番外編 ロベリアの休日 下
「ぷはー! やはり”人魔大陸産”の酒は不味いな! もう一杯!」
「あ、俺も同じやつを。あと、つまみも追加ね」
「はいはい、かしこまりました!」
本が紙切れへと退化して数時間後、街にある適当な食事処で三人昼食を取っている最中である。
ジークとジェイクは昼間から飲みまくって、食欲のない俺はじーっとその様子を見守っていた。
「随分と意気消沈しているようだが、何かあったのか……?」
同じ店で食事をとっていたクラウディアも同席していた。
何があったのか気になるのか、隣に座っているジェイクに耳打ちした。
「図書館で借りていた本が、港の船大工たちの餌食になったとさ。主犯はそこの竜騎士な」
「はっはっは! 笑う門には福来るだ! こんな時こそ笑顔でなければ
「いつにも増してハキハキしているのだが? 元凶のくせに反省の色が見えないのだが?」
いや、逆だ。
嫌なことがあったから元気にふる舞って、酒で忘れようとしているんだ。
「そんなの本当のことを話して謝れば済むことだ。呑気に道草を食うな、今すぐ図書館に行ってマナさんに頭を下げてこい」
俺が最初に、選ぶべきだった選択をクラウディアは当然のように言った。
「別に、昼飯を食べるだけが目的で、店に入ったわけじゃねぇぞ」
へー、知らなかった。
てっきり腹の虫が鳴ったから、飯にありつこうとしただけかと思ったー。
「作戦会議をしようとしたんだ」
「作戦……会議だと?」
ピンときていないクラウディアに、ジェイクは真面目な顔を浮かべながら告げる。
「ああ……ロベリアのための言い訳をな」
「見損なったぞ酔っ払いども」
え、それって俺も含まれてる?
顔を上げるとクラウディアから悲しそうな眼差しを向けられていた。
「……かくかくしかじか」
誤解されたくないのでクラウディアに全部話した。
それを聞いたクラウディアがテーブルを両手で強く叩いて、ジェイクとジークの二人を睨みつけた。
「お前らのせいではないか! お前ら二人で謝罪して罰を受けろ!」
「ええ……本を紙切れにしたの俺じゃねぇし」
「我は言い訳をするつもりは毛頭ないぞ」
「どっちもどっちだろ!」
三人が口論を始めたせいで、他の客から注目を浴びてしまう。
どうしよ、黙ってここから逃げて、俺だけ図書館に行こうかな。
「第一! 本を破損したぐらいで斬首刑になるわけないだろ! 正直に言うべきだ!」
「ふん、なーんにも知らねぇから墓穴を掘るんだよ。正直に言ったら、あの世行きだっつ―の」
「ない!」
「ある!」
にらみ合うクラウディアとジェイクの間に、バチバチと火花が散っていた。
まずい、正論の騎士とプライドオンリーの弓兵が本格的な喧嘩をおっぱじめようとしている。
「では、正々堂々……」
「ああ、あれしかねぇな」
あれって何?
と考えていると再び何処かに強制連行されてしまう。
まだ飲む気なのか、ジークは座ったままこちらに手を振って見届けてくれた。
てかお前も来いや!
鍛冶屋で絶賛作業中のヤエのもとに訪れ、クラウディアとジェイクが状況を話した。
なぜ部外者に話してしまうのか。
ずっと頭とお腹が痛いです。
「ああ、私もその噂を聞いてるよ。黙っちゃえばいいよ、時効になるまで誤魔化せばいいし」
私、天才でしょ?
とヤエは、にんまり顔で言った。
そして次の目的地に、またまた連行される。
千師団訓練所で新米を指南中の戦士長ユーマに、同じように状況を話す。
「正直に話しましょう。あとから後悔して、気まずくならないように」
相変わらず大人だなぁ、どこかの弓兵と違って。
そして次は、服屋でオーダーメイドを仕上げようとするディミドラの元へ。
「誰かが死ぬのかえ? ふふ、血祭りなら興味がある。包み隠さず言え、そして花のように散ってくるのじゃ!」
それって、正直に話せでおっけー?
