第157話 夜景の魔女
聖剣とは勇者の象徴だ。
それを持たぬ者は、勇者になることはできない。
単純な理由、聖剣からは計り知れない恩恵を得られるからだ。
魔力供給、魔力操作、魔術構築、身体能力は七割方聖剣が強化し、加えて、絶大な力の使用によって生じる代償や制限は勇者に刻まれた”勇ましき炎”の加護で無効化される。
つまり勇者だけが聖剣の力を最大限に、ノーリスクで行使することができる仕組みなのだ。
それを当代の勇者ラインハルは、選ばれし者にのみ与えられる権能だと解釈している。
「———ラインさん、どうかしましたか?」
偽名を呼ばれ、顔を上げる。
こちらを心配そうに覗き込む青年に、返事する。
「ああ、日差しが強くてな、ボーッとしてしまった」
「そうなんですね、少し休みましょうか?」
「いや平気だ、このまま進もう」
青年の名前はエッツェル。
槍術に長けた、理想郷の”千師団”らしい。
ある男を探すための旅の道中、集団が魔物と戦っている場面に出会して、加勢したことで彼等と知り合ったのだ。
そして現在、千師団の案内で理想郷に向かっている途中だ。
英傑の騎士団が解散した日。
俺たちの援助と運営で成り立っていた難民の居住地が、その後どうなったのか分からない。
エリオットを含めた英傑の騎士団が五人、行方不明のまま今も見つかっていない。
本当は様子を見に行こうとしたこともあるが、現実を目の当たりにする勇気がなかった。
だけど戻ることを決心したのは、エッツェルから信じられない話を聞いたからだ。
俺が探している男。
ロベリア・クロウリーという名の人物が、理想郷の現国王だと言うのだ。
有り得ない、あの男が国王だなんて。
そんなこと、あるはずがない。
東へと、真っ直ぐ進み。
ようやく
この土地はかつて、貧困と苦難に彩られた場所だった。
作物は育たないため麦を収穫することも、海は強力な魔物が泳いでいるため魚を獲ることも叶わない。天候は気まぐれで予測不可能。
猛暑の次の日が、膝元まで積もる大雪になるのは珍しいことではない。
先代の勇者がなぜ、この活動を行ったのかラインハルは理解できなかった。
人間が暮らすには適していない過酷な環境なのだ。
病気に対する医療の不足、空腹による食糧の不足、予測不可能の気候条件。
死亡する要因があまりにも多すぎる。
しかも、それらを解決するためには莫大な資金が必要になる。だが、英傑の騎士団だけで賄うには限界があった。
この土地を平和と繁栄の楽園にすることは永遠に叶うことはないのだ。
そう思っていた。
「……ここが、本当にあの理想郷なのか……?」
不毛の地に、まるで夢の中のような場所が広がっていた。あんなに小さかった町が、数年だけで大都市にまで発展していたのだ。
賑やかな市場には美しい工芸品、骨董品、香辛料、食べ物、衣服、などが積み上げられていた。
華麗な外観の塔や宮殿。大勢の人々が通う図書館や学舎。なぜか半壊しているが、それはそれで芸術的な闘技場。山岳方面にある温泉地。北の緑豊かな森林。
隅々まで整備された石畳の道には美しい音楽を演奏する者や、ハープを手にして物語を子供たちに語る吟遊詩人もいた。
変わり果てた土地に、ラインハルは動揺をせずにはいられず、宿まで案内してくれているエッツェルの側から離れ、その場から逃げるように走った。
フードで顔を隠しているおかげで、顔を知る者でも彼が勇者ラインハルであることに気づける人はいなかった。
ラインハルは今、街を一望できる高い建物の上で、聖剣を抱きしめるようにして座り込んでいた。
「……もう、夜になるのか」
澄んだ風が顔にそっと触れ、ラインハルは目を細める。
暗くなっていく空だが、都市のほうは幻想的な景観を作りだすように明るく輝き始めていた。
「こんなの、夢に決まっている……」
人魔大陸でロベリアとエリーシャを探し出すための旅を数年、この大陸で嫌々思い知らされた。
この混沌とした大陸での
英傑の騎士団が解散した後、理想郷は破滅の道を辿る他ならなかったはず。
あの傲慢の魔術師ロベリアが、この国をここまで繁栄させた国王。
馬鹿馬鹿しい、笑い話だ。
妖精王国でロベリアがエリーシャと一緒にいたのも、きっと何かの間違いなのだ。
それが何なのかは、まだ分からないラインハルだったが、きっとそうだと自己解決する。
「———真実を知りたいなら、連れて行ってあげるますよ。勇者さん」
他に誰もいなかったはずの、すぐ隣で突然女性の声が聞こえ、ラインハルは顔を上げる。
そして声のした方にゆっくり視線を向け、その者を見た瞬間にラインハルは小さな声をもらした。
「お久しぶりですね、ラインハルさん」
「なんで……ここに……」
そこにいたのは、かつて英傑の騎士団メンバー。
魔女と呼ばれた女”マギア・アンブローズ”だった。
「そんなことより連れて行ってあげましょう。番となった運命の少女と傲慢の魔術師の、愛の巣へ———」
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