第156話 勇者の凱旋
出航から五日目のこと。
おかしい、管理している食料の数が合わない。
壊血病にならないため大量に詰め込んだ果物が、二人三日分足りない。
最初にシャレムに問い詰めたのだが、ボロスと夜更かししてボードゲームをしていたというアリバイがあった。
もしかして共犯なのかとボロスも問い詰めたのだが、美容第一の男がそんなことするはずもないか。
猫と竜は、容疑者リストから除外。
「シャルロッテ……」
そう呟くと、部屋の隅っこの影からシャルロッテが飛び出してきた。
「どうなさいましたか、ロベリア様」
「いつから夜番をしていた?」
「出航から、ずっとです」
三徹以上している身からすると「寝ろ」と言えない。説得力がなさすぎる。
「覚えていたらいいんだが昨晩それかもっと前、食糧庫に俺か当番をしていた連中以外が入ったところを”生命感知”で感じなかったか?」
「ええ、まあ」
目を泳がせながら答えるシャルロッテ。
何で、そんな動揺しているのだろうか?
「知っていたのなら、もっと早く報告してくれ」
「申し訳ありません……」
「それで、誰なんだ?」
言っていいのか駄目なのか、その境界でシャルロッテが迷っていた。
どんな情報でも迅速に報告する、この暗殺者がだ。(本人は暗殺者であることを隠している)
「その、本当に宜しいのですか?」
「何がだ?」
「折角のかくれんぼが、台無しになってしまいます」
言っている意味が分からず、首を傾げる。
それを見たシャルロッテの表情が焦りに変わる。
「も、も、も、もしかして……見つからなかったから忘れてしまったのですか!?」
「—————何が?」
——————
「………」
「………」
集会に使っている部屋に、バカ弟子二人が正座していた。
ずっと、かくれんぼだと勘違いしていた天然暗殺者シャルロッテによると、樽に入って忍び込んできたらしい。
五日間、夜な夜な食料庫から果実を盗み食いしていたらしいが、それでもまともに飯を食わず風呂にも入っていないせいか、小汚いし顔色が悪い。
当たり前だ、こっそり付いてきた後にどうするつもりだったのだろうか。
「……ごめん師匠」
「ごめんなざいぃ」
眉間のシワに指を当て、大きなため息を吐く。
ここで叱っても仕方がない。
俺のいた現代日本とは違って、この世界では十二歳以上で大人扱いする場所もある。
二人に普通の大人になってもらいたくて旅の同行を許さず、勉学に励むよう強要した俺にも非がある。
「……この旅の目的はな、旅行でも観光でもない。俺の友人と、知り合いの一国の姫を救うための旅だ。つまり遊びではなく、これは任務だ」
「知ってるよ、そんなことぐらい」
アルスは気まずさで視線を合わせずに言った。
何度も家で言い聞かせたことだ。
この子は馬鹿ではない、この旅の危険度も承知の上なのだろう。
「重荷だと思うなら置いていっていい。その程度の覚悟だったって認めて諦めるよ」
「でもねでもね! 魔王軍との試合から、二人でずっと鍛えていたんだ! 師匠ぉとエリーシャ姉にはまだ見せてないけど、あの時よりももーっと強くなっているから!」
二人は顔を上げ、真っ直ぐな瞳を向けてきた。
もうあの頃の、小さかった弟子たちはいなかった。
(……とっくに一人前だな)
弟子の成長に涙を堪え、顔を綻ばせる。
「二人分の着替えと食事を用意してくる。その間にジーク、コイツらを人手が足りてない役職に振り分けておいてくれ」
「ああ、任せろ!」
アルスとジェシカは驚いたように顔を見合わせ、同時に喜びで飛び跳ねる。
「「よっしゃーーーーー!!!」」
この件は、これでお終い。
とは、上手くいかなかった。
ずっと黙り込んでいたエリーシャが前に出て、怖い顔で二人を見ていた。
「ひっ……」
「え、エリーシャ姉……?」
普段、温厚な人間がキレると怖い。
弟子二人は助けを求めるようにこちらを見ていたが、こうなったら彼女を止められる者はいない。
それに、彼女とはちょっぴり気まずい感じになっているので、声をかけ辛いのである。
クラウディアの言うとおりにソッとしておいているが俺が辛い。
心が鷲掴みにされているかのような苦しさだ。
カンカンカンカン!
外から鐘を鳴らす音が聞こえる。
時間を知らせる方じゃなく、緊急事態のときの鳴らし方である。
すぐに外に出ると、船員たちが青ざめた顔で一同揃って海の方を見ていた。
そこには山のように盛り上がった島が……島?
にしては全体的に白いし、浜辺のような場所もなければ自然一つない。
ツルツルの白い”何か”。
ギュアギュアギュア!!!!
空間が震えるほどの音が響き渡ったかと思いきや、島の中央が白黒になった。
いや、あれは目玉……つまり、あれは島ではなく。
ギュアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
「———
“
イッカクのような角を生やしているのが特徴的で、突進されたら確実に海の藻屑だ。
鯨からしたら、俺たちの乗る船なんざ米粒程度でしかない。
「なんでこんな所に、あんなデカいのがいるんだよ!?」
船から放り出されないようロープにしがみついているジェイクが叫ぶ。
「アイツらはな、冬になると低緯度の暖かい海で繁殖活動をするんだよ! 時期的にちょっと早い方だけど、人魔大陸の海域で何が起きても不思議じゃねーからナ!」
ゴロゴロ転がる樽に掴まっているシャレムが有難いことに説明してくれた。
うん、樽から手を離した方がいいと思うんだけど。
巨躯を微かに動かしただけで大波が発生するのに、あのまま
舵を握る船長ジークが、珍しく静かに集中している。刺激しないように、ゆっくり横切ろうとしている。
だけど、あの
もしかして、捕捉されているんじゃ……?
ギュアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
ジークが全員に何かを警告しているようだったが聞こえない。
「ギャァアアアッ!!」
「ヒャアアアアッ!!」
「キャアアアアッ!!」
シャレム、フェイ、ルチナの三人が鯨のような声を張り上げながら上の方を見上げていた。
スケールに気を取られたせいで気付くのに遅れたが、
あのまま尾びれを水面に叩きつける気じゃないよな?
「総員、大波と衝撃に備えろ! 波に対して横向きの姿勢をとる! 船の進行方向を左に向けるぞッ!!」
「オオオオオオオオオッ!!!!」
自然に敵うはずもなく、船は大波に飲み込まれた。
——————
『この地、平和の礎となり、住処を喪った者たちの聖域となるべし』
魔族と人族の長きに渡る戦いで荒んだ、この土地がいつか花の咲き乱れる温かな場所になるため、代々の勇者が残した願いだ。
だが、この土地を聖域にまで築き上げたのは、勇者でも英雄でもなかった。
当代の勇者は、その役目を放棄して世間から姿を消したのだ。
「嘘だろ……ここが本当に、あの
長い旅路の果てに勇者ラインハルは、ようやく戻ってきた。
人族と魔族が争いなく平和に暮らし、笑顔と幸福が絶えない
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