第57話 配下の一日 下



「うおおおおっ! すげええええっ!!」


 広げた翼を見て、アルスは感激していました。

 二人を抱え、エリーシャ嬢の視覚外である天井に張り付いていましたが、まさか見つからないとは私も運がいい。

 飛べることに感謝しながら床に着地して二人を離す。


「しっ、静かに。私はロベリアとはご友人ですが、本来は人目に出てはならない約束をしているのです」


「そ、そうなのか……訳ありだったのか、ごめん」


 アルスは申し訳なさそうに頭をさげてきました。

 なんと素直な子なのか。


「怒る気はサラサラありませんよ。ただ、君たちが私のことを秘密にしてくれれば、それだけで助かるのです。では、私はここら辺で」


 廊下へと出て、近くの窓を開けました。

 このまま空を飛んで、町の外へと出ましょう。

 そう思い跳ぼうとした瞬間、背中に重い何かが乗ってきました。


「なっ、君たち何をっ!?」


 バランスを崩した私は、空をグルグルと回りながらバランスを保とうと翼を制御しようとしましたが、時すでに遅し。

 アルスとジェシカを乗せて、町の外へと墜落してしまいました。






 ―――――







 岩のゴツゴツとした場所に落ちてしまいましたが、とっさに二人を庇ったおかげで怪我人はでませんでした。

 町からそう遠くは離れていませんのですぐに帰れますが、その前に許可もなく私の上に飛び乗ったアルスとジェシカを叱らなければなりません。


「うおおおお! もう一回もう一回!!」


「私初めて空飛んだ!」


 若人の純粋な瞳を見て、叱ることができませんでした。

 ロベリア様なら静かに叱っていたのでしょうが、やはり私はまだまだですね。


「盛り上がっているところ申し訳ございませんが魔物が出ては危険です。私一人でなら問題ないのですが足手まといを二人連れては邪魔なのです。さっさと町に帰りましょ」


「嫌だ! もっと遊ぶ!」


 ジェシカが足に抱き着いてきました。

 潤んだ瞳で上目遣いで見つめられ、私の中の何かが喧嘩を始めてしまいました。

 忠誠か良心か、可愛い子の願いを無下にすることができない私は葛藤しました。


「しかし、それではロベリア様が心配しますし……」


「大丈夫! 隣のおばさん家に遊びに行ってたって説明すれば大丈夫!」


 子供の大丈夫が信用できないんですよ。

 それでも、この子たちは長い時間を町の中で過ごしていたため外の世界が新鮮なのでしょう。

 彼らの目に広がるこの荒廃した土地も輝いて見えているかもしれない。


 私が幼いころ何をしていたのか。

 思い出したくもない苦い記憶です。

 戦いのためだけに産み落とされた私の過去など、どうでもいい。


「はぁ、仕方ないですね。ただし夕方になる前には帰りますからね、いいですね?」


「「はーい!!」」


 アルスとジェシカ二人の声が重なります。

 よろしい、では『ボロスの人魔大陸ツアー』を楽しんでいきましょう。


 二人を抱き上げ、翼を広げる。

 無限の彼方へ、さあ行くぞ!




 張り切ったものの、人魔大陸で安全といえる場所は極僅かしかありません。

 町から数キロ離れた位置には砂漠があり、B級以上の魔物がウヨウヨしています。

 流石に二人を下ろすわけにもいかないので、飛行しながら私は土地や生息する生物の生態などを解説しました。


「あそこで集まっている四足の魔物はボーンコヨーテと言います。夜行性なので狩りなどは夜に行い、昼間はああやって寄り添って寝ているのです。しかし、寝ている時でも脳の半分は機能しているので天敵などが近づいてくれば反応して戦うか逃げるかをします」


「サンドワームは地中で生活している巨大な魔物です。特に強いというわけではありませんが砂の中に引きずり込まれたら食べられるでしょうね」


「あそこにいるのはヒプノジャガー。見た目は猫で可愛らしいですが、奴らから発する臭いには眠らせる効果があり、それにかかってしまったら巣に連れていかれ食べられてしまうので遭遇した際はご注意を」


