第85話 精霊教団vs傲慢の魔術師
「くくく、血の臭いがしてきましたなぁ……ふひひひ、ひゃはははっ!!!」
精霊教団大司祭オレンべリアが舌なめずりをする。
そして半狂乱に嗤う姿は、聖職者ではなくサイコパスそのものだ。
しかし神への信仰心はこの場にいる信徒の誰よりも強いのが、彼女だ。
「ミア様ぁぁああ、どうかぁ私めにご加護をっ! 妖精どもを一匹残らず殺せるほどのご加護をくださいっ!!」
「お、お取込み中に申し訳ございません大司祭様。準備の方が整いました」
「……!!」
嗤いが止まり、静けさが訪れる。
タイミングが悪かったのか信徒は冷や汗をかいた。
「おお、時間通りです。いやぁ、君達のような有能な信徒が側にいてくれて助かりましたよ」
信徒の肩を叩き、仏のような穏やかな表情で言った。
先程までの心酔っぷりは何処にいったのやら、恐ろしくも思う切り替わりに信徒たちは動揺を露わにする。
中には慣れ親しでいるのか、反応すらしない者たちもいた。
この女がイカれていることだけが事実である。
「では手筈通りに行きますよ! 敵の数は不明! しかし騎士ロドリゲス殿が帰ってこないということは既に敵に討たれてしまったのかもしれません! なので手を抜く必要はありません! 森をすべて焼き払ってでも敵を見つけ出しなさい!」
「「「はっ!!!」」」
予定通り、信徒たちは整列する。
そして全員が同様の魔術詠唱を開始し、広い範囲の魔法陣が発生。
赤い線の魔法陣は炎属性を意味する。
オレンべリアの指示に従って、信徒たちは本当に森を燃やす気でいた。
詠唱が最終段階に突入すると、百を超える灼熱の炎の球体が生成される。
―――【
百の炎が一つ青い炎へと収束していき、次第にそれらを全て合わせた巨大な炎の塊が空を覆った。
小さな島なら、まるごと吹き飛ばせるほどの火力だろう。
妖精王国に張られた魔力障壁を破壊することは出来なくても、森に潜んでいるであろう敵を巻き込むことは安易だ。
それに木々を全て焼きはらえば妖精達はカムフラージュを失うことになる。
騎士たちが出撃するよりも前に、この大魔術を実行すれば良かったのではという反省点には耳を塞ぐことにしよう。
「大司祭様! 男が近づいてきます!」
信徒の一人が叫ぶ。
オレンべリアは訝しげに森の方に視線を移動させた。
大柄の、黒いローブの男が歩いていた。
この大魔術を前にしても、まるで散歩をしているかのような何気ない顔で、歩いて来ていたのだ。
その正体を知って、大勢の信徒らの顔が蒼白に染まった。
「心を乱されてはなりません! 我々は神の寵愛を受けた選ばれし信者なのですっ!」
オレンべリアは戦意を削がれていく信徒たちを鼓舞した。
「敵が如何に強大な存在であろうと関係ありません! 我々の信仰心ならば、傲慢の魔術師をも打ち破れるはずです!」
「うぉおおっ!!!!!」
百人もの精霊教団上位魔術師による合成魔術は、S級の魔物ですら一撃で屠るとされている。
島一つ容易く消し去るほどの火力を誇ったこの魔術は核爆発に匹敵するだろう。
そして敵と見なされた魔術師へと、それは無常にも放たれるのだった。
「……その程度の魔術など、いくらでも作れる」
高熱にさらされても顔色一つ変えず、魔術師は指先から黒い炎を生み出す。
精霊教団の放った魔術と比べれば、微量な火力でしかないと思われるだろう。
魔術師はむかってくる圧倒的熱量の炎にめがけて黒い炎を口で吹き飛ばした。
あまりにも差がありすぎると、油断していた信徒たちは次の瞬間、畏怖するのであった。
衝突した二つの魔術が、片方を飲み込んだのだ。
青い炎ではなく、魔術師が放った黒い炎の方である。
「なっ――――!!!」
退避命令を出そうとしたオレンベリアだったが、巨大化した黒い炎から逃れることができるはずがなく教団信徒らは一人残らず飲み込まれてしまう。
同時に大爆発が発生。
天を裂くほどの禍々しい漆黒の柱が空へと昇った。
それより遠くに離れている野営地から、最前線の戦いを観戦していたカルミラはひそかに不敵な笑みを浮かべるのだった。
(あれでは騎士団と精霊教団は全滅したようなものか。一瞬にしてこちらの戦力を三割も削るとは、面白いじゃないか。夜はまだ長い……せいぜい羽虫どもの国を守ってみせるといい、傲慢の魔術師ロベリアっ……!!!)
オリンピア高原の時計塔。
時を刻む銀針が、ある二つの数字を指すように止まった。
――――傲慢の魔術師。
――帝国の鬼人。
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