第136話 宴




 生捕りにした"革命組織ネオ・アルブム"の連中二十五名は理想郷の地下空間にある厳重な牢屋に閉じ込めている。


 事件や犯罪などが起きた時を考慮して建てられた空間なのだが、幹部達による治安維持のおかげで一件も発生したことは無い。

 同じ境遇を持つ住人達の結束力が高いのも、もう一つの理由だが。


 さて、そんな地下牢にも責任者はいる。

 ”赤毛のグレイ”という女性だ。

 幹部たちにも劣らない実力を持っており、理想郷に足を運んで来る前の彼女の前職は『監獄副長』だったらしい。


 つまり本職の人間ということだ。

 今回の事件を引き起こした経緯や革命組織の構成などを深堀するのに打って付けの人材なのだ。

 優れた観察力、心理学で相手を尋問して情報を集める。


 今まで一度も落とせなかった人間はいないと本人が自画自賛するほどである。

 しかし、地下牢でグレイの尋問が開始したのは四日前だ。現在進行形で、まだ終わっていないらしい。


 一度だけ様子を見に、地下へと降りたのだが入り口の前で巡回をしていた牢番に「ロベリア様だけは通すなとの命令でして……」と追い返されてしまった。

 度々、地下牢に足を運ぶユーマに理由ワケを聞くと、どうやら俺に深い恨みを持つリリーというメンバーがいるらしい。


 牢屋の中で、何度も何度も俺の名前を叫びながら鉄格子や壁に頭を叩きつけて、そのせいで頭から血を流しても止めなかったという。

 グレイも尋問中に腕を噛みつかれて怪我を負ったらしい。


 身に覚えのない恨みだが、そこまで凶暴なら本人に対面しないほうがいいだろう。

 俺が憑依をする以前のロベリアは、まあ、多くの人間に恨まれるような事をしてきたのだから、いずれその尻拭いをさせられる日がくるかもと身構えていたが、まさか本当にやってくるとは。


 その辺の調査はグレイたちに任せるとして、俺は俺にしかできないことをしよう。



 ”天獄”の力を奪われたことで、一時的だがエリーシャの見た目が二十代後半になっていた。

 推測でしかないが彼女が千年もの間、祠で老いることなく眠っていられたのは”天獄”のおかげではないだろうか。


 エリーシャという”器”が他の人間のように歳を重ねて衰えるのは古来から生き、封印された”天獄”にとって不都合だったのかもしれない。

 それを避けるために、死ぬことはあっても決して老いることのない”不老”の力をエリーシャに与えた。


 だから、英傑の騎士団本部で初めて出会ったあの頃のエリーシャから数年経過しても、体型や容姿に変化がないのだ。


 だが、ベルソルに”天獄”の力を半分奪われたことでエリーシャが、少女から大人の女性に成長してしまった。

 可愛らしさを残しながらも、何段階も美しくなった彼女にドキドキしたが同時にゾッとした。


 ”不老”の力が彼女を生かしているということは、もしもあの時ベルソルがエリーシャに宿っていた”天獄”を余すことなく奪っていたら間違いなく彼女は死んでいただろう。


 気まぐれな好敵手だったことを幸運に思う。

 取り敢えず、姿形が変わろうと彼女がエリーシャであることに変わりはない。

 その程度のことで嘆いたりはしない。



 ところが、夕時になるとエリーシャの姿が元通りに戻っていた。

 話を聞いてみると魔王ユニがベルソルを拘束する際に、奴が”天獄”の力によって復活する危険性を危惧して、事前に奪い返してくれたらしい。


 今朝、大人になったエリーシャを見た魔王ユニは”魔力水晶”という魔術道具に閉じ込めていた”天獄”を体に封印し直してくれたという。

 そのまま黙って魔王軍の兵器の一部にすればいいのに、どこまでも義理堅い魔王様だ。


 クロウリー家勢揃いで盛大に喜んだ。

 元の姿に戻ったエリーシャを胴上げもした。

 だが、喜びも束の間―――


 黒いタンクトップ、分厚い手袋、我らの鍛冶師ヤエがとても不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。

