第140話 絶対強者



 ―――ベルソルとの戦いから、早くも二ヶ月が過ぎようとしていた。


“革命組織ネオ・アルブム”による大災害”天獄”を宿した運命の少女エリーシャの奪取計画はロベリア一行の死力を尽くした抵抗によって辛うじて阻止されたが、人魔大戦以来の規模を誇る”傲慢の魔術師”と”古の巨人”の戦いは理想郷に大きな爪痕を残す結末となった。


 その後、魔王軍の協力もあって理想郷の復興作業は順調に進み、事件の爪痕は時間が経つにつれて癒えようとしていたが、魔王軍との協力関係という事実はアズベル大陸から多くの敵を生み出すキッカケに成りかねないため、魔王ユニの了承のもと事件に関する情報の口外は理想郷で固く禁じられた。


 幸い情報伝達をする術が人魔大陸では確立されておらず、事件は世界に公表されることも知られることもなく、当事者達の手によって粛々と闇に葬り去られるのだった。





―――――





 ボロスが少女を奴隷商人の魔の手から救い、理想郷に連れてきたという報告を聞いたのは、ちょうど地下水路に忍び込んできた魔物の駆除をしていた時だった。


「ご助力、感謝いたします。普段はもっと時間がかかるのですが、ロベリア様のおかげで駆除を半日で終わらせることができました」

「問題ない。終わったのなら、お前らもさっさと帰れ。今日はじっくり休養をとって明日に備えろ。いいな?」


 荷物をまとめて帰る準備をする。

 地下通路の移動になるので入念に準備をしていたけど、この区画を担当している千師団員らが内部を完全に記憶してくれていたおかげで数時間もせずに地上に戻ることが出来た。


「えっ……そんな、駆除が予定よりも早くに終わったのはロベリア様のおかげです。それに、我々はまだ勤務時間が」

「戦士長ユーマには俺から言っておく。地下通路とはいえ理想郷内でこんな危険な事をしているとは思っていなかった。魔物の侵入経路をシャルロッテに特定させ、幹部たちと改善方法を話合おう。とりあえず今日は帰って休め」

「は、はっ!」


 千師団の分隊長が嬉しそうに胸に手を当ててお辞儀をした。

 彼等の職場環境を管理するのも、国王の役目だ。

 自ら現場に赴くことをこだわっているのは、知らなかったことを知れるからだ。


(よし―――俺も帰ろう)


 いつもは夜の帰宅だが、今日はその後の予定はないので久しぶり早く帰るとしよう。

 仕事だけに専念していては、愛想を尽かれそうなので家族サービスも忘れてはならない。


 エリーシャやアルスに限って失望されることは絶対にないとは思うが。

 いつも通りの恐ろしい形相で、上機嫌に帰路につく。





―――――





 「――――えええええええ!? え、え、エーリシャさんが! 傲慢の魔術師とぉおおおおお!?」


 エリーシャとロベリアが結婚、同棲している衝撃の事実を知ったルチナは至極真っ当な反応をするのだった。


「えへへ、そうです」


 エリーシャは照れながら答えた。

 勇者の宿敵、犬猿の仲と言われていたロベリアと、いつも勇者に引っ付いていた無口の少女エリーシャが結ばれたのだ。


 どういった経緯で?

 彼女とロベリアの行方不明が関係しているのか?

 もしかして騙されているのではないか?


