第127話 覚醒
「―――お前ら、来るぞ!」
闘技場の空に、炎柱が立った。
照りつける猛炎から現れたベルソルを見上げ、各々が神経を研ぎ澄ませる。
十二強将――五核の前に立ちふさがるのは『
「傲慢の魔術師に守られてきたヒヨッコどもが、今度は相手になろうってのか? どうせ時間稼ぎをする魂胆だろうが……どれだけ集まろうと、まとめて捻り潰してやる」
人知の及ばない遥かなる極地の片鱗を垣間見たジェイク一行は、
守られてきたからこそ、今度は自分たちがロベリアの居場所を守るのだ。
使命ではなく、それが彼らの願いなのだ。
「あまり、私らを舐めるなよ……デカブツ」
炎に包まれたベルソルの背後に回っていたクラウディアが、煌めく銀剣で炎を断ち切った。
(速いっ……この俺が、背後を取られただと……!)
真っ二つに両断されたのは炎柱だけではなく、ベルソルの右腕もだった。
痛みに悶えるほど脆弱な精神はしていないため、ノーダメージに等しい斬撃だったが、二撃目を放とうとするクラウディアの構えを目にしたベルソルは反撃をすることを忘れたかのように動きを止める。
(この小娘の太刀筋、顔つき、声……グラハと瓜二つじゃねぇか!?)
呆気に取られているベルソルに、クラウディアは渾身の剣技を叩き込む。
【
紫の花のように輝く斬撃が、ベルソルを地上へと叩きつけた。
下にいたエリーシャとジークが同時に駆け出す。
双方の魔力を込めた剣が、立ち上がろうとするベルソルの両足を切断する。
「ぐっ……次から次へと、ちょこまかと」
「それはこっちの台詞だ、さっさとくたばれ」
戦士長ソウマの穿った槍がベルソルの胸を貫く。
正確に急所である心臓を一突きしたのだが、やはり絶命しない。
「こう見えて、理想郷で一番の古株なんだ。これで倒れてくれたら、どんなに嬉しいことか」
貫いた槍を引き抜き、ソウマは迅速に後退する。
同時にディミトラの攻撃魔術がベルソルの顔面に炸裂した。
「小生も忘れてもらったら困るぞよ。楽しみにしていた大会の参加を逃したことでストレスを感じてな、そちで発散させてもらうぞ?」
「舐めんじゃねぇぞ。この程度の魔術、俺にとっちゃ豆鉄砲も同然なんだ……がっ」
ジェイクの神装から生み出された無数の矢が、容赦なくベルソルを串刺しにする。
ベルソルに反撃の隙を与えてはならない、闘技場で見せたあの力を解放されたら宣言通り全員が捻り潰されてしまう。
(順調、なのはどーせ最初だけだ。この連携がいつまで持つか分からねぇ、それに奴の気まぐれって可能性もある。とにかく、早く帰ってきてくれ……)
ロベリアの代わりになれると思うほど、ジェイクは自惚れていない。
だが理想郷の精鋭陣を指揮する以上は、相応の責任感と覚悟を持たなければならない。
前線で仲間との連携を繰り返すエリーシャも、戦っている最中で脳裏にロベリアだけを思い浮かべていた。
(―――お願い)
剣を握りしめる手から血が流れても、必死に喰らいつく。
(―――帰ってきて!)
