第82話 連れて帰ってきた少女



「ここに置いてあった黒い本を知らないか? 俺のなんだが……」


「……」


「……」


 ジーッと見つめてきたまま何も言ってこない。

 なんなの、この無駄すぎる無言の時間。

 いや、気がかりなことが一つだけ。


 この少女、羽が生えていない。

 妖精族じゃないのか?


「私だ」


「は?」


「……」


 いや、何が?

 ここにあった本を見なかったのかの返しが「私」とか答えになっていないのだが。

 てか肝心な部分で黙らないでくれるかな!?


「ここに無いのなら、この根城のどこかにいるオルクスを探しだして直接聞くしか……」


 いちいち子供に構ってはいられない。

 精霊樹に入れるということは、ここの関係者か何かだろう。


 それよりもオルクスなら魔導書の行方を知っているかもしれない。

 顔を合わせたくないのが本音だが、一刻の猶予もないので文句は言っていられない。


「待て。置いていくな」


「っ!」


 部屋から出ようとした瞬間、首根っこを掴まれる。

 バルコニーでずっと佇んでいた、あの少女だ。

 ちょっぴり怪訝そうにこちらを見上げていた。


「ん」


 何かを差し出された。

 魔導書だ、最初からこの子が持っていたのだ。


「……貴様、これを―――」


「侵入者だ! 侵入者を二人発見したぞ!」


 廊下の奥にある階段から上ってきた妖精の兵士に見つかってしまう。

 侵入者が二人って、まさかこの少女も含まれているのか?

 え、知り合いじゃないなら、ええい考えるのは後だ!


 ポカンとした表情で立ち尽くす少女を抱き上げ、窓ではなく開いたバルコニーから飛び降りた。


 精霊樹のそこらが騒がしくなってしまった。

 とりあえず捕まるのは勘弁なので少女を抱えたまま、この場から退散するのだった。






「―――という事があってな。面倒をかけてしまうかもしれんがマナ、この子供の面倒を少しの間だけ見てくれないか?」


 精霊樹に忘れた魔導書を取りに行ったこと、この少女とそこで出会い、妖精達に追われたことも全部話す。


「ええと、つまりは、その子と貴方達は知り合いではないってことでいいのかしら?」


「ああ、そうだ」


「なのに随分と仲が良さげで……」


 さも当然のように少女は、俺の膝の上にちょこんと座っていた。

 初めて会ったにしては距離が近いのでは、と誰もが思うことだろう。

 安心しろ、俺もそう思う。


「キャー! 可愛いぃい! お人形さんみたいに小っちゃくて柔らかい~!」


 エリーシャはものすごく嬉しそうだった。

 まるで近所の赤ん坊を見たときの主婦のリアクションである。

 頬をつんつんしたり、頭をなでなでしたり完全にメロメロになっていた。


 だが少女はそれを鬱陶しく感じたのか、


「触るな」


 バシッとエリーシャの手をはらった。


 まるで長年も探し続けた因縁の相手を見つけだした時のような、鋭い目つきでエリーシャを睨みつけた。


「え、えっと、ごめんね……私なにかイヤなことをしちゃったのかな?」


「……ぷい」


 顔をそらし、胸に寄りかかってきた。

 巣に戻った雛鳥のように、少女は居心地のよさそうにしていた。


「ロベリアさんにゾッコンのようで熱々やの~。こりゃ勝てんわ、諦めるしかなさそうだぞエリーシャ」


 ニヤニヤしながら何かを言ってるシャレム。

 謎の少女に好かれるなんて、ラノベの中だけの展開だと弁えていたが、まさかそれを体験する日がやってくるとは。


 しかし、いざ直面すると『喜び』よりも先に『困る』の方が大きいのは何故なのか。

 変態ヲタのような可愛い子だーやったー、なんて卑猥な感情が一切湧いてこない。


「……」


 少女は唇の端をつり上げ、勝ち誇ったように微笑していた。

 エリーシャを挑発しているのか、わざと見せつけているようだったが。


「きゅんん……可愛いなぁ~」


 純粋なエリーシャには、それがどういう意味なのかが伝わっていないようだった。

 不発であると気づいた少女は恨めしそうに眉をひそめながら、胸に顔を埋めてきた。


「まるで、兄妹のよう」 


「それより親子じゃね?」


 ゴエディアが微笑ましそうに言った。

 だがシャレムはぴんときてないのか首を傾げて訂正する。


 親子。

 確かに年齢的にそうなるな。

 これで兄妹設定はあまりにも無理がある。

 いや、案外なくもないことだが。


「じゃあ、そのぉ……私はお母さんってことでいいの……かな?」


 もじもじ照れ照れと顔を真っ赤にするエリーシャの発言に俺は、雷を打たれような衝撃を受ける。

 そんな遠慮がちで言わなくても!

 こちとら大歓迎ですよマイハニー!


「……好きにしろ」


 堪えず頬を赤らめてしまう。

 これではツンデレムーブをしたみたいじゃないか、恥ずかしい。


 胸の中で、少女がむくれているのが見えた。


「そういえば貴様、名はなんだ?」


「……」


「聞いているんだ、答えろ」


「……クロ」


 クロか。

 黒髪だし、しっくりくる名前ではあるな。

 どういう経緯であの精霊樹に居たのかは分からないが、妖精達の狙われの対象なら一人にするわけにもいかない。


「どうして、あそこにいたんだ?」


「……」


 答えてくれないか。

 まあ、子供だろうと話したくないこともあるか。

 いずれ話せばいい。


「エリーシャ、クロのことを頼んだぞ」


「えっ、ロベリアどっか行っちゃうの?」


 敵軍は妖精王国を囲む、森の外にいる。

 戦力が未だに明らかになっていないのでは有利なのか不利なのかが分からない。

 魔力障壁が消えれば一気に攻め込まれ、制圧される可能性もあるのだ。


 なら、俺が行くしかないだろ。


「ん、そっか……分かったわ」


 まだ何も言っていないがエリーシャは納得したように頷き、寂しそうに笑った。

 本当は行って欲しくないのか、強がっているように見えた。


「クロ、母さんの言うことをしっかりと聞くんだぞ?」


「やだっ」


「お母っ……!」


 まるで蒸気機関車のように煙を吹き出し、よろけるエリーシャを堪能しながらクロを膝から下ろす。


「ゴエディア、みんなを守ってくれ」


「うん、オデがんばる」


 ゴエディアの防御力はこのメンバーでもトップクラスだ。

 優しくて真面目だし、頼れる男だ。

 みんなのことは彼に任せよう。


「シャレムは……」


「おう」


「……」


「なんか言えよ!?」


 ごめん、何にも思い付かない。

 死ぬな! 頑張れ!

 ぐらいのエールしか送ってやれないのだがキャラじゃないので止めておこう。


「必ず、帰ってきてね。待ってるから」


「ああ、約束する」


 エリーシャを残して、死んだりはしないよ。

 この戦いが終わったら、必ず帰ろう。

 みんなで、理想郷へ。



 それを真横で、クロは不機嫌そうに見ていた。

 無表情だけを貫いていたと思っていたのだが、意外にも表情豊かだなこの子。


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