第152話 恒例のトラブル発生



 魔王城。

 魔王軍の管理する、幾千もの強力な結界魔術が張り巡らされた”地下迷宮”の最深部に、全身を分厚い鎖で拘束されているベルソルがいた。


 鎖には魔力の使用制限、その他の能力全てを弱体させる効果が施されているため、いくら世界最強を冠するベルソルでも脱獄は不可能だった。


 だが監禁生活に慣れているのか、余裕のある表情で天井を見上げていた。


「やあ、数ヶ月ぶりじゃな」


 そんなベルソルの前に現れたのは、幼女の姿をした魔王ユニだった。

 あの事件で、散々な目を遭わせてきた相手に対する態度というより、友達の家にお邪魔するような能天気さでベルソルの封印部屋に入ってきたのだ。


「ちゃんと飯は食わせているが、日の当たらん所にずっといるのに元気そうじゃな」

「こういう生活には慣れているんでな、退屈しねぇコツは色々あるんだ」


 緊張感がないのはベルソルも同じだった。

 目の前にいるのは、ずっと格上の魔王なのだ。


「そんで、魔王様が直々に足をお運びになっていただけたのには、なにか重要な理由でもあるのかよ?」

「まあな、お主にちと確認したいことがあってな。初めに問うが、”理想郷の襲撃”及び”天獄の奪取”計画の双方の首謀者はベルソル、お主だな?」

「ああ、たりめぇだろ?」

「だが、どうにも解せぬ点がいくつもあるのじゃ」


 真剣な瞳を向けながら、ユニは腕を組んだ。

 先代から伝わる魔王の仁王立ちである。


「余を無力化した”聖剣の失敗作ライシャローム”の所有者は、約五百年前にラーフが創設した革命組織の幹部”グラハ”が所有者だ。組織にいたお主は亡き彼女からライシャロームを譲り受け、魔王軍の三大元帥のラプラに託した」

「そんでテメェは、裏切る筈がねぇ部下に背後から聖剣の失敗作に刺されて役に立たねぇお荷物になった。そんだけの話だろ?」


 嫌味のつもりで言ったが、反論の余地がない魔王ユニは咎めることはなく話を続けた。


「ラプラと接点のないお主が、どうやってラプラが余を裏切って魔王の座を狙っていたことを知っていたのじゃ? 逆に、ラプラはどうやってお主が”運命の少女”の天獄に目をつけていたのか……どうにも納得がいかないのでな」

「へぇ、で? 何が言いてぇ?」

「否定しないのだな」


 魔王ユニがニッと得意げに笑うと、それに釣られてベルソルも白い歯をみせるように笑った。


「父の代から仕えていたラプラのことを信頼していたのでな、遠征の任務をよく任せていた。帰還してもすぐに次の仕事に取り掛かって、国内にいない方が当然のやつじゃった。遠征先で、お主と偶然知り合ったのだと否定すればいいものを……」

「………」

「いるのだな? お主とラプラに互いの情報を流し、共闘させるように仕向けた”ある協力者”が」


 ベルソルは図星なのか、答えなかった。

 そして魔王ユニは、自分の推理が正解だという確信を得たのだった。





 そして、出港当日。

 東港の船着き場には、長さ二十七メートルある船体が停まっている。

 三つのマストがあげられた、高い操縦性を持ったキャラベル船である。


 積荷を運び込むための橋板を、乗組員たちが行き来していた。

 甲板からジークがあれやこれやと指示を出している声が響いている。


 前日まで準備を終わらせたつもりになっていたが、当日の出港準備も忙しい。


「はっはっはっ! 最悪だな!」

「何がだ?」

「航海は理論的には行えるが、注意しなければならない課題が何分多くてな! 出発時点の理想郷が東南にあるおかげで冬であろうと気候は暖かい、と一般的に思われるかもしれんが人魔大陸では四季の常識は通じない。唐突な寒冷や猛暑によって海にもたらされる影響に即時対応できるよう、常に準備を怠らないようにしなければならん」

「ああ、それはこっちも重々承知しているつもりだ」


 ジークは地図を樽に広げて、俺たちが通過する航路を指でなぞった。


「他に注意しなければならん点もあるが。その前に、この季節の北半球の逆風はかなり厄介だ」

「……そのために船の帆を縦方に設計したのだろう?」

「そうだな、逆風には帆を横よりも縦の方が角度をとれる。到着予定よりもかなり遅れるかもしれん、それに手間かもしれない。人魔大陸の海域を抜けたら逆風に対して船を斜めに進め、適当なところで舵を返して反対の斜め方向に進む。向かい風に対応するため、過去の船乗りたちが編み出した航海技術”ジグザグ航路”。これが最善だ」

「……なるほど」


 言っていることは理解できるが、かなりの重労働になりそうで怖い。

 鍛えてはいるが他のパワー型チームと比べたら役に立てるか分からない。


 まあ、そこは魔術を使ってなんとかすればいいか。


「……!」


 ジークと話している途中、なぜか悪寒が走った。

 背後から何者かが、忍び寄って来ている。


 振り返らず、横へと体を傾けると、突っ込んできた弟と視線が交わった。

 避けれると思っていなかったのか、弟が驚いた顔をしていた。


 勢いを止められず、そのまま物資の樽へとダイブ。


「あちゃー、痛そー」


 一部始終を見ていたジークがらしくない口調で言った。

 毎日、あんな感じで抱きついてこようとするので、周囲の人間も見慣れていた。


 ブラコンなのは仕方ないとして、人目を気にせずに飛び込んでくるのは、些かどうだろうか……?


