第171話 笑う門には
古来から和の大国は、外国との交流や貿易を禁じられている。
異文化を持つ他国との干渉は、長きにわたって築き上げてきた不変を崩壊するきっかけになりかけないと危惧されてきたからだ。
古きよき文化への固執によって和の大国は実質な鎖国国家であり、他国からの立ち入りは許されておらず、その逆も然り国外に出ることは死罪に値する。
陸は無論、漁以外の目的での航海もご法度なため、漁業を本職にしている者しか船建造は許されていない。
不法船建造が領内にいる役人の耳に届けば、拷問を受けた末に処刑される。
なので、好き好んで海を渡ろうとする無謀なモノ好きはいない。
ある人物を除いて。
「だーかーらー! そこを何とかと何度も頭を下げているであろう! 親っさん!」
「うるせー! ついこないだ資材をタダで分け与えたばかりだろうが! あの時もどうしても〜どうしても〜って泣きついてきやがるから分けてやったが今回はナシだ! 帰ぇれ!」
契りの領にある海に面した”海鳳”の町。
住宅工事中の現場で、大工の親方に頭を下げる女性がいた。
どうやら建築用の資材を分けて欲しいと懇願しているようだが、大工の親方は断固拒否した姿勢のまま女性を現場の外へと引きずり出した。
「こんなに頼んでいるというのに、親っさんには人情というものがないのだな! 失望した!」
失望した割には笑顔を絶やさない女性に、大工の親方は脳天にゲンコツを落とした。
「痛った!?」
「小娘のくせに生意気な口を聞きやがってからに……お前さんの夢にとやかく言うつもりはねぇがなフウカ、俺はまだ認めてねーぞ。航海をするための船を造ろうだなんてな」
大工の親方は、痛がる女性フウカに精悍な目つきを向けながら言った。
この領に限らず、武の領、鬼の領、和の大国全土での船建造は禁止されている。
好き好んで法を破ろうだなんて馬鹿はいないが、フウカだけは違った。
「危険は承知のつもりでいる。だが、それが例えどんなに険しい道のりであろうと、夢を諦めることは我にはできない」
「死んだあとにも、同じことが言えるのか! このバカタレ!」
「ああ、死んでも叶えてやるつもりさ! ハッハハハハ!」
真剣に忠告しているつもりだったが、フウカはどこ吹く風で笑っていた。
能天気すぎて大工の親方は頭に手を当て、深いため息を吐いた。
「では資材を分けてもらおうか!」
「厚かましいのも大概にせえええい!!」
もう一発ゲンコツが炸裂することになったが、かつて娘のように可愛がっていたフウカの頼みと迫力のある圧に押され、大工の親方は彼女に資材を分け与えたのだった。
――――――
フウカは貰った資材を荷車に乗せ、誰も付いてきていないことを確認してから秘密のルートで造船場を目指す。
舗装の行き届かない森の中を通ることになるため普通なら進むのは簡単ではないが、フウカは荷車を軽々しく引きながら鼻歌を歌っていた。
資材が落ちないようバランスを取り、木にぶつからないよう左に曲がったり右に曲がったりして大きな動作を取ったりしたが、彼女が微塵も疲れる様子はなかった。
フウカにとって何年も通い続けた道なので体が勝手に慣れたというのもあるが、単純に体力バカなのである。
「うむ……?」
だが、いつも通っていた道の先に、人がいた。
フウカは足を止めてすぐに隠れようとしたのだが、道の先にいる人物が倒れていることに気がづく。
全身ボロボロのみすぼらしい格好をした少年だった。
流石に放っておけなかったフウカは、少年の傍らまで近づいて呼吸を確認する。
(生きているが、このまま放っておいたら死んでしまうな……)
秘密のルートを含めて、造船場の場所を他の人間にバレるのはマズイのだが人命に関わるとなるとフウカに迷いはなかった。
少年を肩に担いで、造船場へと急ぐのだった。
「何やってんすか大将!」
「部外者を連れ込むべきではない。今すぐ、そこら辺に捨ててください」
「いやいや、フウカさんのお人好しは今に始まったことじゃないでしょ。きっと大丈夫よ」
海岸の岩場にある巨大な洞窟の中には船を造るためのスペースと生活スペースに分けられており、かなり広々とした造船場である。
そこにはフウカと同じ船大工が三人、反対する男二名と肯定する女一名が激しめの口論を繰り広げていた。
それもそうだ、自分たち以外に知られてはいけない場所にフウカは部外者の少年を運び込んできたからだ。
「仲間同士で喧嘩をするでない!」
口論をする三人を、フウカは洞窟に響くほどの声で黙らせた。
ピリ付いた空気が一転して、三人の視線がフウカに集まる。
「いや、だって大将がガキを連れ込んできたから……」
「仕方ないだろう。森の中で死にかけている子供を見捨てられない。それに我は応急処置ができないからな。三人がいなければ、あの子はきっと死んでいた」
なんやかんや反対していた男性陣も応急処置を真摯に手伝っておりフウカと同じお人好し連中である。
「そ、それはそうだけどよ。危険な橋を渡るわけにもいかねーし」
「ケンシン、サブロウ、我々は常日頃から危険な橋を渡っている。あの子を連れ込もうとそれは変わらない。我は、あの子を助けたい。それでは駄目か?」
「ぐ……ぬぬ……大将の頼みを断れねぇよ……」
ケンシンと呼ばれた青年は諦めたように言った。
その横で、ケンシンより少し年下の青年サブロウも腕を組みながらため息を吐く。
「ほらねー、だから無駄な口論なんか必要ないの。納得したなら、さっさとご飯の準備をしましょ」
「おお、もう飯の時間か! セイラ!」
「あの頭の固い親方から資材を貰えたんだから、その祝いで今夜は腕によりをかけて作るね」
三人の中で一番年上の女性セイラは、勝ち誇った顔を浮かべ、夕食の準備をするために倉庫にある食材を取りに行くのだった。
「それでは、この話は以上だ! 我は、奥の部屋に眠らせておいた少年の様子を見てくる」
ほとんどの部屋には木材やら道具やら置いているため、仕方なく少年は一番マシな空き部屋に寝かせている。
まだ寝ているかもしれないので、静かに部屋に近づいて音を立てないように扉を開く。
だが、布団の中には少年の姿はなかった。
「……あああああああ!!!」
頭上から声が聞こえたフウカは、すぐさま天井を見上げた。
少年は手に持っている刃物をフウカに突き刺そうとしていたのだ。
「甘いな」
フウカは驚いた表情を浮かべず、余裕で刃物を奪い取り、そのまま少年を壁へと投げつけた。
天井で待ち伏せをして部屋に入ってきた者に襲いかかる。
怪我人にしては元気そうでなにより、とフウカは逆に安心して笑った。
「若いのは元気いっぱいで良いものだな」
先ほどの少年の行動を忘れたかのように、フウカはその場に座り込んだ。
床にうずくまる少年を見つめ、気さくに声をかけた。
「我の名はフウカ、この造船場の
少年は鋭い目でフウカを睨みつけ、勝てないと悟ったのか観念して名乗った。
「……ジークだ」
「ほう、良い名ではないか」
素直に答えてくれたことに対してフウカは、嬉しそうな笑ってみせた。
どこまでも真っ直ぐで笑顔を絶やすことない彼女は、ジークと名乗った少年にある言葉を贈った。
「――――笑う門には福来るだ。辛い時こそ笑顔でなければ
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