第150話 転生の理由



「分かるか、セトアリマ。お前がこれから生涯をかけて善行を積もうとしても、黒魔力によって犠牲になってきた人間どもの死体の山に比べれば、ちっぽけな足掻きに過ぎないということを。幸福な未来を享受したいのなら黒魔力の本質に従い、狂気を渇望するしかお前に、道は残されていないんだ」


 耳にタコができるほど、聞いてきた台詞だ。

 誰がそんなの聞くか、と否定したいところだけどベルソル戦で、一度だけ完全に黒魔力の本質とやらを受け入れた苦い経験があるので口を摘むぐ。


「どうだっていい……それよりも、厄災を引き起こした理由はなんだ?」

「新たな物質を創造したから実験してみただけだ。まあ、あそこまで拡大するとは予想しなかったがな」


 予想を上回るかもしれないことを考慮しなかったのかコイツは。


 だが、ここで分かったことは、この少女が黒魔力によって生み出された存在ではなく、黒魔力を生み出した方の存在だということ。


「未来を見せる能力といい、物質の創造といい、無から有を作り出すといい。もはや人の領域を逸脱している。貴様は……もしかして、神の類なのか?」


 それを聞いたクロは、ぷっと吹き出した。


「ハハ……”意志”だよ」


 意志。

 何の?

 どういうことだ?


「とにかく私は神ではなく、それよりも上位の存在と言ってもいい。その上位種が、誤って世界に黒魔力を広げてしまい、人々に禁忌物として扱われ、魔族の手によって封印された。といった感じで理解してくれ」

「それだと貴様が何者なのか、という質問に対する根本的な答えになっていない。くだらない前置きはいいから、さっさと名乗り上げろ」

「悪いが、ここから先はノーコメントで」


 答えてくれる範囲の狭さに驚愕しかけたが、いちいち気になっていたら話が進まない。

 次の質問に、とっとと移ろう。



「もういい、次の質問だ。何故、俺はこの世界に連れて来られたのだ……?」


 魔術のあるファンタジー世界は、俺のいた世界では空想上のものとして扱われている。


 空を飛びたいと思っても飛ぶことはできない。

 火をつけたいと思っても付けることはできない。

 水が欲しいといっても生み出すことはできない。


 それを全て可能としたのは魔術ではなく科学なのだ。科学では証明できない事象ばかりが起きるこの世界は、はっきり言っておかしい。


 だが、これは俺自身の価値観で、魔術が存在する世界ぐらいあっていいとは思っている。

 俺のいた地球なんて宇宙規模で考えると砂漠の砂つぶ以下でしかない。


 もしかしすると、この世界はゲームの中ではなく、実はどこかに存在する遠い星なのかもしれない。


 いや、だとしたら、それはそれでおかしい。

 遊んでいたゲームの内容に偶然酷似した世界があって、そこに偶然連れてこられた。


 ありえなさすぎる、水の上を歩けるぐらいあり得ない確率だ。


「ロベリア・クロウリーが黒魔力に、完全に適性する人材じゃなかったからだ」

「……は?」


 黒魔力、黒魔術ありきの傲慢の魔術師が適性していないだって?


 アイツにそんな真実が隠されていたなんて原作でも一ミリも語られていないぞ。

 黒魔力あってのロベリアなのに、そんな馬鹿な。


「まったく無かったワケではなかったが、ロベリアは力を求めるあまり、黒魔力を”魔力器”に流し込む行為を幾度も繰り返したんだ。まあ、それが原因で、奴の寿命は長く保ってニ年に縮めることになってしまったがな」

「たった二年……」

「誰よりも強く在りたいという願望が、自らの命を削っては元も子もないというのに。まったく愚かな男だよ」


 それには同意だと思うけど、魔導書に住まわせてもらっている宿主に対して辛辣過ぎないか、この子は。


「だが、ロベリアが死んでは、私も何かと不都合になるのでな。ある延命方法を提案してやったんだ」

「延命……方法?」

「手順を説明してやろう。手始めに黒魔力の適性が高い、よその魂をロベリアの肉体に宿らせるんだ。その間にロベリア魂の肉体へのリンクを一時的に遮断して、宿ったよその魂が本物であると肉体に錯覚させる」


 クロは両手を勢いよく合わせた。


「そして、じっくり時間をかけて肉体がよその魂に共鳴する時を待つ。そうすれば、いつか肉体の方も黒魔力に対する適性が上がるということだよ」

「そんなこと……本当にできるのか?」


 もっと理論的な方法かと思ったので、驚いた。

 分かるような分からないような、とんだ話だが、なんらかの魔術を用いれば不可能じゃないかもしれない。


「成功したさ。現に、お前はロベリアの肉体に宿った。このまま、あと数年すればロベリアが蘇っても、彼が黒魔力に侵される心配はなくなる。まぁ、このままお前が肉体の主人でいてもいいがな」

