第83話 敵陣



 長年もの時を経て、ようやく妖精王国フィンブル・ヘイムの居場所を突き止めたアステール帝国軍は精霊教団と結託し『妖精狩り』を称し、二つの同盟国と共に進軍を開始させていた。

 正確な人数は一万六千人、同盟各国の最高の戦力が集結している大軍である。


 手始めに、妖精に対して有効な生物兵器を妖精王国へと解き放ち、様子を見てから魔術師の部隊による魔術の一斉攻撃が行われた。

 しかし数時間後、妖精王国を囲むほどの魔力障壁が展開されたことで全軍での制圧作戦は一時停止になってしまう。


 尚、全軍を指揮する権限を持っているのは、帝国軍でも最凶最悪と呼ばれた兵力によって編成された『オウガ部隊』を率いる少佐カルミラ・フェリーチェである。


「あれほど巨大な魔力障壁を作れるのは妖精王しかいない」


 設営されたテントの中で、それぞれの部隊を担う隊長による作戦の会議が行われていた。

 その場には『精霊教団』の魔術師を率いる大司祭オレンべリア、元『英傑の騎士団』ギルドマスター兼勇者ラインハル、リグレル王国騎士団団長ロドリゲス、主力三人が参加していた。


「あれに穴を空けるとなると最大火力で削るしかないんだが、こちらの軍の大幅な消耗に繋がるため却下とする」


 腕を組み、テントのそこらを歩き回りながらカルミラは淡々と説明した。

 心なしかつまらなそうにも見えるため、仕方なくやっている感が否めなかった。


「帰路のための物資はそう多くはない。だが成果もなく帰ることは許されない。多少のリスクを覚悟し、あの魔力障壁が消滅するまで森を包囲しながら粘るとしよう。森へと駆り出した偵察部隊にはちくいち報告を受けるので、各自大きな変化があるまでは自由行動を許そう。だが常に準備は怠らないように……ふぁい、以上。解散」


 三時間に渡って行われた作戦会議が、欠伸をするカルミラによってお開きとなった。



 ようやく終わった会議の後、カルミラは真っ先に自分のテントへと戻った。

 ブーツ、手袋、隊服の上着を脱ぎ捨て、シャツ一枚になった彼女はベッド代わりに使っているソファに倒れ込んだ。


「ふぃ~。やっと休めるぅ~」


 柄にもなく会議の進行役を担ったせいかカルミラは普段よりも疲労を感じていた。

 頭を使いながら長話をするのが大の苦手である。

 それより体を動かしたいという典型的な体育会系の思考を持つ彼女にとっては息苦しい空間でもあった。


 ひと時の休息に興じたいという願いが。ようやく叶ったと思った矢先、テントの外に立つ人影に気付いてしまう。


「カルミラ、ちょっといいかな」


 その呼びかけに応じるべきか居留守を使うべきか迷っていると、なぜか許可を降ろしていないといのに、相手は無礼にも入室してきたのだった。

 万人の兵を率いる指揮官の堕落した姿を、その双眼で焼き付けてしまった相手はポカンと立ち尽くした。


 それもそうだ。

 上半身を覆っているのはシャツ一枚、下は下着のみ。威厳ある左官とは到底想像できない醜態を目の当たりにすれば驚くのも無理もない。


 だがカルミラはそれどころではなかった。

 見られてしまったことへの羞恥で震えるのではなく、許可もなくテントへと入ってきたこと、視線をそらすことなく自身の醜態を見続けていることに怒り心頭だった。


「あ、え……えっと」


「ぶち殺す」 


「あの、カルミラさん、ちょっと……!」


「いつまで見ているつもりだこの馬鹿者がぁ!」


 顔面に強烈な一撃が叩き込まれた。

 地盤が揺れるほどの無茶苦茶な威力。

 誰もが敵襲では? と勘違いするほどの轟音。


 カルミラのテントに駆けつけた兵士達が目にしたのは、地に寝そべっている顔面の陥没したラインハルだった。


 王国兵が恐れる一方、帝国兵は皆ラインハルの愚行に、ただただ呆れるのだった―――

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