第126話 無謀な交渉


 崩壊した闘技場で、状況を観察していたラプラは奥歯を噛みしめた。

 自信満々に計画を遂行できると言い放ったベルソルが、傲慢の魔術師ロベリアにどこか遠くに吹き飛ばされてから中々帰ってこない。

 戦局も一目瞭然、最悪の一言だ。


「ぐっ……どいつもこいつも役立たずばかりじゃないか。魔王と傲慢の魔術師を弱体化してやったのに、なんて体たらくな……!」


 座席にふんぞり返った魔王ユニは、胸から大量の血を流しながらも表情を変えずラプラと同じように目の前で勃発した戦いを、ただ大人しく見守っていた。

 表情を歪ませるラプラを横目でチラリと見て、そして「プッ」と吹き出す。


「くふふ、生物というのは古来から協力し合って進化するものじゃ。理想郷の連中はどうやら典型的なそれのようだなぁ! いやぁ、非常に参考になるぞ!」

「……ッ!」


 ラプラの癪に障ったのか、二度目の凶刃が魔王ユニの胸を貫く。


「うげぇ、これ気持ち悪くなるから、あんまりしないでくれるか?」

「いつまでもお高くとまるなよ魔王。こっちが不利なのは認める。しかし、それも最初だけだ。もうじき戻ってくる最終兵器のベルソルの手にかかれば、奴等は光に寄せられた害虫も同然、いずれ叩き潰される運命なのさ」

「……あーあ、そこ他力本願でいくのじゃな。どうやら余はお主を買い被りすぎたようじゃ」

「なんだと?」

「三大元帥ラプラの名折れじゃな。余の知るラプラは、こんな他人任せの屑ではなかった。魔王国の勝利のため積極的に自発的に動いてくれる……」

「駒か?」

「仲間じゃ」


 純粋な声だった。

 そこには偽りはない、心からの本音だ。


「国作りだけではない。余がヒュドラの毒を盛られたときも一晩看病してくれた。火山で足を滑らせマグマに落っこちて火傷したときも、まるで自分のことのように心配してくれた。メフィスは大袈裟じゃからな、いつも気絶しておったな。じゃが、どんなときでも余の傍らにいてくれたお主を、疑うはずがなかろう」


 次第に、声に寂しさが宿る。


「悪夢なら醒めてほしいものじゃ」

「……魔官ホドに同感だ。初代魔王シオン様の血を引いているとは思えない、とてつもない甘さ。今さら、思い出話をすれば俺が改心するとでも?」

「頑固なお主の考えを改めさせるわけなかろう。じゃが、魔王の座を与えることは出来ん。余には、まだやり残したことが山程あるのじゃ……がはっ」


 失敗作とはいえ聖剣の及ぼすダメージはゼロというわけではない。

 それを悟られないよう痩せ我慢をしていた魔王ユニは限界を迎え、吐血した。


 ここまで弱った魔王ユニを見たことがなかったラプラは、憂慮を誤魔化すように笑ってみせる。


「密かに戦争を終結させようとしていることは知っている。だからこそ、見過ごすわけにはいかなかった。人族との共存など、初代魔王シオン様の思想に反するからな。魔王国がいずれ辿る未来を描いたような、この理想郷の空気を吸うだけでも吐き気がする」

