第135話 美少女になった日


 歩けるようになったのは、次の日だった。

 ユーゲルの離していた通り、見覚えのない魔族が破壊された町の復興作業を手伝ってくれていた。


 理想郷は資材が豊富な土地なので、家の補修に必要な材料に困ったりはしない。

 木材類は『妖精粉』によって拡大した自然豊かな北の森から確保できる。

 セメントを作るのに必要な石灰岩は、山程ある周辺の鉱山から採れる。


 しかし、コツコツと時間をかけて建国していた町なので、壊された部分を一気に直していくとなると理想郷の大工や職人だけでは膨大な時間を要する。

 ベルソル率いる革命組織ネオ・アルブムのもたらした被害はあまりにも大きく、町が半分消えたといってもいいほどだ。


 だから復興作業を手助けしてくれている魔王軍には感謝してもしきれない。

 原因の一部が魔王軍側にあっても、彼らも裏切られた立場だ。

 簡単には許さないが、魔王ユニが最後まで手伝ってくれると仰っているので、まあ、お言葉に甘えさせてもらおう。


 町を歩いていると、後ろから「ロベリア様〜!」と騒がしい声が聞こえ、振り返ると。

 そこには見たこともない角と尻尾を生やした巨乳娘が胸を揺らしながら、こちらに向かって走って来ていた。


(……え、どなた?)


 抱きついてこようとしたので避けると、娘は背後にあった家の壁に突っ込んでいってしまった。

誰だが知らんが、病み上がりに対して壁をぶっ壊すほどの勢いで抱きつかないでほしいものだ。


「ど、どうして避けるのですかっ!?」


 突っ込んだ家から顔を出した娘は涙目になりながら叫んだ。

 この娘の存在をどこかで見落としていたのか、それとも俺の熱烈なファンなのか。


「貴様は……誰だ?」

「わ、わ、私めをお忘れに! 直属の配下なのに!?」


 マジで落ち込んでいた。

 いや、ごめん、そこまで落ち込まなくても。

 てか、俺の直属の配下だって?


「知らん、俺の配下はこの世でたった一人」


 世界の終わりかのように、娘は更に落ち込んだ。


「竜王ボロスだけだ」


 それを聞いて、娘は表情をパァと輝かせた。


「やはり覚えていたではないですか〜! 私ですよワ・タ・シ!」

「……ワタシワタシ詐欺?」

「私が! 竜王! ボロスですって!」

「は?」


 嘘つけ、俺の知っているボロスはこんな髪金美少女じゃないぞ。

 ん、いや、よく見れば竜の角に尻尾、竜族の特徴だ。

 だとしたら、おかしくないか?


 この世で生き残っている竜族はボロス一人だけのはずだ。

 他に生き残りがいる話なんてこの世界やゲームでも聞いたことがない。


 家の壁から上半身を突き出している自称ボロスの娘の胸ぐらを掴み、引っ張り出す。

 途中「ひゃん」と何故か卑猥な声を漏らしていたが無視だ。


「ボロス……お前、今度は何を仕出かした?」

「え、私は別になにも……」

「自分の体を見てみろ」

「ええ、胸がとても大きくなっております!」


 女体化している自覚はあるのかよ。

 どうして、そう冷静にしていられるんだ。

 いや、重要なのは今ではなく、女体化した経緯だ。

待て、もしかするとアイツの仕業ではないだろうか――――





「ハーイ、どもっ! 魔王軍のアイドル担当、魔官ビナーと申します☆」


 派手なファッションをした魔族が目元でピースをしていた。

 俺の隣に立っていたボロスが可愛いポーズで返していたので、脳天にげんこつを叩き込む。


「あれあれ、傲慢の魔術師サンじゃない! 私に何かご用でもあるのかしら! あ、まず握手して!」


 十分離れているのに鼓膜を震わせる魔官ビナーの声量に片方の耳を手で抑えながら、もう片方の手で握手をする。


「うわ、ヤバっ! 有名人と握手しちゃったんじゃん私ぃ! キャ〜、もうこの手洗わないから!」


 魔官ビナー。

 試合には出なかったけど、彼女のことは知っていた。

 ゲーム本編での魔官ビナーの能力に初見、腰を抜かすほど驚いていたな俺。

『性別を変更する魔術』実戦向きではないが、唐突に性別を変えられて冷静に受け入れられる者はまずいない。


 しかし、一部の界隈に受け、ネットでもしもキャラクターの性別が変わったらというイラストが話題になりまくっていたな。


「ボロスの性別は、貴様が原因だな?」

「へへー、いかにも☆」


 近くにあった蛇口で手を洗いながら、魔官ビナーは答えた。


「だってだって、竜族は初めてだったから我慢できなくて! でもでも、別に悪いことしてないもんねー。だって、こんなに可愛いじゃん」


 チラリと横目でボロスを見てみる。

すると何故かボロスは、恥ずかしそうに上目遣いで見つめ返してきた。


 くっ、否定できないのが悔しい!

 竜王ボロスのくせに、なんでこんなに色っぽくて可愛いんだよ!

 イケメンだからか! イケメンだからなのか!?


「傲慢の魔術師サンも一回だけ、どうかな〜?」

「断る、あとコイツを元通りに戻せ」

「ええー! こんなに可愛いのに勿体ないじゃん!」

「ええ!」


 隣からも嫌そうな声が聞こえた。

 なんでお前も同じ反応をしているんだよ。

 悪いが、俺はお前を女として見たくないし、なんか嫌だ。


「コイツは女好きだ。女体化した身体を利用して、何かを仕出かすかもしれない」

「え、ちょっ、ロベリア様!?」

「あー、そだよね。女湯や女トイレに入ってムフフするかもしれないよね……了解した☆」


 魔官ビナーは長い杖を取り出し、キラキラした何かをボロスにめがけて撒き散らしながら『ぷいぷい』と唱えた。


 刹那、ボカン! とボロスが爆発する。


「ギャアアア! て、あれ」


 ボロスの身体が、男に戻った。

 高身長な、ムカつくぐらいイケメン顔の男に。


「そんなああああああああああああ!」


 予想外なことに、拳を地面に叩きつけ号泣する竜王。

 それは魂からの叫びだった。

 まるで大切な物を失った、悲劇的な人間の悲痛な声。


「私の……私の夢がぁあああああああああ!!」


 ボロスの叫び声で、ぞろぞろと野次馬が集まってきた。

 このまま置いていくのもあれだし、仕方ない。

 中々立ち上がろうとしないボロスの首根っこを掴み、そのまま引きずり連れて行く。


「ばいばーい! また来てね☆」


一人の男を弄び、絶望に叩き落とすキッカケを作ったことを自覚していないのか、陽気に手をふる魔官ビナーを見て思う。


(恐ろしい子……!)

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