第153話 出航



「僕ばかり、悪いことにして……キーッ! ムカつくったらありゃしねぇよッッ!」


 船から降りた僕は、帰路についていた。

 そう家に帰るのだ、あの犬小屋に。

 僕は猫だけど、まあどっちでも良いよな。


 まあ、とにかく僕はムシャクシャしていた。

 勝手に話を進めて、準備をしたのはロベリアたちのくせに出航日になって「はっ? アンタこへんの?? なんでやねーん!」みたいな同調圧力をかけてきてさ。


 こっちは、ずっと蚊帳の外にいたっつーの!

 一言も「僕も行きます」なんて言ってねぇから!

 何でいつも、こういう展開になったら僕も当然のように関係者みたいな扱いをしてくるんだよ。


 苛立ちで小石を蹴ると、思ったより高く飛んだ。

 最高記録じゃね、と目で追う。

 だが小石は木の枝に当たって、跳ね返ってきた。


「痛てっ!?」


 跳ね返った小石が、ピンポイントでおでこに当たった。


 おのれぇ! 自然も僕に文句を言いたいってかぁ?

 折ってやる! 環境破壊してやるぜぇ!


 木の枝を両手で掴んで、全力で力を込める。

 だが折れない、曲がりもしない。


「……フ、フンッ! 今日のところはこの辺にしてやる。次はねーから気をつけろよ?」


 環境破壊する賢者は、絵面的にマズいので止めておこう。


 そうそう、僕は自然と平和を愛する賢者。

 ムシャクシャした衝動で何の罪もない生命を傷つけたりなんて、僕がするわけないだろ?


「帰って寝て、目が覚めたら飯食って寝る。うるせー奴等がいなくなって逆に清々するゼ。あーあ、今頃有能な僕が居なくなって皆んな泣き喚いているところだろぉな〜。見てみる価値はあるけども、僕を無下にした連中の出航を誰が見届けてやるもんか」


 ロベリアたちの出航を見届けるため国民の大半が東の港に集まっているからか、街の中は静かだ。

 まるで世界で僕だけが取り残されたような、そんな感じがする。


 チッ、僕と違って人気者ですなロベリアはよ。

 行く宛のない人々の居場所を作って、古の巨人ベルソルから理想郷を守った英雄だからな。

 そりゃチヤホヤされるよ。

 べ、別に羨ましくはねーけど?


 比べて船から降りた僕を追っかけてくる奴は一人もいない。

 薄情な奴らだよな、ったく。


「グルル……」


 ロベリア低に到着して門を開けると、庭で横になっている地竜と目が合う。


 妖精王国の旅で、連れ帰った三頭の竜どもだ。


「よぉ、だでぇま〜」

「グルル?」


『何で、お前ここにいるん?』みたいな顔をしている。

 蜥蜴ボロスの劣化版のくせに知能だけは一丁前だなコイツ。

 今日が出航日だと分かっているのか、僕が帰ってきたことに首を傾げてやがる。


「おい、バカ」

「ガァァァァァァァ!!」

「ギャァァァ!?」


 頭を噛みつかれてしまう。

 数分間、庭を引き摺り回された後に、ペッと吐き出された。


「ご、ごめんよー……ドラ様……」


 噛みつかれた頭から、血が噴水のように噴きだしている。


 三馬鹿の名前はドラ、ポチ、ゴン。

 蜥蜴ボロスと同じようにロベリアに忠誠を誓っている凶暴な竜種どもだ。


 何故か、僕を見下しているので悪口を言うと頭に容赦なく喰らい付いてくるか、強烈な跳び蹴りをかましてくる。


「グルル?」

「あん? 僕は元々行く気はなかったの。見送りもメンドくせーし、このまま屋敷でニートピアライフを満喫するからロベリアが帰ってくるまでヨロシクな」

「グルルー」

「いや、だから行かねーって。どうせロクなことにならねぇしナ」

「グルル……」

「考え直す気もねーよ。あと、説教は受け付けてませんので〜」


 なんで会話が成立しているのかは、ひとまず置いておくとして、腹が減ったな。

 キッチンに行って、小腹でも満たすか。



「おーい、ロベリア〜。メシ〜」


 あ、やべっ、いつもの癖で。

 家に誰も居ないってのに、僕ぁ何をやっているんだが。


「チッ、飯なんか作れねーよ。もういいや、後で近所の婆さん家に行くか。その間は、蜥蜴ボロスとボードゲームでもして暇つぶしを……ありゃ、そういやアイツも居なかったな」


 なんか気が狂うな……。

 飯も食えないし、暇つぶしも出来ないなんて。

 広い家だから尚更、孤独感がすごい。


「寒ぃな。エリーシャ〜、温かい茶を……って居ねぇよな」


 考えてみれば、この家に居候したときから周りに任せっきりにしていたな。


 それが当たり前になっていたから、こうやって自分から動こうとせず、茶が出るまで待つ、飯が出るまで待つ。


 蜥蜴ボロスと仲が良いわけじゃねぇが、暇つぶしには丁度いい相手だった。

 アルスとジェシカは、あれ……あの二人何で居ねぇの?


