第108話 若返りの秘薬
数百にも渡って続いた人魔大戦は、封印を解かれた『古の巨人』によって終戦した。
ループス山脈にある世界で一番高い山『ゾイリエ天山』と同じ大きさの体躯まで巨大化した魔族により、大陸に異常気象が発生、生態系は崩れ、規則的に自然を循環していた魔力が乱れ、そこはまさしく混沌とした大陸となった。
――――人魔大戦の終戦。
理想郷。
渇いた土地の続く人魔大陸では、妖精王国と並ぶほど潤った国となった。
移民する人間がきんねん増え、現在の人口は五万人。
まだまだ発展の途中なので、そこらじゅうが建設工事現場だ。
子供も増えたため本格的な学校を作った。
通うことを義務にしていないので、その家庭の自由だが何も学ばずに大人になるのは良くない。
それに無償で学校に通わせられる機会が他にないため、できるだけ入学を推奨する。
無論、アルスとジェシカとクロを通わせている。
俺は、というと。
仮だが理想郷の国王らしい。
住宅街の普通の家に住んでいる王様。
そんな奴いるのか。
町長のユーマや、他大勢が勝手に推薦した結果だ。
自分はそんな器ではないと座を譲位しようとしたのだが、何を勘違いしたのか玉座のある宮殿を知らぬ間に建てられていた。
全く似てない美化された銅像や絵画が設置されまくった宮殿には『ロベリア様』と大きく名前が刻まれていたのを戦慄した目で見ながら、吹き飛ばそうと魔力を込めた。
それを駆けつけたボロスによって阻止されてしまい、宮殿はいまでも存命である。
大事な会議や事務的な作業なら利用してもいいと許可を出しておいたが、住もうとは思わなかった。
エリーシャ達の待っている我が家が一番だ。
「ふふ、数百……数万年前から続く、お前との因縁もここで決着のようだナ。僕ぁ、この瞬間を生まれたときから待ちわびていたよ」
「……しゃれむ、てつだわなきゃ、ろべりあ怒る」
家に帰ると、なにやら戦いの匂いがした。
声は庭の方からしたので、家の裏へと回る。
そこには戦国武将のように仁王立ちするシャレムと、全身が汚れているゴエディアがいた。
二人とも顔が濃ゆい。
「チッチッチ。この世はな、力のある者だけが制することができるのだよ。言葉だけで言うことを聞かせられるほど世の中は甘くねぇーんだよ!」
お前が言うなニートピア。
「はたらかずもの、くうべからずだよ」
おお、どこでそんな言葉を覚えたんだゴエディア。
俺は嬉しいぞ。
「ふっ、僕ぁ! 人が汗水流して働いている姿を見ながらタダ飯食っているときが一番生きている実感がするのだよ!!」
シャレムはとうっ、と飛んでから一回転。
何処かで見たことのある姿勢でゴエディアにめがけてキックを仕掛けた。
「ぜったいにまけない!!」
それを迎え撃つゴエディア。
戦いの結末は如何に—————
普通に、シャレムが負けた。
————
研究室に行くと、まるで嵐が過ぎ去ったように資料や研究材料が散乱していた。
何故こんなことに、大体の予想はついていた。
申し訳なさそうにしているゴエディアと、まるで他人事のように腰に手を当てて立っているシャレムの二人に視線を向ける。
「シャレム………貴様……」
「まだ誰がやったのか言ってないよネ!?」
「どうせ、今回も貴様が原因なのだろう。新しい開発のために資料を借りにきたが、うっかり棚を倒して部屋の物を散らかしてしまった。一緒に来ていたゴエディアに掃除をするように言われたが逃走を図ろうとした……そうだろ?」
「ギクリッ!」
分かり易い反応だな。
新しい開発のための資料や材料なら言ってくれれば貸してあげたのに、何故この女はいつも黙って持ち出そうとするのか。
しかし、ゴエディアも居るというのは珍しい。
旅で二人が仲が良いのは知っているが、揃って何かをするところはあまり見たことがない。
「それで何を作ろうとしていた? ゴエディアも何か関係していることなのか?」
「えーと、まあね。てか、ゴエディアに頼まれて作ろうとしている物があるんだけど。必要な材料がかなり珍しいやつばかりで……一つや二つじゃ完成できないっていゆーか、なんつーか」
「勿体ぶらずに言え」
シャレムを睨みつけると、すぐに白状してくれた。
「わ、若返りの秘薬だよ」
若返りの秘薬って、あれだよな。
飲んだ人間を若返らせる、その名の通りの薬。
そんなもの作れるのか、このアホ猫に!?
「子供と遊ぶときに体が大きいから、どうしても周りと同じ扱いをされないんだよゴエディアくんは。こいつ中身はまだまだ子供だからな。そんで善良な僕はそれに同情して、身体を子供に戻してあげようと珍しくやる気を出したんだ」
うん、死ぬほど珍しい。
明日、空から死滅槍が無数に降ってくるのではないだろうか。
「しっかし、調べれば調べるほど長い道のりなのよ。僕の手元にあるものだけじゃ、とても完成させられない。なので薬剤師でもあるロベリアさんの物を勝手に持ち出そうとしたワケ」
清々しすぎる白状にイラってくる。
だが友人のために動いた部分は誉めてやりたいところだ。
「ゴエディア、コイツの言っていることは本当なのか?」
「……うん」
「若返ることが良い選択だけとは限らん。町の子供達はありのままの姿のお前を好きになったんだぞ」
シャレムの言うとおりコイツの中身はまだ子供だ。
どういった経緯でそうなったのかは知らないが、俺は大人の姿のゴエディアでも問題ないと思っている。
むしろ、そっちの方が愛着が湧くので変わらないで欲しいのが本心だ。
「このまえ、おともだち、けがさせちゃった」
ゴエディアは絞り出すように言った。
苦しそうな表情で俯き、言葉を続けた。
「からだ大きいから、ちゅういしても、みんなを傷つけちゃうの、いやだ」
なるほど、そういうことだったのか。
相変わらず優しいな。
ちゃんとした理由があるのに、それを考えなしに否定しようとした自分が馬鹿のようだ。
「よし、分かった。材料なら地下倉庫へ行け。終わったら何が足りないのか言え。用意してやる」
それを聞いたゴエディアはパァッと表情を輝かせた。
正直、身近な人間が変わってしまうことが怖い。
ゴエディアが若返りたいという意見には、まだ完全に賛同したわけではない。
それでも彼が居なければ妖精王国との同盟までの道のりは、もっと厳しいものになっていただろう。
褒美をちゃんと用意していなかったので、ちょうどいい機会なのかもしれない。
地下倉庫にある必要な材料を集めたシャレムは足りないぶんをリストにして渡してきた。
目を通して、嫌な汗が流れた。
「多すぎるだろ……」
頭を痛めながら椅子に座り込む。
これを集めるのに数週間あっても足りないだろう。
ただでさえ仕事が多いのに材料の調達まで請け負ったら過労死するぞ。
他の連中に任せてみるのもいいかもしれないが、果たして適任はいるのだろうか。
「ふっはっはっはっはっ!!!」
地響きするほとの笑い声に、ひっくり返る。
この感覚、久方ぶりだ。
妖精王。
帝国の鬼人など比較にならないほど強大な魔力。
十二強将の何者かが、理想郷に来てしまったのだ。
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