第11話 クラウディアの過去 上


 食料として育てていた鶏の鳴き声が、朝であることの合図だ。


 真面目に生き、真面目に死ぬ。

 どんな場面に直面しても臨機応変に、合理的に物事を乗り越えよ。


 家にある唯一の本、かつて父が王都に住んでいた時に図書館で借りていた本だ。(母親と結婚したことで返却を忘れている)


 作中に登場する主人公に私は憧れていた。

 失敗作として破棄された『聖剣ライシャローム』の所有者として多くの罪なき民を救った女騎士の物語だ。


 私は、彼女に憧れた。

 架空かもしれない人物なのだが、その生き様があまりにも凛々しく逞しかった。


 彼女のように万人を救えるような騎士になりたい。

 瞼をゆっくりと開けながら想う。


 都会とは無縁の片田舎が不満なわけではない。

 ただ、私の目指すべき舞台からは、あまりにも遠すぎる位置にあるのだ。


 今年で年齢は十五歳。

 騎士を目指し、二年の年月が経った。


 父に作ってもらった不器用な形の木剣で、素振りを毎日怠ることなく続けてきたが、成長を感じることができなかった。


 同じことを繰り返しても、意味がないのかもしれない。

 かといって村に剣を嗜んでいるような人材はいない。誰かに教えてもらうことはできないのだ。


 村から離れるか、目星が見つかるまで我流で剣の腕を磨き上げるしかないのだ。

 ただ、あの二人と離れることになるため躊躇いもある。


「おはようございます、父上、母上!」


 屋敷に住んでいるわけではなく、礼儀作法にうるさい家庭というわけでもない。


 それでも父と母は、私の堅苦しい口調や姿勢を指摘することはなく、普通の返事をくれる。


 将来は、好きなように生きるといい。

 両親は、私の騎士になりたいという夢を笑ったりはしない。


 むしろ応援をしてくれている。

 実現させるには、過酷な茨の道になるに違いないというのに。


 この家に生まれて良かったと、心から思った。

 朝食をすませ、仕事へと行った父を見送ってから私は母に了承をもらってから近所にある広場へと赴いた。


 そこには、必ず同じ時間に待ち合わせをしている親友が二人待ってくれているのだ。


 好奇心旺盛なモニカ姉と、引っ込み思案のトト。

 モニカ姉は今年で十七歳になるというのに昔から、子供染みた性格は変わらない。


 本人いわく、世話を見てやっているから姉さんと呼びなさいと笑いながら強要してくるのだが、一体どっちが世話を焼いているのかと時々思ったりする。


 この中で、一番年下のトトはいつも私達にくっついてくる。


 少し離れたところに住んでいる子どもたちからは馬鹿にされ、私とモニカの付属品だと言われたりすることもある。


「ねっ、二人とも! こんな狭い村で遊び回るよりも、今日もまたあそこに行こうよ!」


 広場に置いてある並べられた丸太の上にふんぞり返りながら言うモニカを見上げる。

 あそこ、またかとため息を吐く。


「ご両親から注意、げんこつを受けたばかりなのに、まだ懲りないのか? 弱いといえども森には多くの魔物が闊歩している。私ら三人だけでは危険だ」


「平気平気、そういう時はまたクラウディアが剣で倒しちゃってくれればいいから!」


 言い出しっぺなのに他力本願、冗談にしても笑えない。


「私はトトが心配なのだ。私たちのなかでも足が一番遅い。一匹と遭遇するならまだしも、相手が集団で活動していたら虫の息だぞ」


 妹のような存在でもあるトトの頭を撫で、断固反対する。それでも引かないのがモニカ姉の恐ろしいところだ。


 気づいたら言い包められていた。

 トトと手を繋ぎ、手に木の棒を持ったモニカ姉のあとを追う。


 森の中は危険だが、私達の目的地はそこまで離れた場所にあるわけではない。


 そのため、何かがあっても最短数分程度で村に逃げ込める。


 いや、そうではない。

 そもそも、無断で森に入るなど言語道断、いけないことなのだ。


「我ら〜モニカ探検隊〜」


 呑気に先を歩くモニカ姉に呆れた視線を向ける。

 怒られても知らないぞ。


「私……モニカお姉さんの行きたい場所だったら、どこでも付いていく」


 トトが小さな声で言った。

 できれば、そうはなって欲しくはないのだが。


「あった! 物知り博士の家!」


 目を輝かせたモニカ姉の指差す方向には、木の上に建てられた家があった。


 その住人を、私達が勝手に物知り博士と呼んでいるだけで、その本名は……。


