第109話 女魔王の襲来



 家から飛び出し、強力な魔力のする方向へと急ぐ。

 妖精王アレン、帝国の鬼人カルミラとは比べ物にならないほどの気配がやって来たのだ。


 ———ワハハハハハッ!!


 耳障りな笑い声が、家を吹き飛ばさんばかりに響いていた。

 聞き覚えがあった、聞き覚えしかない。

 この世界で、最も会いたくなかった人物の笑い声だ。


「ロベリア殿!」


 同じくして現場に向かおうとしていたユーマと他の戦士達と合流した。

 日頃から敵勢力への警戒をしていたため出撃が早い。


「西防衛門より強力で歪な魔力を感じます。しかもこれは……」


 ユーマは苦々しげに言う。

 西の防衛門はシャレムの考案した厳重なセキュリティが仕組まれている。

 それが破られたかもしれないのだ。


 他の戦士たちも強張った顔をしていた。

 それもそうだ。

 この笑い声をあげている人物との戦いでユーマ達は故郷を失うことになったんだ。


 西の防衛門に到着すると、すでに戦いが始まっていた。

 ここを担当していた戦士たちが倒れている。


「こちとら戦う気はないというのに、余の顔を見た途端に血相を変えおって。お主ら有象無象では話にならん」


 頭に角を生やした、銀髪の少女がいた。

 その傍には、強力な護衛が三人囲んでいる。


「メフィス、殺さないの面倒だ。本気を出してはダメなのか?」


「当たり前です。魔王様が本気を出してしまえば、この国は跡形もなく散ってしまいます。それでは傲慢の魔術師の怒りを買うだけですよ?」


「なるっ、りょっ」


 なるほど、了解と言ったのだろう。

 このやり取り、喋り方に、見た目。

 やはり来てしまったのか――――魔王ユニ。


 十二強将、上位三名の神を数えなければ間違いなく、この世界で最も強い生物だ。

 ゴクリと固唾を飲み込み、魔導書に魔力を込める。


「おっ」


 魔王ユニと、目が合ってしまう。

 このまま全速力で逃げるのも手だと思うが背後にはユーマ達がいる。

 数秒後にはきっと飛び掛かってしまうため彼らを抑制しなければならない。


「おっおっ~!!」


 興味を惹かれた子供のような声を上げて近づいてくる。

 殺意も敵意もない、本当にただ歩いてきているだけだった。


漆黒ヘルファウスト】で先手を打つが、虫をはらうように叩き落とされてしまう。


「水晶で見た通り……おん? 目ツキがちょいと違うな?」


 魔王ユニは自分への攻撃も意に介さず、こちらをしげしげと観察していた。

 肩に手を置いたり、背中を撫でたり、頭をつついてきたり、珍しいものでも見ているかのようだった。


「……じゃが、ふむ、この底の知れぬ憎悪、本物じゃな」


 観察した後に殺されると思ったが、納得したように離れてくれた。

 こちら側の陣営は全員ピリピリしていたが、魔王側はそうではないらしい。


 一応武器は所持していたが魔王に攻撃しても護衛たちは抜こうともしなかった。

 舐められたものだ、と思ったが魔王軍との敵対を避けられるのなら、むしろ好都合だ。


「傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー。名乗らなくても、余のことは無論知っておるよな?」


「……ユニ・ブランシュ・アヴニール。初代魔王シオン・マグレディンから座を受け継いだ二代目魔王……目的は何だ? 略奪か?」


「むぅ、父の名を出すとは流石じゃな。メフィス、思った以上に見込みがあるぞ!」


 メフィスとは魔王ユニの臣下だ。

 右腕みたいな存在で彼女を支えている魔族。

 コイツもかなりの実力者なので注意しなけばならない。


「そうカッカするな理想郷の民たちよ! 余はなにも侵略や略奪を目的に、この地にやってきたのではない!」


 高らかに言う魔王だが、その言葉を信じる者はこの場には居ないだろう。

 世間では魔王ユニは血も涙もない悪魔だと言われている、むしろ身構えない方がおかしいぐらいだ。


(魔王がロベリアに干渉することがバッドエンドへの一歩だ)


 さらなる力を得るため魔王の下に付くのだが、仲間に裏切られ勇者に殺される。

 原作ではそうなる。

 だから魔王と会いたくなかったのだ。


「ロベリア、余は其方そなたを迎えに来たのじゃ!」


 細い腕をピンっと伸ばし、指をさしてきた。

 やはり簡単には運命を変えることが出来ないのだろう。

 だが取り乱さないようポーカーフェイスを貫く。


 時系列を辿ると、ロベリアが魔王軍に加わるのがちょうどこの日だったような気がする。

 期待の含んだ無邪気な顔で、応えを待つ魔王ユニから一歩下がり、


「断る」


 と返した。

 裏切者のいる魔王軍に誰が入るか。

 こちとら死にたくないのに、死にそうな目に何度も遭ってきているのだ。

 いまさらバッドエンドルートに自ら踏み込もうなんて考えはない。


 人族を壊滅させ、世界の覇権を握る。

 数千、数万も続く因縁にも興味はない。

 戦いで住処を失った魔族と人族が仲良く暮らせる理想郷を築き上げる。


 生涯、死ぬまでこの国で平穏に暮らしていくつもりだ。


「貴様の下につく理由がない」


「誰からも忌み嫌われ、疎まれているのじゃろ? 余もそうじゃ。つまりは同胞と言い換えてもよい。其方の孤独を紛れさせることができるのは余たちだけじゃ。居場所が欲しいのだろ?」


 三年前の自分なら、そうだっただろう。

 何処に行っても怖がられ、畏怖されたのは人生で初めてだった。

 あれこそ孤独というのに相応しかった、惨めだった。

 思い出したくもない苦い記憶だ。


 それでも振り返れば、みんなが側にいてくれる。


「居場所なら、もう此処にあるよ」


 不思議なほど、温厚な口調と声が出た。

 それは決してロベリアの出せるものではなかった。


 魔王ユニは伸ばした腕を下したあと、手を顎に当てて考える仕草をみせた。

 数秒の沈黙の末、彼女が出した結論は。


「――――ならば、戦うしかないのう」

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