そして次は、俺が指パッチンしただけで来てくれる暗殺者シャルロッテ。
「噂が流れるということは可能性はゼロではない……私はロベリア様に死んでほしくありません。よって最後までお口チャックを!!!」
と言って、影に溶け込んで消えた。
なぜ最後にあのテンションだったのか、謎である。
「ほんとう、いう」
地竜たちのお世話をするゴエディア。
「チッ、んなの黙ってればいいんだよ。僕ぁ忙しいから、時間を奪わないでくれル〜?」
望まない仕事を振られて、嫌々働いているシャレム。
「兄さんは理想郷で一番信頼されているから、話しても大丈夫でしょ?(兄さん、兄さん、兄さん、兄さん、好き好き好き)」
何故か会うたび背中に悪寒がする義弟リアム。
知り合いだけではなく、そこらにいる通行人からも意見をもらい、騎士と弓兵のプライドをかけた戦いが気づけば大勢を巻き込むほどまで発展していた。
「賛成派が424人、反対派396人で私の勝ちだ! さあ観念して私と図書館に行くんだ! 逃げるんじゃないぞ!」
「ちくしょう離せ! 俺は無実だ! 犯人は他にいる! 離しやがれ堅物!」
”正直に謝りに行く”の意見の方が多く、クラウディアが勝った。
負けたジェイクが連れて行かれようとしている。
コッチ、コッチですよー。
(何で、こんな事になったんだろう……)
普通に休みを満喫しようとしたら、俺の不注意で本にお茶を溢しちゃって、図書館に行こうとしたら有る事無い事を鵜呑みにしたジェイクたちに捕まって、補修しようとした本が紙切れになって帰ってきて、大勢の無関係な人間を巻き込む結果に———
「あら、ロベリアさんじゃない。どうも、こんにちは」
「お、おは、こ、こんに……ばんわ、です」
公衆の場での喧嘩をする知り合い二名を静観していたら、偶然通りかかったであろう図書館の館長マナと司書のフェイに声をかけられる。
「ま、マナ! まずい! 逃げるぞロベリア!」
どこかに連れていかれそうになったが、クラウディアが全力のドロップキックでジェイクを吹き飛ばし、傲慢の魔術師誘拐事件を未然に防いでくれた。
「まったく懲りない奴だな」
「クラウディアさん、流石にやりすぎじゃないかしら……?」
「ロベリアを誑かそうとした相応の罰ですよ。聞いてくださいマナさん……実はこいつ」
「うわああ! 待て! どうせ処されるなら、俺じゃなくジークにしろ! 俺はただ仲介しようとしただけだ!」
完全に蚊帳の外だな、俺。
間に入るタイミングを失ってしまった。
そして何故か、隣でポップコーンみたいお菓子を手にして楽しそうにしているシャレムが立っていた。
「こんな面白ぇことがあるんなら僕も呼べよ。最高のエンターテイメントじゃねーか」
「仕事はどうした?」
「仕事? あぁ、そういう意味ね。適当にやったら怒られて、追い出されたぜ」
街を一周したせいで疲れて、怒る気力さえ湧いてこない。
コイツのことは、いない存在として扱おう。
「ちょうどお前に会いたかった」
クラウディアとジェイクに挟まれて身動きがとれないマナを引き寄せ、顔を近づける。
「今朝、図書館で借りていた本に茶をこぼしてしまった」
「おま! ばっ……」
ジェイクを脳天締めで黙らせる。
図書館の恐ろしい噂など知らん。
それに俺は、初めから誤魔化すつもりはない。
「申し訳ないことをした、すまん」
「……」
それを聞いたマナが、無言でジッと見つめてきた。
何かを観察するかのようにじっくりと。
まさか怒ってるのか……?
「どんなタイトルの本かしら?」
「”車輪の上”」
「ふぅん、そう……」
公衆の面前で、怒られる。
そう思っていた。
「正直に言ってくれて、ありがとね。汚れぐらい、簡単に落とせるから気にしないでちょうだい」
(あれ……?)