「まったく……そろそろ懲りてほしいものだ」

「はは、あの情熱では次の日も突っ込んでくるぞ!」

「笑い事ではない。俺の身にもなってくれ……」


 リアム・クロウリー。

 まだまだ謎多き男だが、ブラコンということにだけ目を瞑れば礼儀のある優男だ。


 俺と関わりのある女性に睨みを利かせるのだが、それ以外は悪いヤツではない。

 子供には優しいし、頭もいい。

 顔もいいし、女男にモテる。


 ちなみに、彼も旅を同行することになっている。

 理由は、やっと見つけた兄さんと離れ離れになりたくないから、という彼らしい理由だ。


「どうして避けるんですか!?」


 ボロボロだが無事だったらしい。

 そのまま眠ってくれていたら、静かに船の倉庫まで運べたというのに。


「準備再開、出航予定時間まであと二時間だ。急ぐぞ」

「あれ、無視???」

「ついて来い、ジーク」

「承知した!」

「…………」


 リアムが悲しそうな顔をしていたが、船の中ならいくらでも顔を合わせることができる。

 毎度、相手にはしないが、今までよりも交流は増えるだろう。


 それに、血は繋がらなくても同じクロウリーの性を持った弟だ。

 気が向いたら優しくしてやろう。





 —————




 一方、その頃。



「痛ててぇ、急に樽がひっくり返りやがった……」

「丁寧に運んでよ、もぉ……」


 リアムが倒した樽の中に、こっそり隠れている二名の姿があった。


 蓋を少しだけ開けて、外の様子を確認するアルス。

 大量のぬいぐるみや人形を抱きしめて不満げな顔を浮かべるジェシカ。


 ロベリアの弟子たちである。


「ただでさえ狭いし、暗いのに」

「誰のせいだと思ってんだよ。どーせなら、くだらねぇ人形よりも旅に役立つ道具を持ってこいよ」

「はあ!? くだらなくないし!」

「くだらねぇよ! てか大きな声出すな!」

「アルスも声大きい! 師匠ぉにバレたら殺されちゃうよ!」


 ロベリアは二人の同行を許していなかったのだ。

 過酷で危険な旅になるからではない。

 魔官を撃破した二人が弱いのはあり得ないことだ。

 理由は至って単純、彼らの歳で避けては通れないものがあるからだ。


 学校である。

 なにかを学びに学校に行くことが難しいこの世界で、せっかく学ぶ環境が整っているというのに、それを疎かにすることを保護者であるロベリアは許さなかった。


「エリーシャ姉も師匠ぉも長い旅になるから家を空けている間は、近所のおばあさん家でお世話になれって言うけどさ。あそこ退屈なんだよねぇ」

「だから、こうして忍び込もうとしてんだろ。いいから、もう会話はこの辺にしようぜ」


 小さな声で、やり取りをしているつもりだろう。

 中身は子供でも、バレたら怒られるだけでは済まないことぐらい二人は分かっていた。


 それでも、やはり好奇心には勝てなかったのだ。

 年相応の行動とも言えよう。


 そんな二人が隠れている樽を、近くで見つめている暗殺者シャルロッテがいた。

 いくら姿を隠しても彼女の”生命感知”から逃れることはできないのだ。


「………」


 黙り、考え、長い沈黙の末にシャルロッテが導いた答えは、


(かくれんぼかしら? 微笑ましいですね)






 ——————




 出航する一時間前に準備を終わらせ、みんなで船の甲板に集まる。

 かなり多い、三十人以上はいるだろうか。


 主なメンバーを紹介していこう。

 俺、エリーシャ、ボロス、クラウディア、ジーク、ジェイク、ルチナ、ユーゲル、ゴエディア、シャルロッテ、リアム、フェイ、シャレムそして———


「ん? ちと待て」


 点呼を取っていると、名前を呼ばれたシャレムが挙手した。

 まだ途中なのに、終わった後にしてくれないかな。


「どうした?」

「どうしたって、こっちが聞きてぇよ。おかしいだろ」

「は?」

「は?」


 おかしい箇所なんて、あったか?

 だってメンバーなら全員揃っているし、他に不備なんて見当たらないし。


「だから、なんで僕も勘定に入れられているのさ? 船に乗るなんて、一言も言ってねぇぞ?」

「は……はあ?」


 開いた口が塞がらなかった。

 そして、嫌な記憶が蘇った。

 妖精王国の旅、初日もそうだった。


 シャレムがここに居て、まともに事が運ぶはずなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないのだ。

 トラブルが起きないことが、逆におかしかったと気付くべきだった。


「なっ、なんだよ! 揃いも揃って、失礼な視線を向けてさ! まるで僕が悪いみたいな雰囲気にして! もういいや! 勝手にやってろ! ばーか! ばーか!」


 ブチ切れたシャレムが、船を降りてしまった。

 遠のいていく彼女の背中を見届けた後に、思ったことを口にする。


「……うせやろ」

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