第125話 化け物集団



 崩壊した闘技場の下敷きになった賢者シャレムを引っ張り上げたのは戦場の女神シャルロッテだった。


「情けない声が下からしたので誰かと思えば、毎日ロベリアさんを困らせている穀潰しではありませんか」

「誰がニートだゴルァ!」

「言ってません、土に還ってください」

「やめてやめて」


 シャレムを瓦礫の中に戻そうとしたシャルロッテを、背後から切りつけようと静かに近づく黒装束がいた。


 しかし、暗殺業界で磨き上げたシャルロッテの五感はヤワなものではない。

 微かな空気の揺れに気づき、双剣で背後の黒装束を瞬時に八つ裂きにする。


 頬に付着した返り血をぬぐい、シャルロッテは人を殺したことなど意にも介さず言った。


「敵ならば殺しても、構いませんよね?」


 それを目の当たりにしたシャレムは青ざめた顔でぶるぶると震えながら何度も頷く。


「や、やっちゃえ、バーサー◯ー!」

「貴女の指示なんか誰が聞きますか。さっさと避難してください、邪魔ですので」

「そ、それはできない!」


 シャレムはさっきまで自分が埋もれていた位置に座り込み、素手で瓦礫を取り除き始める。


「瓦礫の下には僕の新しく開発した武器が埋もれちゃっているんだ。理想郷の最終兵器と断言してもいい、コレがあれば魔王軍を蹴散らせる!」

「いつのまに闘技場の下に……ロベリアさんに許可は?」

「ふふ、もちろん取っていないさ!」


 キリッと自信に溢れた顔で、シャレムは言ってのけた。骨の髄まで適当な女だと、シャルロッテは呆れて肩を落とす。


「勘違いしているようですが、この被害は魔王の手によるものではありません。あそこを見てください」


 シャルロッテは魔王軍側の観客席があった方を指差した。


「ええ! 魔王が死にかけてる!?」

「いえ、私の【生命感知】によると、あれは一時的な弱体化。動かずとも絶命することはありません」

「うへぇ、そんな高等魔術も使えんのかよ」

「標的をバッチリ仕留めたのかを確認する必要がありましたからね。私のいた業界では、使えて当たり前の魔術です」


 前職が暗殺者なのは内緒だが、シャルロッテの含みのある発言や戦いで、すでに八割の人にバレていることを彼女は知らない。


「私も手伝いましょう」


 双剣を鞘へとしまい、シャルロッテもシャレムの手伝いを始めた。


「え、手伝ってくれんの? わんさかいる敵に邪魔されないように守ってくれるだけでいいんだけド」

「非力な貴女だけでは、その兵器とやらを掘り出すころには日にちが変わってそうです」

「なにをぉ! この世で最も恐ろしい『堕落』という名の試練で鍛え上げた僕の腕を舐めるなよ返り血女!」

「それに、心配するだけ無駄ですよ。この程度の事態、窮地とは呼べません―――」


 シャルロッテの感知範囲内にいる謎の黒装束の数は五百人。

 それが数時間経って、もう半分に減少していた。







 右腕のへし曲がった男が、荒々しい呼吸を繰り返しながら跪いている。

 足元に落とした刀を拾い上げられないほど、男の体力はもう底を尽きていた。


 かなりの手練れだった、ジークやクラウディアにも匹敵する腕前だ。

 だが、それだけではエリーシャの並はずれた剣術には到底及ばない。


 どこの流派でもない我流に、男は潔く負けを認めるしかなかった。

 圧倒的にも限度があるとはこのこと。


 剣を握って数十年、日々の鍛錬を怠らず、幾度の死線をくぐってきた歴戦の猛者が、数年前まで戦いも知らなかった小娘に打ち負かされたのだ。


「ロベリアが戻ってくるまで大人しくしてください。言うことを聞いていただければ、命までは取りませんから」

「ふふ、私だって和の大国では一流の剣士と呼ばれていたんですよ? それが徹底的に打ち負かされただけではなく、情けもかけられるとは……生粋のお人良しなのか、それとも意図的にプライドを叩き割ってきているのか」

「罪のない人々を傷つけたのに、自分だけ無傷で帰れるとでも?」

「……!」


 男の発言に、温厚なエリーシャも激情せざる得なかった。

 謎の黒装束の組織がもたらした被害に比べれば、プライドが折れたぐらいで重傷者ぶったこの男が許せない。


 戦争で故郷を失った人族と魔族が平等に共存できる平和な国を、寝る間も惜しんで築き上げようようとしたロベリアがどれだけ苦労してきたのか知らないから、好き放題に壊せるのだ。


「私を連れていくのが、アナタたちの目的なら全力でかかってきてください。ロベリアの出る幕もなく、返り討ちにしますから」


 彼女らしくもない言葉が、次から次へと口から吐き出されていく。

 男は命の危機を憶え、颯爽とその場から退場しようとしたが、小指すら動かす余裕もなくみぞおち辺りを鞘の先端で突かれる。


「とりあえず眠っていてくださいね」


 ドス黒い何かが宿ったような瞳で、意識を失っていく男に軽蔑の眼差しを向けながら最後、言い捨てた。





「ハハハ! こちらが本気を出すまでもないな! やはり、背後を突くような連中はこの程度! お前もそう思わないかクラウディア!」

「ふん、全くだな。訛りきった根性、私が直々に叩き直してやる」


 楽しそうになぎ倒していく竜騎士ジーク、厳しめに切り捨てるクラウディアに黒装束の集団が倒れていく。

 理想郷を守るため、そして半分は試合に出場できなかった鬱憤を晴らすための血祭りである。




「ろべりあの国をこわすやつは敵! オデのてき!」


 黒装束が十人ほど固まって攻撃魔術を放つが、防御力トップクラスのゴエディアにはかすり傷にもならない攻撃だ。


 ゴエディアは自慢の分厚い上腕二頭筋で、十人の黒装束を纏めて魔力を帯びたラリアットで軽々しく吹き飛ばす。


 衝撃で自らの服を破いてしまい、常軌を逸した筋肉を曝したゴエディアを目の前にした残りの黒装束の集団は、男として勝てないと本能で悟り次から次に尻尾を巻いて逃げていく。





「―――土足で踏み入ったことを、せいぜい後悔させてやりましょう」


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