 彼女の前で、俺とエリーシャは肩を並べるように正座していた。


 目の前には真っ二つに折れた剣。

 数ヶ月かけてヤエが打った最高傑作”王虎”を、二人で折ってしまったのだ。


 刃こぼれは剣士の恥だと聞いたことがある。

 俺たちの場合は剣を折ってしまったから剣士失格だ。

 あ、俺は剣士じゃなく魔術師だけど、これは流石に連帯責任だろう。


「ごめんなさい……!」

「すまない」


 心から謝っているのに、謝罪しなれていない身体のせいで軽い感じの言い方になってしまった。

 エリーシャは泣くのを堪えながら誠意を込めて謝っているというのに、ロベリアときたら。


「ねぇ、なんで謝っているの?」

「だって……ヤエが頑張って作ってくれた剣を壊しちゃったから……」

「そんなのイチイチ気にしなくていいの。ほら、ロベリアの旦那も立って。正座されている姿を誰かに見られでもしたら、示しがつかなくなっちゃうじゃん」


 てっきり怒られるかと覚悟していたけど、あっさりとした返事が返ってきた。


「ヤエ、怒っていないの?」

「あんな化物を相手に、命懸けで戦ってくれたのに怒るわけないじゃん。私は、ただ剣を打って託すことしかできないから責める資格なんてないし、親友のためなら最強の剣の一本二本、ちゃちゃっと作ってあげますって」


 胸に拳を当てながらウィンクするヤエの寛大さに感動する。

 エリーシャは堪えていた涙をこぼしながら、ヤエに抱きついた。


「次はもっと大切に使うから……ごめんなさい……!」

「はは、まあ、そうしていただけたら、ちょっぴり嬉しいかな…………………………長くない? あの旦那? 奥さん、ずっと抱きついてくるんだけど旦那さん的に駄目じゃない?」

「問題ない」


 親友同士が仲良く寄り添っている微笑ましい状況に、一体どこに問題があるというのだ?




 そして夜、宴が始まった。

 魔王軍が試合で勝つことを前提に持ってきた祝い用の高そうな酒やジュース、豪華な料理デザートの並べられた会場で、人族も魔族も関係なく騒いでいた。


 宴の規模は国全体、何万人もの住人と魔王軍によって行われることになっている。

 そして、その開催者の魔王ユニは柔らかそうな椅子の上で大仏のように寝転がりながら高級そうな赤い酒を飲んで、笑っていた。


「あ! ロベリア! こっちこっち!」


 魔王ユニの周囲には、よく知っている知り合いしかいなかった。

 その一人がこちらを見つけると手を振ってきた。

 もうすでに出来上がっている顔真っ赤のシャレムである。


「すまない、仕事で遅れてしまった」

「いいっていいって、この調子だと宴は数日も続つかもしんないし〜」


 数日続くとして、開始一時間でその調子だともう駄目じゃないか?


「おう、ロベリアもようやく来たか! 待ちわびたぞ!」

「魔王様、ロベリア様はこの国の主。復興作業で最も忙しい御方なのです」


 魔王ユニから一時も離れずに付き従っている三大元帥メフィスが胸に手を当てて、頭を下げてきた。

 忙しいっちゃ忙しかったけど、激務なんて日常茶飯事なので慣れている。


「そうじゃな、聞いてみれば雑務も進んでやっているようじゃが、そんなもの部下に任せれば良いではないか? わざわざ主たるお主が率先して行わなくても、特権を利用して周囲の人間に命令すれば言うことを聞いてくれるはずじゃ、何故しない?」


 あまりにも唐突な質問で困惑するが、そうだな。


「俺は、誰かの上に立てるような器ではない……周りと同じ人間だ」

「傲慢の魔術師が、何を言うかと思えば。つくづく”正しい生き方”をしようとしておるのぉ。生まれてから王の座に就いた余には理解し難い考えだが……ま、それも一つの美学じゃ」


 美学?

 何で、俺の成すことを全てスケールを拡大しようとしてくるのだろうか。

 俺は、普通に生きていたいだけだ。


 だって、人間なんてそんなもんだろ。

 高い給料じゃなくても仕事をして妻子と平和に生活すれば、それだけでいい。


 平凡すぎる人生と笑ってくる人もいるかもしれないが、俺の思い描く幸せなんてそんなもんだ。

 そんな考えしか持てない男が、本当に人の上に立てると思うのか?


