第158話 家族写真と勇者



 マギアに案内されたのは貴族が住んでいるような、敷地の広い屋敷だった。


 庭には地竜が三頭、寝息を立てて眠っていた。

 人に懐くことのない魔物がだ。

 それなのに敷地内に侵入したとは思えないほど、安心して眠っている。

 もしかして、この屋敷で飼われているのか?


 マギアは、その珍しい光景に目もくれない様子で、屋敷の正面扉の前に立って、自分を待っている。


「勝手に入って、いいのか? 誰の家なのか分からないのに……」

「引き返すなら止めません」


 マギアはそう言い、正面扉の取っ手に触れると、ガチャリと鍵が解除される。

 魔術で扉の鍵を開けたのだ。


「だけどエリーシャさんが、妖精王国でアナタにあの態度を取ったワケを知りたいのでしょ」

「何処でそれを……?」


 あの戦いには、彼女はいなかった。

 それなのに、何故エリーシャがああなったのを知っているんだ?


 ―――ダメなの……私は、帰らない……ここに残る。



 記憶が蘇り、吐き気がした。

 あの子に拒まれて、あまつさえ突き飛ばされることなんて一度もなかった。


 俺はエリーシャが好きだ。

 友人としてではなく、一人の女性として彼女を愛している。


 誰かに恋したのは初めて経験だった。

 だから、エリーシャは必ず連れて帰る。

 それが俺の使命だ、そのために俺はここにいるんだ。


「どうだっていいか。マギア、見せてくれ。ここには何があるんだ?」


 マギアは何も言わずに、屋敷を先に入っていった。

 重い足取りで、そのあとを追う。






 北方の諸国。

 魔物討伐依頼を達成した、帰り道。

 雪の降る森の中。

 偶然通りかかった場所に”祠”ようなものがあった。


 何が祀られているのかも分からない祠に、迂闊に近づいてはならない。

 旅人、冒険者の基本だ。


 だけど背負っていた聖剣が突然、祠に反応して自分の意思とは関係なく体が勝手に動いて、祠の封印を解いてしまった。


 仲間たちは迂闊に封印を解いたことを注意してきたが、祠の中にいたのは魔物の類や呪いではなく、一人の少女が眠っているだけだった。


 封印を解かれたことで眠っていた少女は目を覚ましてしまう。


 俺たちを見て、まるで迷子になった子供のように怯えていた。


 何故、祠で眠っていたのか少女も分かっていない様子だった。

 そんな彼女に、手を差し伸べる。


『俺の名前はラインハル。君は?』

『わ……わたしは、わたしは……えりー……エリーシャ』

『エリーシャか。うん、花のように可憐で可愛らしい名前だ。よかったらさ、俺たちと一緒に来ないか?』




 ”英傑の騎士団”を創設して、慈善活動に力を入れるようになった頃。

 ある男と戦った。


 たった一人の魔術師と、騎士団総出でだ。

 一人では勝てない、それぐらい魔術師はあまりにも強すぎた。


 三日三晩、気の遠くなるような時間が過ぎ、多くの負傷者を出しながらも魔術師に勝つことができた。


 王国の依頼は、この魔術師を殺すこと。

 だけど、彼がこの場で死ぬには惜しいと思った。


 戦士としての敬意なのかもしれない。

 だから、俺は魔術師に『考えを改めろ』と言い残して、見逃したのだ。



 彼にとって、それが屈辱的な行為だったかもしれない。

 俺たちの行先に、魔術師は飽きず何度も現れた。

 恨みを買ってしまったのだ。


 だけど、いつか彼と解り合える日が来るんじゃないかと、心の何処かで望んでいた。


 そうはならなかった。

 あの魔術師は、ロベリア・クロウリーは俺たちの敵だ。


 ロベリアの手によって決着の途中、転移魔術とやらでエリーシャを連れ去られてしまったのだ。



 人魔大陸、妖精王国フィンブル・ヘイム

 そこにエリーシャはいた。

 剣を握りしめて戦っていた。

 そんな彼女を俺は、俺は……思い出したくない。


 そこには傲慢の魔術師ロベリア・クロウリーもいた。

 エリーシャを誘拐して、戦わせた男。


 殺してやろうと思った、そうすればエリーシャを取り戻せと思ったのに。

 俺の聖剣が貫いたのは、最愛の少女だった。


 そこからの記憶はない。

 傲慢の魔術師に攻撃されて、意識を失ったらしい。


 俺のせいで、エリーシャは死んでしまったのか。

 わからない、だけど生きている。

 そう信じて人魔大陸に戻って、彼女を探した。


 そして、たどり着いた先が、この屋敷。

 かつての仲間のマギアに連れて来られたのだ。


 長い廊下を渡って、書類が大量に積み上げられた執務室のような場所に着くと。


「机に、何か置いてありますね?」

「……何が……」


 机には、絵?

 いや、にしてはリアルすぎる絵だ。

 そう思い、覗き込むと。


「……え……何で……」


 絵には見覚えのある、幸せそうな顔をしている少女が描かれていた。


 それだけではない。

 金髪の男、若い少年少女が二人、猫耳白衣の女性、そして……


「どういうことだ……コレ……マギア……何なんだよコレは?」


 これじゃ。

 これじゃ、まるで家族の肖像画じゃないか。

 自分の中にある何かが、喪失したような感覚がした。


 頭が真っ白になって、見開いた目で肖像画を凝視しながら、マギアに質問する。


「なんで傲慢の魔術師ロベリアが隣にいて、エリーシャが幸せそうな顔しているんだよ……誰なんだよ、こいつらは……」


 頭が痛い。

 これ以上、知りたくないはずなのに口が勝手に動く。


 それを聞いたマギアは、質問に答えようとする。

 お願いだ、辞めてくれ。

 頼む、もうなにも言わないでくれ。

 心が保たない。

 魂が、真実を知ることを拒んでいる。


「”クロウリー家”、家族ですよ」


 手に持っていた聖剣を落とした。


 解ってしまった。

 解りたくない現実を、真実を。

 マギアの言う”家族”の意味を。


 俺の知らない間に、二人がそういう関係になってしまった。


 妖精王国で、拒まれたのも。

 そういうことか。


 そうか、そういうことなのか。

 俺よりも、エリーシャはロベリアを選んだということか。


「は……はは……」


 涙が止まらない。

 何も考えられなくなっていく。

 何で、最愛の人よりも、脳裏にロベリアの姿が過ぎるのか。


 もういいや、全部。

 勇者とか使命とか、何もかも。

 この聖剣も、もう要らない。


 気付けば、マギアの姿はなかった。

 暗い部屋の中で、俺一人だけが佇んでいた。


 なにも残っていない。

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