マナはそう言って、優しく微笑んだ。
ジェイクが絶句して、クラウディアがドヤ顔をしていた。
一喝ぐらいは覚悟したけど、あれぇ。
「怒らないのか?」
「本を汚したり破いたりした利用人は、罰を受けるって噂……」
ジェイクさん、余計なことを言わなくていい。
それを聞いたマナは首を傾げた。
「正直者に罰だなんて、とんでもない。私だって居眠りで本をヨダレで汚しちゃったり、インクを溢したりするわよ。人のことを言う資格なんて、私にはないわ」
「そ、そうなのか……俺が間違っていたのか」
「そうだ! マナさんに謝れ! いますぐにだ愚か者!」
クラウディアがブチ切れていた。
よく知りもしないで噂を鵜呑みにしたジェイクも悪いが、コイツらに付き合った俺も悪いよな。
「チッ! 何だよつまんねーの!」
期待外れな展開だったのか、シャレムはポップコーンを捨てて、何処かに行ってしまった。
仕事に戻れ、駄猫。
「アンタのことを悪く言っちまった。本当は良い人だってのに……すまねぇ」
「えーと、何が何だがよく分からないけど。気にしなくてもいいわよ?」
「はい……」
ジェイクも反省して頭を下げていた。
これで一件落着……じゃないな。
「それじゃあ、本をちょうだい。帰ったら、すぐに汚れを落とすから」
やはり聞いてきた。
恐る恐る、紙切れを差し出す。
こうなった経緯を包み隠さず全部話す。
すると、マナの顔が曇って、
「……ジークは?」
穏やかな声ではなかった。
そして呼び捨て。
あ、怒ってらっしゃる。
「「「街の食事処で飲んでる」」」
俺、ジェイク、クラウディアが声を揃えて言う。
するとマナは笑顔を取り戻して「予定が入ってしまったわ、それじゃまたね」と言ってフェイと一緒に図書館に帰って行った。
ジーク、南無。
「いやー、マナって人、優しかったなー。良かった良かった」
「……ジェイク」
「ん? 何だよ?」
「俺の時間を台無しにして、ありがとう」
「それについては、いつか埋め合わせするから……」
当たり前だ。
せっかくの休日を、訳の分からないことに費やしてしまった。
「クラウディア、ありがとう。有ること無いこと鵜呑みにしてしまうような、単細胞を説教してくれて」
「ロベリアの為なら、お安い御用だ」
「今度、飲みに行くか。ジェイクの金で」
「そうだな、楽しみにしてるぞ、ジェイク」
「イエスマム」
まあ、こんな一日も悪くないか。
家で静かに過ごすより、友人たちとバカバカしいことをした方が、ずっと楽しいな。
—————
「言えない……お茶をこぼした犯人が私であると……どしよ」
影から三人の後を追う、竜王ボロスの姿があった。
—————
深夜の理想郷。
真っ暗に静まり返った図書館に、来館する男が一人居た。
「おーい、いるかー? 来てやったぞー!」
声がデカい、竜騎士のジークだ。
『深夜、図書館に一人来るよう』と書かれた手紙が郵便受けに入っていたのだ。
来たのはいいが返事がない。
妙に思いながらも、図書館の奥へと、さらに奥へと。
「ん? 開いてるな、ここか?」
鍵のかかっていない扉を見つけ、開けてみると階段が続いていた。
普通の人間ならビビって引き返すところだが、ジークは何も考えずに階段を下りる。
下りて、下りて、下りること数分。
蝋燭の灯った部屋には、見覚えのある女性が背中を向けて立っていた。
「なっ……」
ようやく危機感を感じたジークは後退りするが、いつの間にか階段に続く扉の鍵がかけられていた。
こじ開けようとするが開かない。
逃げることができないのだ。
「私はね、正直者には優しいけど……」
その人物は、ゆっくりと振り返る。
「本に優しくしない人は、天誅あるのみ……!」
傲慢の魔術師なんかよりも、ずっと恐ろしい形相をしていた。
「うわああああああああああああああ!!!」
いくら声のデカいジークであろうと、その叫び声が地上に届くことはない。
深い深い、暗闇に飲み込まれるだけだった———
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