた。



「あっ、それアタリだから気をつけてね。オバさん」


「はあ!?」


 壁に背をつけ、大量の汗を浴びているジェシカの姿があった。

 魔力の使いすぎによる疲労なのか顔色が悪い。


 彼女が本体なら、魔官ティファへと投げつけられたジェシカも初めから作られた偽物のドールだというのか?


「っ!」


 喰らわれたジェシカが魔官ティファを巻き込み、突如と大爆発を起こした。

 火薬の樽を数十本、まとめて爆発させたかのような威力だ。

 魔術で強度を上げた闘技場でも耐えるのがやっとだ。


 寸前のところで魔力障壁を張ったおかげで観客を衝撃から守ることができたが、魔力障壁に大きな亀裂が生じたのを見て、嫌な汗をかく。

 想像を絶する、炎属性の魔術だ。


「一般魔術の才能はありませんでしたが、彼女の魔力量は常人の数十倍です。それに竜の血を上乗せすれば必然でしょう」


 隣でボロスが説明をした。

 魔術を飛ばせずとも、ドールの体内に忍び込ませて魔官ティファ食べさせれば被弾した魔術は爆発する。


 授業の成績は悪いのに、なんという切れの良い頭なのか。


「結果は……?」


 観客の誰もが、結果を知りたそうにしていた。

 魔力障壁を解除して、舞い上がった砂埃などを外へと逃がす。


 あの爆発の範囲内にいたジェシカは、果たして大丈夫なのか。

 唾を飲み込み、砂埃が晴れるのを待つ。


「ありがと……熱血ファーヴァちゃん」


「なぁに、ご主人の為なら盾にだってなってやるよ。それに、この爆発ならオレっちの身体で耐えるなんざ朝飯前だっての」


 そこには二人のジェシカが立っていた。

 片方は戦いでボロボロになり、片方は魔力の消費で疲れている。

 視界がさらに鮮明になり、会場には倒れて動けなくなっている魔官ティファの姿があった。


 信じられない光景を目の当たりにした実況者は大きく口を開けていたが、すぐに試合結果を発表した。


「第二試合……勝者! ジェシカ!!」


 勝利をしたジェシカは嬉しそうにこちらを見上げて、指でVサインをした。

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