「そうか? 余は、この国が結構好きだぞ?」


 理想郷を見渡す魔王ユニの瞳は、まるであどけない子供のような輝きを宿らせていた。

 彼女が描き求めた理想が、そこにあったのだ———




 途端に、凄まじい衝撃波が理想郷の西門を倒壊させた。威力はそれだけでは収まることなく、町の建物を広範囲に粉砕していく。


 それを目の当たりにした誰もが、戦いを止めた。

 シャルロッテの【生命感知】を用いらずとも、その男から放たれる埒外の魔力を敵も味方も感じずにはいられなかった。

 戻ってきてしまったのだ、古の巨人ベルソルが。



「遅かったな」

「悪ぃ悪ぃ、あの野郎との戦いでつい我を忘れちまったんだ」


 西門から何キロも離れているはずの闘技場に、巨体をものともせず一瞬で移動してきたベルソルを目で追える者はいなかった。


「どうだ、エリーシャを捕らえることはできたか?」

「見ての通り、無能集団のせいで少女に触れることさえできていない。魔王と、傲慢の魔術師を牽制した今が絶好の機会だと思うが?」

「あとは俺の仕事ってわけか。まったく、割に合わねぇよな……」


 直後、ベルソルの首筋を剣がかすめた。

 ゴォン、と金属を叩きつけたような音が鳴る。

 通常の刃では古の巨人ベルソルには通じない、ましてや同等の魔力を剣に流し込まない限りは擦り傷にもならないだろう。


「……怪物めッ」


 折れた剣を投げ捨て、気配を消して接近していたシャルロッテが悪態をつく。

 気付かれず的確に喉笛を掻っ切る、何千回も繰り返してきた熟練の技が通じなかったのだ。


「怪物? 表舞台から姿を消したからか、久しぶりに呼ばれたぜ! 俺にとっちゃ褒め言葉だがなぁ!」


 寒気、【生命感知】をフル稼働しても未来を先読みすることはできない、だというのにシャルロッテは数秒先に自分が亡骸になって横たわっている姿を連想していた。

 事実、炎を纏ったベルソルの拳の直撃を受けるまであと僅か―――


餓鬼道ガキドウ

聖光庭園ホーリライトガーデン


 重々しいジークの大剣から放たれる紅葉色の閃光、身軽なクラウディアの素早い一閃、合わさった二つの剣技がベルソルの壮烈な突進をかろうじて受け止める。


「今だ! ジェイク! ディミトラ!」


 ベルソルの動きを抑えたジークは筋断裂の痛みを堪えながら叫んだ。

 闘技場の客席に潜んでいたジェイクは魔力で生成した矢を番え、さらに離れた広場にいたディミトラは準備をしていた魔術を解き放つ。


稲妻ライトニング福音ゴスペル

蒼穹ファルマメントカルチェレ


 放たれると同時に、矢は千に増えた。

 さながら夜空を切り裂く、無数の流星群のように。

 タイミングを見計らったディミトラは、滞りなく矢全部に雷の力を付与する。

 電流を帯びたことで魔力矢は威力を増し、ベルソルに降りかかる。


 魔王側の客席が消失するほどの威力にジェイクは「あ、やべっ」と声を漏らした。

 あの場にはジークとクラウディアとシャルロッテもいたのだ、巻き込まれていないことを祈るも束の間、ジェイクの隣に三人が着地する。

 爆発に巻き込まれる前に退避したのだ。


「良かった、無事だったか」

「ええ、なんとか仲間に殺されずに済みましたよ……」

「わざとじゃない! 断じてわざとじゃないぞ!」


 シャルロッテが人を責めるときは暗殺者の目に変わる。

 命の危機を感じ取り、弁明するジェイクの肩に毛先を焦がしたジークが手を置いた。


「皆も周知している、あまり気にするな!」

「そうだぞ、そうだぞ! 余も気にしておらん!」


 と、ジークの足元には横たわっている魔王がいた。


「うおっ! なーんでコイツも居るんだよ!?」

「何を言っている。いくら敵とはいえ、あのままにするのは可哀想だ。負傷者になった以上は死なせはしない。それに昨日の敵は、今日の友と言うだろ?」

「待て待て。お前の志を否定するつもりはないんだけどさ、このチビ助がまだ俺たちの味方とは断言できないぞ」

「なら、ここで切り捨てるのか?」


 非難の目を向けるジークに、ジェイクは首を横に振った。


「そうは言っていない、俺だっていくら魔王とて満身創痍の奴にトドメを刺すようなことはしないよ。けども一点だけ提案がある」


 ジェイクは、横たわる魔王ユニを覗き込むように腰をおろした。


「俺たちが束になっても、あの男に勝つなんざ不可能だ。そうだろ魔王ユニ・ブランシュ・アヴニール」

「お主等が百人に増えてもきっと無駄じゃろうな。この状態の余も、きっと奴には勝てん」

「だよな、なら交渉だ。そこらに、お前さんの可愛い部下が転がっている。見たところ魔族特有の強靭な肉体のおかげで、かろうじて生きているのがちらほらいるようだな」

「ほう……たかが一匹の人族がこの余に交渉とな」

「何も悪い話じゃねぇ。こっちは傷を治す『妖精粉』とロベリア産の回復薬を持っている。これがあればお前さんの部下を全員復活させられる」

「ほほう、魅力的な提案じゃな」

「……代わりに部下どもに全員、協力するよう命令しろ」


 理想郷だけで倒すことは絶対に不可能だ。

 足止めをしたとはいえ、あの連携を永遠に続けることはできない。

 運が良かっただけなのだ。


「不本意だと思う、こっちもそうだ。けどな、理想郷と魔王軍が共闘すれば倒せずともロベリアが戻ってくるまで時間を稼げるかもしれない」

「よいぞ」


 一カバチかの交渉を試みるジェイクに、魔王ユニはすぐに答えた。


「は?」

「へ?」

「え、今なんつっ……」

「だから、よいぞと言った。余の部下どもを使え。勝てるのなら賛成じゃぞ!」


 あまりにも呆気なく、元気な了承を得た。


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