第10章 和の大国
第155話 選ぶ権利は、いつだって
大地の厄災『古の巨人』
天空の厄災『天獄』
決して世に解き放ってはならない、神が作り出した兵器の器”エリーシャ・ラルティーユ”。
千年前、祠に閉じ込められる以前の記憶がないエリーシャには、受け入れ難い運命だった。
無差別な破壊と虐殺。
制御が効かず、誤って力を解放すればあり得ることだ。そんな爆弾を抱え込んで、精神的に追い詰められないはずがない。
出航前まで、兆しは顕れなかったものの昨晩、船番以外が寝静まった船内、手洗いから女子部屋に戻ろうとしたエリーシャは、会ってしまったのだ。
「やあ、こんにちは。どうも初めまして〜」
「――――――ッ!?」
同じ見た目、同じ声の何者かが、行先に立ち塞がっていた。
視覚で捉えて数秒後、その何者が誰なのかを器ゆえにエリーシャは理解してしまう。
それでも信じ切ることが出来ないままエリーシャは直感で、眼前の存在の名を口にする。
「—————天獄?」
廊下を灯していた明かりが、突如と発生した風によって消え。薄暗くなったかと思いきや、その者はすでにエリーシャの背中に回り込んでいた。
「正解〜。世間知らずだった頃と比べて、だいぶマシになったんじゃない?」
天獄の吐息が、エリーシャの首元にかすかに当たる。彼女が、幻影ではなく実態と気づいた時には、すでに手遅れだった。
距離を取ろうとしたところを、最悪なことに押さえつけられてしまう。
「くっ……離して……ッ!」
「無理。手を離したら、どうせ逃げるつもりでしょ? 辛い姿勢だとは思うけど、少しだけボクの話を聞いてくれたら嬉しいな」
「話って、なに!?」
エリーシャの耳元に、天獄は唇を近づけた。
「ボクと、君に関する重要な話だよ。残っている力を振り絞って、強引に顕現している感じだから時間がない。手短に話すよ」
そして、天獄は深刻な声で告げた。
「———このままだと、君死んじゃうよ?」
「……は?」
信じられない天獄の言葉に、エリーシャは声を絞り出すのもやっとだった。
「うん、その反応無理もないよね。だけど本当のこと。知っての通り、君はボクの”不老”の力で生きながらえている。だけど、ベルソルに天獄の力の半分を奪われたことで一時的、急激に年齢が上がっていったよね? まあ、魔王ユニの魔術道具のおかげで奪われた天獄を取り戻すことができたんだけどさ」
淡々と語っていく天獄だが、重要なのはその後である。
「ベルソルに、かなり力を使われてね。たとえ奪い返したところで、近いうち”不老”の効果は切れる。そうなると———解るよね?」
千年も経っている。
天獄の言うことが本当なら、このままだと年老いて、すぐに寿命で死んでしまうだろう。
自覚症状はないけど、わざわざ顕現してまで知らせるということは、天獄も必死なのかもしれない。
ベルソルに力を奪われた天獄は不完全なまま、器のエリーシャが死んでしまったら、どうなるのか。
(この人も、死んじゃうってこと?)
「君の察している通りだよ。せっかく”星の
“星の
何処かで読んだことがあるエリーシャだったが、そんなことよりも解決方法だ。
「なら教えて天獄……私はどうすればいいの?」
「あの場所に戻ってほしい。君が、深い眠りについて目覚めた、あの場所に」
そこが何処なのかをエリーシャはすぐに理解した。
千年間、自分を封印していたあの”祠”だ。
「そこに何があるの?」
「悪いけど、それは話せば長くなるし、こうやって顕現できているのにもタイムリミットがある。それに、行けば分かるさ」
エリーシャの質問に、天獄はあっけらかんと返した。
死をそこまで恐れていないのか。
それとも、恐れてはいるが感情を表すことができないのか。
会話の中で、エリーシャは薄々と感じていた。
彼、あるいは彼女から”人間味”という、人において最も大切なものが欠けている。
「仲間たちにボクのことを話してもいいけど。世界を滅ぼしかけた天獄の言うことを真に受けるなって反対されるかもしれないよ? そこは君の判断次第かな」
「……」
「選ぶ権利は、いつだって君にあるから」
天獄は押さえつけていたエリーシャを解放して、ニコリと微笑みかける。
「またね、運命の少女————」
そう言い残した天獄は、暗闇に溶け込むようにして、姿を消した。
「………選ぶ、権利」
生きる方法ならある。
次の日、仲間たちに天獄のことを知らせれば、きっと助けてくれるはずだ。
そういう人間たちの集まりなのだ。
しかし、それが本当に———正しい判断なのだろうか?
このまま、
何もしないで、
死ねば、
天獄の存在そのものが、
この世から、消えるかもしれないのに。
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