第81話 消えた魔導書
想像していたよりも辛い過去に、言葉を失う。
まさか、彼女がそこまで酷いことをされていたとは。
さすがにコンプライアンス的にゲーム内では公開できない残酷な内容だな。
妖精があそこまで人族を憎しむわけが、ようやく理解できた。
特に、妖精王の側近のオルクスが救われない。
自分の娘がそんな酷い殺され方をされれば、誰彼構わず恨みたくもなるだろう。
隣でエリーシャがすすり泣いているのが聞こえた。
感情移入をしたのだろうか、まるで自分のことのように悲しそうにしていた。
「………そうだったのか」
他に、言葉が思いつかなかった。
「ごめんなさいね、自分の話ばかりしちゃって。だけど妖精族が、特にオルクスが君たちの国への援助を良しとしない理由を知って欲しくてね。でも……それでも! 目に見えるだけの世界に籠るのは、間違っていると思うの!」
椅子から立ち上がったマナは、深々と頭を下げた。
「だから、どうか妖精族を、同胞のみんなを無意味な呪縛から解いてください! お願いします……私たちを、助けてください……!」
人族から受けた痛みは、生半可なものではない。
それでも尚、マナは妖精族の未来を想って頭を下げたのだ。
「……」
「ロベリア、何処に行くの?」
何も言わずに椅子から立ち上がり、図書館の外へと出ていこうとした俺をエリーシャは呼び止めた。
「忘れ物を取りにいくだけだ」
まだ精霊樹の部屋に置いたままになっている。
もし処分されていたとしても原型は保っているはずだ。
あれは燃やせないし、破けもしない物だからな。
「それとマナ。しかと受け取った、その覚悟を」
それを聞いたマナの表情が、ぱあっと明るくなる。
王国を囲んだ魔力障壁が、如何に強力であろうといずれは消えるもの。
そうなれば敵は一斉にフィンブル・ヘイムに攻め込むだろう。
それを食い止められる者は、此処にしかいない。
図書館から出た俺は、さっそうと精霊樹へと向かった。
敵の正体、狙いが何なのかは分からない。
それでも妖精王国に攻撃を仕掛けたのなら、このロベリア・クロウリーの敵だ。
――――
精霊樹にたどり着き、魔術で一気に上階へと飛び上がる。
正面には避難した妖精や守りを固めた兵士で一杯になっていたため堂々と突き抜けるわけにはいかなかった。
勢いをつけたまま全身で窓を割り、中へと侵入する。
周りに兵士はいないため、すぐにその場から離れ、記憶を頼りに部屋を探しまわる。
そして、すぐに部屋を見つけ出せた。
扉をそっと開け、そろりと中を見回す。
部屋には、まだ荷物が残っていた。
ええと確か、机の上に置きっぱなしにしていたような。
あれ、無い?
魔導書が、どこにも無い。
オルクスから夜襲を受けたときに、そのままにしていたはずの魔導書が無くなっている。
周囲にある家具をひっくり返しながら血眼になって探す。
それでも、やはり何処にもない。
まさか、誰かに盗られたのか……!?
「……」
「……っ!」
バルコニーの方から、こちらをジッと見つめる黒髪の少女がいた。
薄暗い部屋で、音も立てず一人で佇んでいるとか、あまりにも不気味すぎるシチュエーションだったので思わず驚いてしまった。
「……」
キャラ崩壊とも言えよう驚きっぷりを前にしても少女は無言、無表情のままだった。
これが、無言の圧力というやつ……!?
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