「ええ、それがロベリアのカッコいい一面でもありますので」


 料理の盛られた皿を両手に持って、ちょうどやってきたエリーシャが代わりに言葉を返してくれた。

 当たり前のように、カッコいいと言われると照れるんですけど。


「人の幸せや悲しみを、まるで自分のことのように想うことができるからこそ彼も人間なんです。世間は彼を冷酷な魔術師と呼んでいますけど、私や理想郷の皆んなは解っていますから。彼が誰よりも優しい魔術師であることを」


 料理を手渡しされても、その瞳は真っ直ぐ魔王ユニに向けたままだった。


「ふ、羨ましいものだな。もっと早くに傲慢の魔術師を垂らし込めていれば、傍らにいたのは余じゃったのに……先を越されてしもうたな。相応しい良き妻が出来て良かったな、ロベリア」

「ああ、俺の自慢の妻だ」

「お……おれの……自慢の……のの」


 さっきまでエリーシャも恥ずかしいセリフを満更でもなく口にしていたのに、俺のターンになった途端にすぐ顔を真っ赤にして照れるな。


「あ、そうじゃ、忘れておった」


 魔王ユニは何かを思い出したかのように指を鳴らした。

 するとメフィスが何かを丁寧に差し出してきた。


「ペンダント?」


 形の異なる黒い翼が二つ交わったデザインのペンダントだ。

 それ以外、特に特徴はない、魔力も感じられない無機物である。


「試合は三対ゼロでお主らの圧勝じゃ。それは我らの”友好の証”、いついかなる時も余とお主が友人であることを証明してくれる証じゃ」


 三対ゼロ?

 試合で勝ったのはジェシカとアルスだけだ。


「二勝だけかと思ったが」

「裏切ったとはいえベルソルも魔王軍側の陣営であり、戦いに敗北した。試合は三回勝った陣営の勝ちだということを忘れたのか?」


 ここで頑なに「いやいや、二勝だ!」と言い張らないほうがいいかもしれない。

 再戦という形になったら面倒だし、三勝ということにしよう。

 終わりよければ全て良しだ。


「受け取っておこう」

「ふふ、そうこなくっちゃな」


 真面目は話はこの辺にしておいて、宴を楽しむとしよう。

 どうせ、これからも仕事は忙しくなってくるしな。

 酒は苦手だけど、今晩だけは飲んで飲んで、飲みまくるぞ!


 空っぽのグラスに酒を注ぐために酒瓶に手を伸ばそうとしたが、誰かが「あ、僕にやらせてください」と言ってお酌してくれた。

 気の利く奴だな〜と思いながら酒を飲もうとしたが、ピタリと手を止める。


 すぐ側でシャレムが首を傾げ、手の甲を見せながら左右に振るジェスチャーしてきたからだ。

 彼女と幹部格しか知らないジェスチャー、それが意味するのは――――






 ――――侵入者である。



 近くで飲んでいたクラウディアとジークが素早く抜剣して、侵入者に剣を突きつけた。


 酒をグラスに注いだ男か女なのか見分けがつかないほど、中性的な容姿をした黒髪の人物。

 前髪が片方の目を隠すように覆っており、肌は雪のように真っ白だった。


 理想郷に移民した住人たちの顔を全員覚えてはいないが、コイツとは会ったことはない。

 住人の顔や名前を全員分暗記しているシャレムの記憶力にも疑いはない。

 騒ぎが静まり返り、緊張だけが走る。


「何者だ!?」

「僕ですか? そうですね……まず自己紹介をするのが礼儀ですよね」


 クラウディアの威圧するような質問に、黒髪は両手を上げながらゆっくりと立ち上がった。


 剣を突きつけられているのに動揺どころか汗一つもかいていない。それどころか状況を楽しんでいるかのように見えた。



「僕の名は”リアム・クロウリー”。ロベリア兄さんの弟です」


 弟と告げた、その中性的な男の言葉に、耳を疑った。

 え、ロベリアに弟なんかいたっけ?


「「「弟おおおおおおおおおおおおお!!?」」」


 衝撃の事実に、理想郷も魔王軍も一斉に驚愕の声を上げた。







 ————






 神々の創造物”時計塔”が、その意志に従い変動する。



 12刻 ―――帝国の鬼人 

 11刻 ―――炎帝 

 10刻 ―――妖精王 

  9刻 ―――氷結の魔女 

  8刻 ―――聖剣士

  7刻 ―――血女

  6刻 ―――古の巨人

  5刻 ―――傲慢の魔術師

  4刻 ―――魔王

  3刻 ―――魔人神

  2刻 ―――人類神

  1刻 ―――星の意志





               第八章 終


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