「兵器の回収は後回しにして僕ぁ、倒れている魔王軍たちを回復させるゼ!」
「私もいるんですけど」
「私もよ〜」
「ひぃぃい、なんで私もなんですかぁ?」
敵に悟られないよう闘技場の周辺に倒れている魔王軍たちをこっそり回復する役は、ニートピアのシャレム、戦場の女神(暗殺者)シャルロッテ、図書館管理人のマナと泣きじゃくるフェイの妖精を含めた四人だ。
「余もだぞ!」
シャルロッテに背負われているのは戦闘不可の魔王ユニだ。
「むむ、戦闘要員少なさすぎやしねーか? 僕とシャルロッテしかいねぇじゃねぇか!」
「なんで自分も戦えることにしているんですか……?」
「僕には隠された力があるんだ……例えば、人から魂を奪いとるとかサッ」
「はいはい、駄猫の話は無視しましょう」
理想郷の精鋭たちがベルソルの注意を惹きつけている時間を無駄にしてはならない。
一人でも多くの魔王軍を復活させて戦況を少しでも傾けるのだ。
全力疾走で走る四人は、最初の一人を見つけさっそく復活しようとしたが―――
「背負っている魔王を置いていけ、さもなければ全員殺す」
「ああ……ああ」
最後尾を走っていたフェイが、何者かに捕まっていた。
首もとに返り血で真っ赤に染まった剣を突きつけられている。
「ラプラ、生きておったかお主」
そこにはジェイクの攻撃に巻き込まれたことで全身傷だらけになった元三大元帥ラプラが、フェイを人質にしていた。
「当たり前だ。魔王軍を次に支配するこの俺が、ここでくたばるはずがないだろ?」
「弱き者を盾にする奴が、大層な目標じゃのう」
煽る魔王ユニの口を、シャレムは瞬時に塞いだ。
「煽るな煽るな! お前が大丈夫でも、ここにいる僕達じゃコイツに手足も出せねぇよ! 穏便に、やさーしく説得を試みるのが得策だっつ―の」
「ぷはっ! 貴様! 余を誰だと心得ている!? 有象無象の人族がこの余の栄誉ある言葉を遮りおって……」
それでも魔王ユニの暴走が止まることを知らない。
彼女にも彼女のプライドがあるのだ。
ところが、それを貫き通そうとするタイミングが絶妙に悪く、ラプラを刺激するには十分だった。
「四秒数えてやる、こちらの要求を飲まなかった場合は躊躇いなく、この妖精の首をはねる」
「まさかご存知ないのですか? 妖精は羽の効果が続く限り、たとえ首を刎ねられたとしても死にはしませんよ?」
シャルロッテが得意げに言うが、背負っていた魔王ユニが首を横に振った。
「殺せる。聖剣の失敗作だとしても、この余をここまで弱体させた剣なのじゃ。刺された時点で、あの世行きじゃろうな」
「……そんな!」
動揺の声を上げたのはマナだった。
今まで図書館の管理を共にしてきた助手が死ぬかもしれないのだ。
落ち着いていられるはずがない。
「館長ぉ……たす、たす、助けてぇ……」
「……四」
ヨダレ、鼻水、涙を垂らしながら助けを求めるフェイだったが、この場でラプラに敵う人物はいない。
「奴は頭が堅い、説得するのも無理じゃ。かといって余を差し出したところで奴が約束を守るとは限らない」
「じゃあ! どうすれば良いのよ!」
マナがめずらしく声を荒らげた。
「……三、二」
「やめて! 殺すのなら私にしなさい!」
それでもラプラは数えるのを止めない。
間違いなくフェイは殺される、それを食い止めようとマナが駆け出す。
「館長おおおお!!」
近づいてくるマナにラプラは剣を振り上げた。
フェイよりも先に、彼女を殺すことにしたのだ。
「……死ね」
ガラン、とラプラの剣が落ちた。
剣だけではない、剣を握ったままの腕も地面に落ちていた。
紫色の血がダラダラと溢れている。
「がああああああ!!」
叫ぶラプラからフェイは泣きながら逃れ、マナに抱きついた。
「お主は?」
「……誰なのですか?」
ラプラの腕を切り落とした人物に、魔王ユニとシャルロッテの二人が困惑した目を向ける。
漆黒のロングコートの破けた裾や襟や袖などが、その人物から溢れ出す膨大な魔力の影響か、まるで燃え上がる炎のように揺れていた。
右手には細長い黒い剣を握りしめており、柄から切っ先まで、収まりきらないほどの量の魔力が循環している。
「俺? 俺は……」
青年は、にっこりと穏やかに微笑んだ。
「―――瀬戸有馬だ」
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