第84話 王国騎士団vs傲慢の魔術師
「妖精族が魔王の軍門から抜けた、というのは世間の認識にすぎない」
カルミラはそう言い切った。
この作戦にいまだ納得のいかない勇者の考えを改めるためだ。
「だけど長い間、人族と敵対していないし、こちらから仕掛けるのは流石に早とちりじゃ……」
「まんまと術中にはまっているなぁ不埒者」
「ふ、不埒者ぉ!?」
軍人とはいえカルミラは女性だ。
返事も待たず、無遠慮に女の部屋に入ってくる男性はみんな不埒者だ。
「奴らが大人しく潜んでいたのはな、隙を伺っていたからだ。なにもしなければ手を出してこない人族の甘さに浸けこみ、魔王が注意を引いているうちに我々を背後から狩るという魂胆だった。と言えば納得してくれるか?」
「な……なるほど」
「同情するのなら勝手にやってもいいが、人族を脅かす種であることを忘れるなよ」
「そう……だな、俺が間違っていたよ。これも人類の為だもんな」
つくづく操りやすい男だとカルミラは心の中で嘲笑った。
帝国の本来の狙いは、妖精を一匹残らず排除することではない、もっと深いところにあるからだ。
それを知れば勇者ラインハルも二つの王国も手を貸したりはしないだろう。
妖精狩りは精霊樹の何処かに眠っている○○を入手するための建前にしか過ぎないのだ。
銀針の十二強将。
12刻 ―――帝国の鬼人カルミラ。
任務を遂行するためなら、誰であろうと利用する鬼と呼ばれた女である。
「……うむ?」
自由行動を言い渡されたロドリゲスだが、真面目な彼は仕事をサボれるはずもなく部下たちの代わりに見張りに勤しんでいた。
数時間、岩場から妖精王国の監視を続けていたがコレといった変動はなかった。
本日は何もせずに終わるかと思った矢先、妖精王国を囲んでいた魔力障壁に大きな穴が空いたのである。
それも野営をしている場所から反対側の南方だ。
「ついに潮時か?」
妖精王の展開した魔力障壁と聞いていたが、まだ一日も経っていないのに穴が空いてしまうとは興醒めである。
まさか、我々が休んでいることを良いことに国民全員で逃走を図ろうとしているのか。
だが、森にはロドリゲスが直々に指南した最強の騎士団らを配置している。
そう簡単に切り抜けることはできない。
馬に乗り込んだロドリゲスは騎士達を引き連れ、南へと走り出した。
「……な、なんなのだ、これは?」
だが、到着してすぐ彼の目に入ったのは仲間達の亡骸である。
まるで嵐が過ぎ去ったような現場に恐れおののく騎士が続出した。
亡骸の中には殺されず気を失っている者もいたが、これをやれるのは相当な腕の持ち主しかいない。
すぐにでも陣地へと撤退しようとしたロドリゲスだが、時すでに遅かった。
そこら中から騎士達が悲鳴を上げていたのだ。
「敵襲だ! 迎え撃て!!」
ロドリゲスがそう叫ぶと同時に、隣で馬を走らせていた騎士の頭が射ぬかれた。
続いて前、後ろ、脇を走っていた騎士達が次々と倒れていく。
その光景に戦慄しながらもロドリゲスは敵を探し出そうと奮闘するのだが、相手は完全に暗闇に溶け込んで攻撃をしてきている。
百人もの被害者を出してしまったことを情けなく思いながらロドリゲスは剣を抜き、空を切った―――【絶聖斬】!!
あまりにも高い切れ味に、眼前にあった太い樹木が一気に斬り倒されていく。
ロドリゲスは微かだが異様な気配を放つ、一人の存在を感知したのだ。
そして読み通り、そこには黒い本を手にもった魔術師が立っていた。
騎士団団長を勤め、かの最強の『聖剣士』に腕を認められたロドリゲスの本気の斬撃が直撃したはず、なのに魔術師は無傷だった。
ロドリゲスは生まれて初めて畏怖を覚えた。
剣の腕を研磨するため人生のほとんどを費やしたというのに、いとも容易く弾かれたのだ。
「まだだ……まだっ!!」
馬から飛び降り、ロドリゲスは魔術師へと突進する。
光の速度を越える速さで移動し、聖剣士から伝授した最上最強の剣技【
「――いや、お終まいだ」
切っ先を指でつままれ、勢いを殺される。
すると魔術師はさも当然のような口調で終わりを宣言し、ロドリゲスの胸を何かが貫いた。
あまりにも一瞬だった為、避けきれなかった。
致命傷を負ったロドリゲスは動けなくなり、その場に倒れ込んでしまう。
「ぐっ……うぅ……」
今まで積み上げてきたものを簡単に崩されてしまったことへの悔しさなのか、地に伏したロドリゲスは唸り声を上げた。
「見事な剣技だ。あれ程の腕なら、あと数年すれば極致にも至れたただろうな」
ロドリゲスのすぐ傍らで、地面に片方の膝をつけた男は敬意を込めるようにして言った。
「来世また会うことがあれば、またやりあうとしよう―――」
できるだけ苦しみを長引かせないよう、魔術師はロドリゲスに止めを刺した。
森にいた騎士を残らず殲滅した。
それでも魔術師ロベリアの戦いは終わらない。
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