第58話 新たな目的



 傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー。

 英傑の騎士団エリーシャ・ラルティーユ。

 この二名が消息を絶ってから一年が経った。


 ラケルは新聞記事の捜索願い欄を読んでいた。

 その隣には、同じようにブレイブギア号の乗員の名前が記載されたリストもあった。

 人魔大陸へと船を向かわせたが、帰港をすることはなかった。


 理想郷への支援物資を輸送していたと記載されているのだが、ラケルは疑問に思う。

 魔族の排斥を願う精霊教団も船に乗っていたからだ。


 アズベル大陸の隅々まで回ったのだが二人を見たという情報はない。

 人と魔の間にある大陸に飛ばされてしまった可能性があるかもしれない。


 ならば、そこへ向かう。

 旅荷物を手に、船に揺られながらラケルは思った。

(船酔いで気持ちわる……うっぷ)






 ―――――






 朝の寝室にて。

 目を覚ました俺の視界に、一人の少女がいた。

 腕の上にエリーシャがすやすや眠っている。


 寝ている間にベッドに潜り込んできたから気づかなかったけど、どう見ても事後。

 可愛い寝息を立てる彼女の頬を撫でる。

 やっぱり柔らかいなぁ。


 更にぷにぷにを堪能してから、おれは彼女を起こさないようにゆっくりと起き上がる。

 俺は紳士だからな、いつでもOKで無防備な少女であろうと手を出したりはしない。


「……おはよう」


 返事はなかった。

 それでも、ここに彼女がいるだけでも俺はそれで充分だ。

 もう二度と誰かに奪わせはしない。


 俺はそっとエリーシャの額にキスをした。

 すると彼女は満足そうに「へへ」とニヤけていた。

 なんの夢を見ているのやら。


 それよりも。

 さあ、今日も仕事だ。





 ―――――





 町周辺の様子を見る。

 数か月前とは比べられないほど町の面積は拡大した。


 戦争で居場所を失った避難民を、何千人も町に受け入れ、仕事を与えたのだが思ったより優秀な人材が多く、理想郷はいつしか国と言ってもいいほどまで発展していった。


 国の名前をどうするのか。

 町長ユーマはわくわくしながら尋ねてきたのだが、思いつかない。

 そのうちまた、と言って謝っておいた。


 国を作るなら理想郷が首都だな。

 海に面する都だ。



「……?」


 町を歩いていると、鋼を打つ音が聞こえた。

 鍛冶屋だ。

 そこには作業服を着た少女がいた。

 こちらに気が付くと手を振ってきた。


「あ、ロベリアの旦那! おはよー!」


 エリーシャの友人のヤエだ。

 理想郷を襲撃で父親を亡くしてから、工房を継いたんだよな。

 辛いことがあった後だというのに、今では町一の鍛冶師とまで呼ばれている。

 戦士の武器の殆どが『ヤエ産』である。

 ヤエさん。


「朝から早いな」


「まあね、シャルロッテさんから同じ装備を二つ注文されたから早めに仕上げたいんだ」


 シャルロッテといえば、この町で知らない者はいない。

『戦場の女神』だ。

 戦士長だったユーマの座を受け継いたのだが、本人が戦士長という呼ばれ方をあまり好んでいなかったので戦場の女神に改名したらしい。


 理想郷の戦士らを率いて魔物狩りに出掛けたり、新米らを道場で指南したりと忙しい人なので改名ぐらい大した問題ではない。

 殆どの戦士たち、とくに男たちの士気が上がっているのでヨシとしよう。


「そういえば旦那の頼んでいたあの装備、剛・魔力結晶を使ったやつがもうすぐで完成するから、もう少しだけ待っててね」


 人魔大陸には、まだ発見されていない鉱山が多い。

 その一つを半年前、掘り出すのに成功した。

 そこで『魔力結晶』という優秀な鉱石を発見したのだ。


 特殊な効果を含んだ鉱石で、五つも種類がある。


『放』は装備した者の魔力の流れを加速させ詠唱を短縮させる。

『剛』は装備した者の物理防御、魔法防御力を上げる。

『疾』は装備した者の移動速度を上げる。

『命』は装備した者の生命力を上げる。

『撃』は装備した者の物理攻撃、魔法攻撃力を上げる。


 俺はその中で『剛』の魔力結晶を選んだ。

 毎回、体に魔力を流して硬質化させたり魔力障壁を展開させたりと魔力の無駄遣いが多い。

 それを少しでも無くすため防御力を上げる装備が必要だ。


 作り始めてから一週間は経っているが、それほど難しいのだろう。


「ああ、すまないな」


 急いでいるわけではないし気長に待つさ。

 俺は踵を返し、執務室のある建物へとむかった。






 ————






 理想郷に住人が増えたのはいいものの、今年中に全員を養うための物資が足りない。

 毎週、平等に生活に必要な食料や日用品を配れているが、このまま資源不足が続けば来年まで持たない。


 やはり何処かしらの国と繋がりを持たなければ辛いか。

 けど出来ればアズベル大陸とは干渉したくない、また何かされでもしたら堪ったもんじゃない。


 今年中に予想される食糧難をなんとか回避しなければ理想郷がまた壊滅の道を辿ってしまう。


「ロベリア様、それなら私にアテがあります」


 頭を悩ませていると、魔導書から声がした。

 配下のボロスだ。


「……詳しく聞かせてくれ」


「ここから西南、大陸の反対側には妖精王国がございます。名をフィンブル・ヘイム」


 妖精。

 人族と魔族の中立にいるもう一つの種族だ。

 人魔大陸で唯一、自然に溢れた土地フィンブル・ヘイム王国を妖精王が支配している。

 自然豊かな理由は、彼らの羽にあった。


 羽には生命を与える粉が宿っているのだ。

 たとえ乾いた土地であろうと妖精がいれば、そこは自然の溢れる場所となる。


 さらに数万体の妖精により亡くなったはずの人間が生き返ったという伝説もあるのだ。


 永遠に資源が枯渇しない王国との繋がりを作れば、主に食糧不足とかを解決できるかもしれない。

 わざわざアズベル大陸に赴かなくても良くなるのだ。


 長い時を生きている年長者だけあってボロスの助言には最近助かりまくっている。

 掃除のやり方を分かっていない馬鹿だけど。


「時間がない。今月中にも発つぞ」


 大陸の端から端までって大陸横断レースかよ。

 長い遠征になるな、一年以上はかかるかもしれないな。


「はっ、私はいつでも行けますよ」


「いや……貴様は連れていかないが?」


「ガーン! そ、そんな、それはつまり……配下をクビってことですか?」


 滅茶苦茶ショックを受けてやがる。

 別にクビするのではない。

 前回のことを反省して平等に戦力を分けるだけだ。


 町を守るならボロスが一番の適任だろう、強いし。

 ただ契約した通り、周りにバレないように守ってもらう。

 かなりハードな命令になるが、それらを全部説明するとボロスの表情がパァッと明るくなった。


「お任せください! 必ずや理想郷をお守りしてしてみせましょう!」


「くれぐれも町を消し灰にするなよ?」


「……え、ええ。肝に銘じておきます」


 自信満々で言われても毎回コイツは肝心なところで余計なことをするからな。

 一応釘を刺しておこう、死滅槍をすっぞとか。


 それじゃ遠征のメンバーを考えるとするか。

 大人数での移動はリスクが高いため、少数に厳選しよう。

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