番外編 ロベリアの休日 上



 長閑な朝だ。

 一週間も続いたノンストップ激務を乗り越えて、ようやく至福の時が来たのだ。


 そう、休日。

 子供から大人まで幅広い世代の人間に愛されているスペシャルデイだ。


 しかも弟子二人は学校、エリーシャはクラウディア達とお出掛け、シャレムは賢者の本職を全うするために仕事へ(俺が手配した)、そしてボロスは……何処だろうか。

 どうでもいいか。


 そして近日、学会で行われる学術会議に提出する人魔大陸の生態系についての研究概要書も、ルチナが協力してくれたおかげで仕事と並行して終わらせることができた。


 ロベリアと同様に魔術学院を首席で卒業しただけあって知識量が豊富な子だった。


 仕事、家族サービス、研究もやらなくてもいい。

 つまり1日中フリーなのだ。


 まだ手につけていない本がある。

 返却期限が近づいてきたし、今日中に全て完読するのもいいかもしれない。


 いつもは騒がしいが、俺以外がいなくなっただけで静かになったリビングのテーブルに3冊の本とお茶を置いて、菓子を取りに台所に戻る。


 しょっぱい煎餅、それとも甘いクッキーか……。


 よし、両方にしよう。

 特別な休日を、とことん贅沢に満喫するべきだ。


 好きなことをして、好きなものを好きに食べるとしよう。

 両方とも俺が作ったし。


「準備万端、至福の時が……」


 リビングに戻り、ある光景を目にしてピタリと銅像のように固まってしまう。

 脳内に交響曲第9番”新◯界◯り”が流れる。


 俺の不注意のせいで、図書館で借りた本に、お茶をこぼしてしまったのだ。


 ちゃんと離して置いたつもりなのに何故、俺が台所に行っている間にティーカップがひっくり返ったのか。


 テーブルが老朽化しているわけではないし、歩いた程度の振動でこぼれるとは思えない。


「…………謝りに行こう」


 原因を探ったところでマナの大切にしている本を汚してしまった事実は変わらない。


 ブチギられて、二度と借りることができなくなるペナルティを課せられるかもしれない。


 仕方のないことだ、自分がした過ちなのだから無責任に投げ出すことはできない。


 なるべく早めに、正直に話して謝罪するのが道理だ。


 外は雪が降っているので冬用のコートを着用して、濡れてしまった本を風属性魔術と炎属魔術の応用魔術で乾かしてから荷物に入れる。


 エリーシャが編んでくれたマフラーを忘れずに巻いて、図書館へと出発だ。


(怖い………)






 ——————





「おっ、ロベリアおはよー。今日も冷えるよなぁ」

「うむ、こういう日は温かい食事と温泉に限るな。ちょうど二人で行こうとしたんだが、ロベリア殿も一緒にどうだ!」


 人混みを避けて、人通りの少ない道を選んだばかりに知り合い二名と遭遇してしまった。


 俺と同じ休日組のジェイクとジークだ。

 自業自得とはいえ至福の時間が台無しになってしまったのだ。


 昼前に図書館に行って頭を下げて、マナに怒られて、早く帰りたい。


「悪いが用事があるのでな、温泉は二人だけで楽しむか他を誘うといい。じゃあ……」

「まあまあ、待て待て」


 間を通り抜けようとしたら、二人に両腕をガッシリ掴まれる。


「用事ってなんだよ? 休日だってのに仕事でも入ってるのか? ダメだぞ……ちゃんと休まないと」

「ジェイクの言うとおりだ! せっかくの休養を無駄にするな!」

「……」


 マジで、何でいつもこうなる。

 この肉体の不運体質が原因なのか、本にお茶を溢したことへの神様の罰なのか。


 とっとと解放されたいので「かくかくしかじか」図書館に向かっている理由を説明する。


「……ッ!」

「……なんと、気の毒な」


 顔を青ざめたジェイクに、今度は両肩を掴まれる。


「ロベリア……お前死ぬぞ……」


 ジェイクは真剣な双眸を向けながら、小さく言った。


 俺が、何だって……?

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