 この先、この二人が戦士として町を出るようになったら是非役立てて欲しい知識です。

 アルスは話を聞いているかは分かりませが、ジェシカの方はちゃんと話を聞いてくれているのか何度も頷いてくれました。


「二人とも、しっかり私に掴まっていてくださいね」


「うわ~!?」


「わーい!」


 高度を上昇し、さらに高く飛んでみせました。

 そして急降下して速度を加速させます。

 空を飛ぶという技術はまだこの世界にはありません。

 人の子に限らず、翼を持たない種族にとって地上のありとあらゆるものを高い位置から眺めるというのは幻想に等しい体験でしょう。


 心から楽しむ二人を横目に、私もいつしか胸の奥が高揚していました。

 悪くないですね。




 もうじき日が暮れる頃。

 理想郷に帰るため、もとの方向を飛行していました。

 二人は存分に空の旅を楽しめたのか、ご満悦のようです。

 和ましいものです。

 そう思っていたのですがジェシカがぶるぶる震えています。


「お花、摘む」


 トイレですか。

 子供なのだから遠まわしに言わなくてもいいのに。


「花? 必要ねぇだろ?」


 君は少し黙りなさい。


「町まで我慢できないのですか?」


「むりぃぃぃ」


「はいはい」


 仕方ない、岩陰の近くに着地してジェシカをトイレに行かせました。

 まだ理解できていないアルスに説明をしつつ待ちます。


「リュウさん、あのさ、ありがとな」


「改まって、どうしたのですか?」


「わざわざ俺たちのワガママに付き合ってくれたことを感謝したくって……」


 ほう、まだまだ子供かと思っていたのですが、なるほどそういうことですか。


「もしかしてジェシカに合わせたのですか?」


「っ、ま、まあ」


 理想郷は発展中の小規模な町です。

 人数も減り、子供も手伝わなければならない。

 ジェシカはその生活を窮屈に思い、それをアルスは知っていた。

 だから少しでも彼女に楽しい思いをさせるために同調したのでしょう。


「いいのですよ。いつでも………いえ、これが最後でしたね」


「やっぱリュウさん帰るのか?」


「……ええ」


「そうか、ジェシカ悲しむだろうな」


 アルスは寂しそうに言いました。

 沈みそうな夕日を見つめながら、私はなんとも言えない心境になりました。


 そしてジェシカを待つこと数分間、流石に遅い。

 不穏に思い、岩陰に近づき彼女を呼びました。

 しかし、返事はない。


 恐る恐る、彼女が用を足しているであろう場所を覗き込みましたが。

 ………いませんでした。



 代わりに、近くに新しい足跡がありました。

 ヒプノジャガーのものです、それも数匹、それ以上か。

 眠らされ、連れていかれたのは確実。


 私は後ろで不安そうにこちらを見守るアルスの方へと振り返り、翼を勢いよく広げました。


「ジェシカは、どこに……?」


「必ず連れて帰ります。アルスは、ここで待っていてください」


 不注意だった自分を呪いながら、足跡の続く方向へと飛びました。

 音をも超える速さ。

 砂を撒き散らし、邪魔な障害物を破壊しながら進みました。


 数秒後、空に上昇し、周りを見回します。


「………害獣どもが」


 群れがいました。

 二十匹ものヒプノジャガーが荒野を走っています。

 その中の一匹の背中にジェシカが乗せられています。

 やはり眠らされているようです。


「おっと、通さないよ?」


 私は奴らの進行方向に着地しました。

 奴らは一斉に止まり、こちらを威嚇します。

 おお、怖い怖い。

 A級魔物のくせに竜族の私を威嚇するとは無謀な。


「そのお姫様は、私の主の所有物ゆえ危害を加えることを、このボロスが許しません。すなわち―――」


 群れを搔い潜ってジェシカを容易く取り戻してみせました。

 奴らは獲物がいつの間にか奪われたことに混乱をしていましたが、たかが猫畜生が理解できるはずもありません。

 これを実力の差というのです。


「全員、もれなく処刑だ」


 低い声でそう告げ。

 私は口を大きく開け、膨大な魔力を終結させます。

 次第にそれは、蒼い炎の球体へと変化していきました。


 ―――最終奥義【竜雫ドラゴン・ティア


 奥にあった山がヒプノジャガーの群れごと、木っ端微塵になりました。





 ―――――





 すっかり日が暮れてしまいました。

 私はいいのですが、この子たちは多分叱られるでしょう。

 ジェシカはまだ寝ておりアルスにおんぶされています。


 町の前で、私は最後にアルスに告げました。


「私の名はボロスです。竜王ボロス、くれぐれも皆には内緒でお願いしますね」


「……分かった。約束する!」


「良い返事です。では私はここで……」


「ボロスさん!」


 飛び去ろうとした瞬間、アルスに呼び止められました。

 ものすごい寂しそうな表情をしています。


「また、どこかで!」


「………」


 また、どこかで。

 あまりにも懐かしい響きでした。

 はて、どこでその言葉を聞いたのでしょうか。

 別に、いいか。


「ええ、いずれまた」


 私は小さく微笑んで、約束しました。





 町を出るふりをして、私はバレないように町の中にあるロベリア様のご自宅に帰りました。

 まだ研究室前の窓が開いており、こっそり侵入して研究室へと入りました。


「はぁ……流石に疲れてしまいました」


 ぐったりして椅子に腰かけました。

 まさか数百年も生きる私が、たった一日でこんなに疲れるとは。

 しかし、


「汚い部屋ですね」


 まともに掃除をしていないのか。

 部屋が好き放題、散らかっています。

 ここは配下の私が代わりに掃除をするべきでしょう。


 指を鳴らし。

 炎属性魔術で、散らかっている物を全部焼き払いました。

 うん、綺麗綺麗。

 人生初めてのお掃除でしたが、上出来ではないでしょうか?


 前よりも解放感が増したような気がします。


「おい、ボロス。貴様ここで何をしている?」


「あっ……ロベリア様」


 突然、扉を開かれびっくりしましたが、幸いにも部屋に入ってきたのはロベリア様でした。

 心臓に悪い、一刻も早く魔導書に戻らねば。


「勝手に魔導書から出てくるなと何度も言っただろ? 死滅槍するぞ?」


「そ、それは勘弁……実は魔導書さんと喧嘩をして追い出されてしまったのです。なので機嫌が直るまで町の外に出ていましたが……」


「魔導書に意思なんてあるわけがないだろ?」


「あるんですよ! そうでしょ魔導書さん!」


 魔導書さんを持ち上げ、声をかけてみましたが返事がありません。

 やはり、この紙切れめぇぇえええ。


「貴様は馬鹿なのか?」


 ガーン。

 頭の良い私を、主に低能と申された。

 もう生きていけません……。


「まあいい、それよりも部屋片付いたな」


「あ、え、ええ。ロベリア様がいない間に掃除をしたのです」


「そうなのか? 竜王のくせに意外だな」


「えっへん、私の手にかかれば容易いことですよ」


「それで物はどこに?」


「物?」


「ここにあった研究材料や資料を別の部屋に移動したんだろ?」


「え、いえ」


「は?」


「え?」


 おかしい、話が噛み合いませんね。


「全部、消し灰にしましたが?」


 私が、消し灰にされました。

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