「おやおや、また来たのかい? ついこないだ、親御さんに怒られたばかりなのに、とんだ悪ガキの集まりだね」


 モニカ姉の騒がしい声を聞きつけ、玄関から顔を出したのは若い女性。


 のような容姿だが、年齢は相当なものらしい。

 老い先の短い老婆と豪語しているが、まだまだ現役と言えよう。


「色々なことを教えて欲しくって、また来たんだよ〜! あとお菓子も食べに来た!」


「正直なことだ。まあいい、立ち話もなんだ。入りな」


「へい!」


 名はオズワルさん。

 村の皆からは少しだけ敬遠されているけど根は優しい人だ。


 知らないことを色々と教えてくれる。


 学び舎のない村では先生と呼べる人はいない。

 裕福な家の子なら別だが、騎士を目指すなら知識を蓄えなければ恥をかいてしまう。


 モニカ姉のふざけた質問にさえ、オズワルさんは嫌な顔をせず真摯に答える。

 尊敬に値するお方だ。


「あ、あの……私もいいですか……?」


 控えめにトトが手を上げた。


「村の近くに、誰も住んでいない……古いお城があるじゃないですか? あれって、もともと誰が住んでいたんですか?」


「ああ、あれね」


 顎に手を当てながらオズワルさんはニヤリと笑った。

 あれは、いい質問をされたときだけに見せる珍しい表情だ。


「あの古城が使われていたのは、初代魔王と人族軍による戦争の真っ最中、六百年前のことだね。人類の存亡をかけた戦いだったので、帝国も公国も連邦も共和国も、犬猿の仲とされていた国同士も隔てなくアズベル大陸にある全ての国が一致団結していた時代だったよ。今じゃとても信じられないが、それほどまでお互い余裕がなかったのさ。手を組むしかなかった。だからといって何もかもが良好に進んでいたわけではない。中には戦争を利用して貧しい民から搾取するバカもいたよ。安全地帯から見守っている政府どもが特にね。魔王陣営もそうだった、表でどんなにいい顔をしたって全員がそうと限らない。数え切れないほどの汚点もあったわけさ」


 オズワルさんは、たまに自分の世界に入ったかのように饒舌になる。


 この世界に不満を抱えているからかもしれない。

 こういう話をすると、いつもそうだ。


 トトは興味深そうに聞いている、モニカ姉の方は世界情勢やらに興味がないようで眠そうにしている。


「だけど……悪党もいれば、正義の味方もいる。目先の利益に目を眩ませたバカどもに反旗を翻す、どっちつかずの正義がね。人族も魔族も種族問わず、歪みきった上層部どもの考えに不満を持つ者同士で結集したその組織を、人々はこう呼んだ、革命組織アルブムとね」


 どこか、聞いたことのあるような名前だ。

 気のせいかもしれないが父が、たまに口にしていたような気がする。


「この世界の三代勢力、世界連盟、魔王軍、革命組織、その一つさ。かつて古城の所有者もその一員だったよ」


 一瞬だけオズワルさんがこちらに視線を向けたような気がした。


「貧しく、使い捨てにされそうになった人々に生きるための知識と力を与えたことで英雄と称されることになった、その女の名前はグラハ。今じゃ、この名前を知っている者は一握りしかいないかもしれないがね、ふふふ」


「な、なんで……?」


「政府に不利益をもたらす人物がのうのうと生きていけるわけがない。国によって、殺されたよ」


 それを聞いた私は、トトも含めてショックを受けた。そんなことが起きているとは、想像できるはずがない。


「酷い……」


「そうね、酷いことだよ。だけどね……見る世界が広がれば広がるほど、見たくもないものも視界に入っちまうもんさ。たとえ目を瞑ろうと、まるで言い聞かせるように耳にも響いちまう」


 私達を驚かすための嘘、とは思えなかった。

 オズワルさんは私達をよくからかうが、こういう手の話になると何もかもが本当の話だ。


「だけど諦めちゃいけねぇ。昔と比べれば楽になったもんさ。世界も段々と変化していっている。最後にどうなるかは、まだ若いお前さんたちの手でいくらでも決められるのさ。若さってのは無限大だ。重要な場面で、何もできずに手をこまねいた私はもうお役目御免さ」


 可能性は無限大。

 小さい頃、よく両親に言われたりすることだ。

 時々、それは言い過ぎだ、と謙遜することもあったが、そうだったのか。


 何となくだが、私達のやるべきことが解ったような気がした。

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