番外編 ロベリアの休日 中
「その言い方だとまるで俺が、彼女に殺されるように聞こえるんだが……。確かにマナは、俺たちの命よりも本を重要視する変わった人物だ。しかし悪い奴ではない、むしろ温厚な方だ」
ジェイクとジークの二名は職業上、図書館とは無縁なのだ。だからこそ、マナとの関わりも極端に少ないのに勝手な決めつけは辞めていただきたい。
「そりゃ、ロベリアは図書館にとって良識を弁えている質のいい利用者だからな。俺の知り合いに、返却期限を一日過ぎただけで酷い目に遭った奴とか、ページを破いてしまったことで記憶を失うぐらい怒られた奴とか沢山いるんだよ」
「自業自得だ」
やはり怒られるらしい。
記憶喪失を引き起こすほどの叱責をするマナは想像できないけど。
「それに知ってるか? 原則を破った利用者を連れ込むという秘密の地下室が、図書館にあるらしいんだよ」
「地下室だと? 冗談言うな、図書館を建設する際に渡された設計図に目を通したが、地下空間については一切描かれていなかったぞ。増築の話も聞いていない」
「そこなんだよ。マナはな、一般利用者には知られていない、いや知られてはならない部屋を作ったんだよ。原則を破った利用者に罰を与える為にな。噂によれば本を破損した者には”断頭台”による斬首刑が待っているとか」
「……」
「どうだ? 恐ろしくて声が出せなくなったか?」
「いや……恐ろしく、くだらないと思って」
そんな小学生が信じるような都市伝説、真に受ける方が難しい。
ジェイクは身体こそ大人だが、信憑性に欠ける噂を信じるほど、中身はまだまだ好奇心旺盛な子供らしい。
「理想郷に処刑制度を設けた憶えはない、そしてこれからも。時間が惜しい、俺は行くぞ」
「まあ、待ちたまえよ」
次に道を阻んだのはジークだった。
何か言いたげそうな表情をしていたが、あの、もう行っても良いすか? ダメなんすか?
「ジェイク殿の話が本当ならば、このまま図書館に向かうのはあまりにも危険すぎる。本を返却する前に補修してみよう、うむ、そうしよう」
「いや、だから」
「ロベリア殿、遠慮することはない。我らに任せてみろ。必ず、元通りに戻してやる!」
そんな自信に満ち溢れた顔で言われても、任せる気はない。
いつも悪い方向に転がるからな———
東の港の”造船場”に、強制連行された。
休日だというのに責任者の俺が顔を出したことで、現場の職人たちが注目していた。
不思議そうに見ないで。
俺もこの状況をおかしいと思っているから。
あまりにも、しつこい二人の誘いを断れず「少しの間なら……」と付き合ってしまった俺にも責任があるが。
「ここなら道具が十分に揃っている。ロベリア殿は外で待っていてくれ、終わったら呼んでやるから」
汚れた本を手にジークはその他大勢の船大工たちを引き連れて、作業室に入っていってしまった。
待たされるとは思わず、モヤモヤしたまま近くにあった椅子に座る。
天井を見つめながら待つこと三十分程、騒がしかった作業室が静かになったかと思いきや、部屋の扉が開いた。
終わったのかと思って椅子から立ち上がろうとした瞬間、不穏な空気の存在を感じ取る。
自信に満ち溢れていたはずのジークの表情が心なしか暗い。
「……」
「………?」
無言の間が恐ろしい。
もしかしてコイツら……やっちゃったのか?
「最善は尽くしたのだが……」
ジークはそっと紙切れを渡してきた。
端っこが焦げている、謎の紙切れ。
焦げててよく読めないが、文字が書いてある。
「どうやら俺たち船大工は、本の補修は専門外だったらしい」
惜しい人を亡くしたような顔で言われても、一番悲しいのは俺なんだけど。ジークの後ろでテヘペロしている船大工たちにゲンコツを入れたい。
「これは……何だ?」
渡された紙切れの正体なら、もうとっく分かっている。
だけど信じられなさすぎて、裏返った声で聞いていた。
「図書館の本」
体から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまう。
どうやら俺は、本格的にマナに殺されるらしい。
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