「……」

「どうした? なにか考えことか?」


 黙り込んでいると、クロが顔を覗き込んできた。

 頭を整理しているので、すぐに返事ができないのだ。


 ただ、他に気になった点がある。


「それはつまり、瀬戸有馬だった頃の俺は、黒魔力に対する適性が高かった……という解釈でいいのか?」

「ああ、そうだ」

「———あり得ない」


 クロがどのような方法で探し出したのかは定かではないが、何億もいる人間の中から黒魔力に高い適性を持つ人材が、俺だったということになる。


 二十年間、何もない平凡な日常を送っていた一般男性の瀬戸有馬に、そんな素質があっただなんて信じられない。


「俺の世界に、魔術の概念はない」

「お前の星にはな。だが、いくら否定しようが黒魔力がセトアリマの魂を侵食していない時点で、私の言っていることは全て事実だということだ」

「……」

「お前の黒魔力に対する適性は、ロベリアを遥かに凌ぐ。ベルソルと戦った時、自身の魔力器に黒魔力を流し込んだだろ……? そのとき、どうなったか覚えているか?」


 あの時は、ベルソルに負けるんじゃないかって、無我夢中でロベリアの魔力器ではない、もう一方の瀬戸有馬のずっと空っぽだった魔力器に黒魔力を流し込んでしまったのだ。


 何が起きたかは鮮明に覚えていないが、宇宙のような場所に飛ばされて、目の前に真っ黒な”球体”が見えて、気づいたら巨人化したベルソルと一緒に空を降っていたことぐらいしか。


 あの”球体”は、名前は分からないが何かの惑星だったような気がする。


「あの時のお前は、私の理想とした姿だ。黒魔術において、セトアリマの右に出る者はいないと断言しよう。何故かは、ひとまず置いておくとして。これが、お前がロベリアの肉体に宿った理由ワケだ」

「ロベリアは、それに納得したのか……?」


 自分の肉体を、何処ぞの馬の骨とも分からない魂に開け渡すことを奴が、いつまでも許していられるはずがない。


「してもしていなくても、ロベリアの肉体がセトアリマの魂と完全に共鳴するまでは、元に戻すことが出来ない契約を交わしているから関係がない。奴が承諾した時点で、もう拒否権の有効期限は切れている」


 悪巧みをしている子供のように、クロは笑った。

 まるで計画通りと言わんばかりに。

 ここまで長い期間、肉体を明け渡すことになるとはロベリアも思っていなかったのかもしれない。


 だから精神世界のような場所で会うたび、不機嫌そうにしていたのか。

 いや、元々か。


「その契約とやらをロベリアが破ると、どうなる?」

「契約は私の黒魔術の縛りによって行われている。破こうという発想には至ることは、まず出来ない。だが、まぁ……絶対にあり得ないが破くと、死ぬな」


 契約しないと死ぬし、守らないと死ぬ。

 生きるためには、クロに従うしかなかったのか。

 とことん不憫だな、ロベリアは。


「次の質問だが、俺の魂をどうやってロベリアの肉体に移動させたのだ?」


 話を聞いていて疑問に思ったことを訊いた。


 別世界から別の魂を探って、さらにコッチの世界に持っていける魔術を俺は知らない。

 マナの図書館にある文献を全部読んだが、その類の魔術は記憶が正しければ載っていなかった。


「———それは」



 クロは背中を向けて、告げた。



「教えられない」



 コケそうになったが耐える。

 やはり答えてくれる範囲が狭すぎる。


 分かったことといえば、大昔の”厄災”を引き起こしたのがクロで、実はロベリアが黒魔力を取り込み過ぎて死にかけたこと、それを抑えるために俺の魂を埋め込んだことだけじゃないか。


「だが、私から言えることは。セトアリマ……私が与えた使命を全うしなければ元の世界に帰すことはできない。元の世界に帰りたければ、少しでも長く生きろ。他人の為ではなく、自分だけの為に」


 関係のない部外者の俺を、殺伐とした世界に相談もなく連れ込んできた張本人が”生きろ”だって?

 身勝手も甚だしいクロの頼みごとに、苛立ちを覚えた。


 黒魔力の適性があったからという理由だけで、散々酷い目に遭ったというのに、謝罪の言葉一つぐらいあったっていいだろ。


「そうだ。お前が良ければだが、このまま一生ロベリアの肉体に居続けるっていうのはどうだ? ロベリアとの契約を破棄して、上書きすることだってできるぞ?」


 クロの手が黒い炎に包まれ、差し出される。


「握手をすれば、契約は成立する」

「……」


 この手を握れば、二度と日本に帰れなくなる。

 死と隣り合わせの、この世界で死ぬまでロベリアの尻拭いをさせられることになる。


 だが、逆に契約を断ればいつか、ここで築き上げてきたものを何もかも捨てて、仲間たちと一言すら言葉を交わさず日本に帰ることになるかもしれない。


 悪役に転生した日の、最初の目的は……生きることだ。


 後者を望んでいるはずなのに、クロの手を握ろうとしたことに気がついて、反射的に彼女の手を払ってしまう。


「……そうか、それがセトアリマの答えか」


 失望でもしたのか、クロはため息を吐いた。

 俺もそうだ。

 優柔不断な、こんな自分が大嫌いだ。


 ルチナに自分のやりたいようにやればいいと格好つけてほざいたくせに、迷っているのは俺の方じゃないか。


「それじゃ、私は魔導書に還る。呼んでも、出てこないからな」


 若干凹んでいる様子で言うクロの体が、段々と薄れていくのが見えた。

 他にも色々と聞きたいことがあったが、時間切れか。


 話すこともないし、彼女が魔導書に戻っていくのを黙って見守っていよう。


「すまないな、中途半端に答えることしかできなくて。だが、せめて……これだけは教えよう」


 あと少しで、消えそうな体でクロは真面目な表情で、淡々と言った。





 ————お前の信頼する仲間の中に、裏切り者がいるぞ。



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