 ロベリアは絵に描いたような悪い人、勇者ラインハルを絶望の淵に落とすのが目的で良い子のエリーシャを誑し込んだのかもしれない。


「でもエリーシャさんは勇者様のことが……あんなに好きだったじゃない!」


 創立されたばかりの英傑の騎士団との共同任務で、魔導傭兵団の新米だった頃のルチナの目に映るエリーシャとラインハルは、物語の主人公とヒロインそのものだった。

 そんな二人の前に立ちはだかるロベリアは悪役であり、ヒロインと悪役が決交わることは決してあり得ない、そういう決まりなのだ。


 だから、もしも彼女が本当に騙されていたとしたら友人の自分が救い出さなければならない。

 エリーシャの目を醒まさなければならないという使命感がルチナを駆り立てる。


「……好き、か」


 しかし返ってきたのは、曖昧な返事だった。


「彼のことを憧れてはいたし、尊敬はしていたよ。いつも危ないときに駆けつけてくれたし、あの祠から連れ出してきたのも彼だった」

「だったら……!」

「でも、ルチナの考えているような一生添い遂げたいっていう感情を、彼に抱いたことは一度もなかった……ような気がするの」

「な、なんで? だって勇者様だよ? 人類の希望! あの方と結ばれたい女の子は星の数ほどいるんだよ!? 勿体ないって思わないの?」


 認められないのか、ルチナは必死になって言った。

 だけどエリーシャの表情が揺らぐことはなかった。


「感謝はしてるよ? とっても、とーっても。けど、彼の側にずっと居たからかな、知らないことを知らないままにして綺麗な世界に篭もろうとして、弱いのに弱いままで剣を握ろうとしなかった。でもね……」


 俯いていたエリーシャは顔を上げ、ルチナを真っ直ぐに見た。


「ロベリアが教えてくれたんだ。この世界の広さを、剣を振るうことの価値を。守られるだけじゃなく、命に代えても守ることの尊さを。だから肩書きなんて関係ないと思うんだ」


 勇者ラインハルの事について寂しそうに話していたエリーシャが、頬を紅潮させて嬉しそうにロベリアのことを話す姿は、幸せそのものだった。

 何を言っても意味がないと解ったルチナは、諦めたように肩を落とす。


「マジかぁ……」

「マジですっ」


 両手をグーにして断言するエリーシャの太陽のような笑顔に、ルチナのモヤモヤとした気持ちが晴れ上がる。


「ゾッコンだねぇ」

「はい、ゾッコンですっ」

「で、どういった経緯でそうなったのか聞きたいなぁ。ね、もし良かったら話してくれる?」

「いいけど、長くなっちゃうよ?」


 何時間、何十時間だろうと聞くに値するのでルチナは頷いた。

 きっと聞かなかったら夜も眠れないだろう。


「ちょっと待って―――」


 ロベリアとの出会いに遡ろうとしていたエリーシャの話しを中断して、ルチナは魔眼”鑑識眼”を開眼する。

 黄金に輝く左目に、体内に宿る魔力が収束していく。


「なに、どうしたの?」

「強大な反応……禍々しい何かが近づいてくる」


 ルチナの”鑑識眼”は半径五十メートル以内の生命を感知して、その詳細を読み取ることができる魔眼である。

 暗殺者シャルロッテの”生命感知”の上位互換と言っていいだろう。


 玄関側の犬小屋に猫耳の人族が眠っているような気がしたが、そんなことよりも部屋に段々と近づいてくる禍々しい存在が先だ。

 あれは、きっと危害を加えてくる。

 存在してはならない人間だ。


「ちょっと、ルチナちゃん……?」

「エリーシャさんは下がってて!」


 ルチナは右手に魔力を集中させる。

 後ろでポカンとしているエリーシャを背にしてルチナはゆっくりと開かれるドアにめがけて上位光属性”浄土ヘブンズ境界レイ”を発動させた。


 神々しい光線が、部屋に侵入しようとした禍々しい何者かに直撃、


「落ち着け」


 光の速さで向かってきていた光線を、ロベリアは一瞬にして相殺するのだった。

 分散された光線は小さな粒子となって空気に溶け込む。

 出し惜しみをせずに放った上位魔術が、ロウソクの火を消すよりも簡単に消されてしまったのだ。


「貴様が……奴隷の少女だな」

「ひっ(すびません!すみばせん!すみばせん!)」


 ギラついた真紅の双眸を向けらたルチナは直感する。

 ――一生を賭けて魔術の修行をしても、この存在には絶対に勝てないと。

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