 まあ、どうでもいっか。

 そんなことよりも、そんなことよりも……。


 家事、洗濯、炊事、帰ってくるまでの間、この広い家で全部やらなきゃならないの、僕じゃね?


「あ……あ……ああっ……」



 ボクハ、ナンテコトヲ







 —————






「船の建造から準備までご苦労だった。毎度、俺のワガママに付き合わせて申し訳ない。だが、どうか最後まで力を貸してほしい」


 出航日まで手伝ってくれた人々に頭を下げる。

 彼らがいなければ出航はもっと先になっていたかもしれないのだ。


 感謝してもしきれない。

 皆から周りからは恩人だと敬われているが、いつも助けられていたのは俺の方だ。


「理想郷のことは我々にお任せください。どんな脅威であろうと、この国を守り通してみせますから(今回も出番少ない……)」


 “千師団”のユーマが、大勢の団員を背にして断言する。古参だけあって潜り抜けてきた死線の数が違う。

 頼り甲斐のある理想郷の戦士長だ。


「小生もおるぞ、此奴よりも有能な魔術師がの」


 ユーマの背中からひょっこりと顔を出したのは、魔術師集団”黒灼魔導団”ディミトラだった。


「ああ、そういえばそち達の装備も二日前に完成してな、戦闘時に着用することだけは忘れるでないぞ?」


 ディミトラの作る服には様々な効果が付与されている。


 一番人気なのは水に浸かっても濡れない服。

 女性には大絶賛だが男の衆からはブーイングの嵐だった。

 どうでもいいか、この話。


「ああ、分かっている」


 ディミトラの魔術によって装備に付与する効果はランダムだ。

 つまり実際に着用するまでは効果を確認することはできない。


 ランダムではあるが能力を低下したりするデメリットは無いので、安心して着ることができる。

 それにデザインも抜群に良い。


「ああ、そうであった。ルチナという娘の装備を私忘れるとこだった」


 そう言ってディミトラは包みを渡してきた。


「五徹するほど夢中になって作った特別製ぞ。くれぐれも渡し忘れるではないぞ?」

「わかった……あと寝ろ」

「寝る、じゃが別れの前の一発はどうかや?」


 杖を構えるディミトラ。

 精霊教団の大司祭オレンベリアを彷彿させる戦闘狂だ。

 勿論、丁寧にお断りする。


「おーい! 別れの挨拶は終えたかぁ!!?」


 船長ジークの声が鼓膜に響いてきたので、そろそろ時間だ。


 離れなくてはならない瞬間ときが、ふたたび来てしまった。

 安息の地”理想郷アルカディア”。


 黒魔術の魔導書クロによって、この世界に連れてこられ、誰からも畏怖された人物に魂を憑依させられたことで孤独だった。


 だけど此処は違う、理想郷ここは俺の故郷だ。

 生きて、帰るべき場所なんだ。


 旅がどれぐらいの期間になるかは分からない。

 アズベル大陸は人魔大陸よりも、遥かに広大な大陸だ。


 だけど無事にみんなと、再びこの地に———



「……大丈夫だよ、ロベリア。私達ならきっと、どんな困難も乗り越えて、理想郷に帰ることができる。だから、行こっ」


 エリーシャに手を握りしめられ、船で待っている皆んなの元へと引かれる。


 変わったな、彼女エリーシャも。

 かつて勇者ラインハルの影に隠れていた娘が、今ではこんなにも手に豆を作って、隣に並んで戦えるほどまで強くなった。


「ああ、出航だ」







「ちょい待てぇええええ!!!」


 船着き場に、大量の荷物を抱えたシャレムが現れた。後悔して、ロベリア達と一緒に行くと決断したのだ。


 ところが一足遅く、数分前に船はすでに出航してしまったのだ。


 出航した船をまだ視認することはできるが、小舟を出しても追いつくことができないぐらい離れていた。


「ちょっ、シャレム殿!?」


 シャレムのとった行動に驚愕した戦士長ユーマは止めようとしたが、もう遅かった。


 賢者シャレムは海に飛び込んで、華麗なクロールで泳ぎ始めたのだ。


「ロベリアァァァァ! ボクも行くっ! 行くんだよォーーーー!!!」



 泣きながら叫ぶシャレムだったが、ロベリア達が気付いてくれるまで三十分はかかったという。




 ▽賢者シャレムが仲間に加わった。

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